小説『短編集』
作者:クロー()

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仕事帰り




電車に揺られながら、ふと電車の外を窓から眺めた。


夕焼けの光がビルだらけの街を照らしている。もともと精神的にも肉体的にも疲れやすく、仕事帰りはなにも考えられないほどだ。できれば座りたいのだが、席は人で一杯になっているが、次の駅はもう私の実家の近くの駅だ。1時間ほどずっと、一度も着席できないままの後で今度は15分ほど歩かなくてはならない。朝は元気一杯だったのに。帰りにスーパーに寄るのもなんだか億劫に思えた。
ずっと立ちっぱなしでへとへとだった。


車内放送が流れ、電車が次の駅に着いたというところで、パソコンの画面で痛めて閉ざしていた目を開くと、電車内の人々がみな、いなくなっていた。

その代わりに、地面に無数の携帯が転がっていた。
私は驚いてその中の一つを手に取り開くと、画面に目鼻口が現れ、なにかを私に訴えかけているのだが、なにを言っているのか分からずその様子が恐ろしくてすぐにそれを閉ざしてなかば落っことすように元の場所に戻した。食い入るように携帯を見つめているうちに携帯に取り込まれたに違いない。この状況に慌てふためく、というよりは、まぁ、人間らしい感情の持たない人間で携帯を使っている人間は携帯も同然に思えるよなと、少し毒づいてしまうのだった。この際職場の人間もパソコンになってしまえば分かりやすくなっていいなとか思った。


かばんの中にある自分の携帯を確認してみたが、なにもおかしくなっているところは無かった。電車を降りると、私以外のたくさんの人が私と同じように電車を降りていく。先ほどまでのことは嘘のようだった。私は幻覚を見ていたに違いない。
しかし、外に出ると、空がモノクロに見えるのだった。目が疲れるとしょぼついて視界が悪くなることはよくあることだが、色眼鏡でもかけない限り、あるいはモノクロ写真を撮るカメラで観ない限り、空がこんな風に見えるはずは無かった。しかし、その空はどこかこの街に似合っているような気がした。


駅の外に出てみると、なにも変化のないいつも通りのごたごたした駅前通りが私の目の前に現れた。しかし、そこに誰も私の知り合いなどいなかったが、私の耳に変な男の笑い声がしてきたのだった。最近は日が暮れてくるころにこの声が私の耳に届いてくるのである・・・。仕事帰りだと鮮明に聴こえて余計不気味なのである。



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