小説『短編集』
作者:クロー()

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就職活動で失敗の立て続けだった私は、

「落ちた」と確信した企業面接の後、フラッとおでん屋の屋台に入っていた。

丁度夕飯時だったが、どういうわけか全くお腹は空いていなかったが、一杯やりたい気分だった。
まぁ、どうせ飲んだところで酒を美味しいと思えるわけがない状況なんだけど。
二十歳過ぎて冬の寒さを堪えながら真面目に就職活動をしている人間に飲酒を我慢させる権限など誰にあるというのか。


のれんをくぐり、席につき、頭に鉢巻を巻いた筋肉質の体をした少し小柄の、ひまわりが良く似合いそうな目の細い色黒のお兄さんが出迎えてくれた。この時期に色黒なのは、もともと色黒だからだろう。全体的に「好青年です」というのが表情から滲み出ていた。


隣りには黒いスーツの上に黒いコートを身にまとった私より少し年上に見える男が若干俯き加減でおでんを小皿の上でほおばっていた。

「お兄さん、熱燗一つ」

「あいよ」

お兄さんは、すぐにガスコンロに火をつけて既に用意してあった酒を熱し始めた。

「おでんはいいのかい?」

「あ、はい、今食欲が出なくて。なにしろ、就職がなかなかできないんですよ」

「今就職氷河期っていうもんなぁ。そんなだっていうのに、リストラされる人も今多いみたいですよ」

「俺、今日リストラされたよ」

すでに熱燗を注文し、頬がかすかに赤く酒でほろ酔いしているらしきさっきまでおでんを食べていた黒いコートの男がそうつぶやいた。

「熱燗おごってやるから、俺と仲良くしろ〜!」

私は正直焦ったが、リストラされ、しかもそれが今日というこの哀れな男を放っておけるほど私は冷酷な人間ではなかった。

「おごっていただかなくても、私はまだここにいますし、話は聞きますよ」

その言葉に気分を良くしたのか男は、

「まぁど〜ど〜ど〜ど〜」

と言いながら自分の手元にあった酒をコップに注いできた。

「ねぇねぇ彼氏いるの?」

「一応、いますけど」

「さっさとふっちまえ〜。どうせ、俺より顔の張りとか体型とか悪いんだろ〜〜」

「あのう、そういうこと言うのやめてもらえます?そもそも見てないんで分からないんですけどね」

「え!?まだそういう関係なの?俺が横やり入れちゃうよ〜」

誰に言ってんだか知らないけど、完全に酔っぱらっているようだった。

「そういうあなたはどうなんです?」

「俺?今は恋人募集してま〜〜〜っせん!!」

「リストラされちゃったからですか??」

すると、男は急に黙りこくって、売り物であるおでんを必死に眺め始めた。


「これから仕事探すんですか?」

「う〜ん、う〜ん」

しばらく男はうなり、

「銀行強盗しま〜す!」

といきなりテンションが上がってしまった。

「大丈夫なんですか、この人?」

「こういうお客さんは多いからね、はい熱燗」

サラリと屋台のお兄さんはそう答えた。私は自分の熱燗を男に分けてやった。

「そっちはどうなの!まだ就職活動するの?」

「私は、これ以上はする気になれませんね。やっても無駄じゃ仕方ないです。フリーターになるしかないですね。今は介護の免許でも取ろうかなぁと思います。試験ないみたいだし」

「そこまでして生きる意味ってあんのかね〜〜」

男は半目の状態で私の顔を見て疑問を投げかけてきた。

「そりゃあ、誰だって死にたくないでしょう?将来おじいさんになった時に飢え死に野垂れ死にしてもいいんですか??」

「銀行強盗する、あのね、リストラされたっていうよりかは、こっちから辞表出して辞めたの。でもリストラも同然なの」

「お気持ちは分かりますけど、先のことも考えた方がいいですよ・・・?」

返事がしないと思ったら、男は机の上の自分の腕枕におでこをあててすやすや眠っていた。




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