小説『短編集』
作者:クロー()

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−桜−




「春が訪れて、この桜が満開になったら、この桜の下で愛する人を待ちなさい」


その声の主である女性は桜の木の下で美しい桃色の着物を纏い、サラサラの髪の毛を結うこともなく、自然に下しているどちらかというと、整った顔立ちの綺麗な感じの女性がたくさんの小花を携えた大きな桜の木をバックに私を見降ろしている。
舞い散る桜の花びらは日光に照らされてきらきらと輝いている。


「あなたは誰?」

「あなたと出会うはずだった・・・、いや出会えたら幸せだった人かもしれない・・・」

「どうしてそれが春で、どうしてここで待たなきゃならないの?」

「それは大人になれば分かるわ。私はね、道を踏み外してここで待つことを、やめてしまったの。私のために、桜は咲いてくれないから・・・」


そう言い残して、その人は私の元から去って行った。

その女性は私から離れるごとに透明になっていき、やがて姿を消してしまった。


心地よさの中で目が覚めた時、私は桜の下の宴会場にいた。
ラジカセから流れる古い和風の音楽がすこしうるさくて、多くの大人たちが頬を赤く染め、酒を片手にそれを時折ぐびりと呑みながら大口を開けてでかい声で話をしていた。

当の私はというと、さっきまで弟と一緒にかっぱえびせんを夢中で食べていたのだが。私のそばにすっかり空になったそのプラスチック袋が転がっていた。「やめられないとまらない」というキャッチコピーの力は嘘ではないみたいだ。


ちょうど私のそばに桜の木があり、それを眺めて夢の中で見た桜の木と照らし合わせてみたが、細いし、桜の咲き具合もいまいちだし、背も低いし、どう見ても同じとはいえなかった。



それにしても、「待つ」とは一体どういうことなのか。桜が咲き始めたら待つとは、全く意味が分からなかった。


私はそこにいるのがつまらなくなって、周辺の散歩をすることにした。
それでも、夢の中で見た桜の木は見つからなかった。


ボールやおにごっこ、桜の木を使った高鬼(おいおい)変わり者には写真撮影などで遊んでいる知り合いの男子と何人か会ったが、待ちたいと思える男子など、一人もいなかった。

とりあえず、面白そうなのには入れてもらったりした。






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