『なあ』
「……はい?」
『お前たちは、一体何なんだ?』
我ながら曖昧な問いかけに、七の息女も困惑の色を浮かべた。
『姿は人間と変わらない。町もあるし畑もある。店まであって、林檎を売ってる。それにお前の顔は――』
「え?」
『……とにかく、俺をもとの世界へ戻してくれ。うんざりだ、こんなわけのわからないところは』
「人間界へ、ですか? ごめんなさい、それは無理です。だってあなたはもうこの世界へ来てしまったのですから。そ、それに戻すと言っても……死んじゃってるんですよ? 今は動けていますけど、人間界じゃ、もう……」
困惑顔の七の息女の言葉に、ヴァルガは首筋が凍結する錯覚を抱いた。動揺が混じらないよう、努めて憤慨した声を上げる。
『俺はそんなの望んじゃいなかった。お前たちが勝手に連れてきておいて、何て言いぐさだ!』
「ごっ、ごめんなさい。あの、それは、そうなんですがっ。で、でもこれは使命(さだめ)なんです」
『なん、だと』
「人間界から魂を持ち帰らなければ、世界は成り立たないんです。大変な任務だけれど、必要なことなんです。誰かがやらなきゃ。だから私は戦人であることに誇りを持っているんです。たとえ私自身が誰からも必要とされなくても……って、す、すみません! 余計な話でしたね」
七の息女は慌てたように両手を振った。ヴァルガは黙って彼女を見つめていた。
事情はわからない。世界の理屈などと言われても理解の外だ。しかし、この少女が口にした言葉が、またも頭に焼き付いて離れない。
誇りを持っている。たとえ誰からも必要とされなくても――と。
その瞬間、失ったはずの臓物が沸騰するような憤りを覚えた。木々の下で笑うミリッツたちと、魔獣に蹂躙され荒野と化した故郷の景色が脳裏をよぎった。失ったものをそのような悲壮な言葉で片付けられてしまうことが、どうしようもなく腹立たしかった。
それはまさに、ヴァルガ自身が抱いていた言葉だったから。抱いて、自分で自分を傷つけ続けた言葉だったから。
黙り込んでしまったヴァルガをどう思ったのか、七の息女はゆっくりと隣に座った。
「あの……ひとつ聞いてもいいですか、鎧のひと」
『……ヴァルガだ』
「ああすみませんっ。えっと、あなたが――ヴァルガさんが人間界に帰りたいと思うのは、何か理由があるんですか? 何か果たさなければならない使命とか、やりたいこととか……そういうものが、あなたの世界でもあるのですか」
『……』
「あ、いやそのっ、私の場合がそうだから、落ち着いて考えてみれば人間界に住む人たちにもあてはまるのかなって」
『……』
「あなたが今もなお存在することに意味があるなら、それがひとつの運命なのだとしたら、私もちょっと考えた方がいいのかなって……考えた方が、いいですよね?」
『……』
「えっと……もしかして私、余計なお世話してます?」
ヴァルガはずっと黙っていた。全身が鎧でできているものだから、その表情の変化を表わしようがない。
彼は雷に打たれたような衝撃を受けていた。
魔界で意識を取り戻してから、考えてもみなかった。いや、おそらく人間界にいたときからそうだ。自分が存在する意味――それを、少しでも考えたことがあっただろうか。ヴァルガは思い出していた。魔獣と戦ったあの森でのこと。シュティセア軍に入って初めてミリッツと再会したときのこと。故郷を蹂躙されてしまったときのこと。そして、たくさんの兄弟姉妹たちと一緒に遊んでいたときのこと。
無意味だった――そう断ずるのは傲慢だと思う。けれど、自分が積み重ねてきた意味に、どれほど無頓着でいたことか。
これまで生きてきた意味。今、ここに存在する意味。
それは何と茫洋として、掴み所がないものか。
目を背け続けたツケが、今更になって心に重くのしかかる。
打ちのめされるヴァルガの心境を知ってか知らずか、七の息女は真剣な表情を浮かべた。
「ただ、これだけは伝えておきたいんです。もし、故郷にヴァルガさんが思う使命がないのだとしたら、この世界にはいないほうがいい。少しでも早く、天上界へ召された方がいいです」
『……?』
「あれを」
七の息女が指さした先。険しい山々の向こう側にある光の壁だった。遠目からでも、まるで生きているかのように表面が絶えず揺らめいている様子がわかる。
七の息女は言った。
「あれは滅びの境界線。私たちの世界は、もうすぐ滅んでしまうのですから」