小説『Frozen-The Beginning- <完結>』
作者:桜子()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

Special agent Arthur Redford

 アンダーソンのオフィスを出ると,どちらを向いても同じようなオフィスの続く廊下を,サマンサは行ったり来たりしながら,アーサー・レッドフォードがいる部屋を探した。
 3部屋程回ったあたりで,彼女はドアが開け放たれたオフィスを見つけ,そっと覗いてみた。すると奥の壁際にどこかで見たようなハンサムな男性が,デスクに向かっているのが見えた。彼のデスク脇の壁には,沢山のメモ書きが貼付けられていて,机の上はファイルなどが山積みになり雑然としている。長い事覗いていたせいか,視線を感じた彼はサマンサの方に顔を向け,濃いブルーの瞳で彼女を捉えた。思わず彼女は「あっ」と声を上げた。彼はつい先ほどエレベーターで彼女が衝突した男性職員だった。
「そそっかしいのは君か。」
にこりともせずに彼は言った。軽い嫌みを気にもとめず,サマンサは驚くと同時にその言葉のニュアンスを読み取り,はっと息をのんだ。
「、、、アーサー・レッドフォード捜査官?」
彼は身じろぎ一つせずデスクチェアにゆったりと腰をかけている。ブラウンの髪に鋭いブルーの眼差し。確かに誰かさんの言う通り,ものすごくいい男だ。彼女が連想したようなマッチョな男ではなく,知性を感じさせるたたずまいをしている。HRTから勧誘されたようには見えない端正な顔立ちに,筋骨隆々ではないが,モデルのように引き締まった体を,白いワイシャツが包んでいた。ワイシャツの袖は捲られていて,力強い腕が覗いている。だがその瞳を美しいが冷たいと感じるのは間違いだろうか?
「サマンサ・クルーズです。コンサルタント兼あなたのパートナーとして着任しました。」
そう言って彼に歩み寄り,雨で冷えた手を差し出すと暖かい大きな手で握り返された。
「あなただったのね。さっきはごめんなさい。」
「びしょ濡れだな。」
「傘をなくしたばかりでまだ買ってないの。」
気恥ずかしくなって肩をすくめるサマンサ,本部で盗まれてしまったとは言えなかった。すると,アーサーはおもむろにデスク脇のチェストの引き出しからあるものを取り出すと,立ち上がってそれをサマンサの頭にのせた。
「話す事はいくらでもあるだろうが、とりあえずリッチモンドに行くぞ。」
ぶっきらぼうにそう言うと、ポケットから棒付きキャンディを取り出し、口に放り込む。唖然とするサマンサは、ようやく彼が自分のためにタオルを出してくれた事に気づき,笑みを浮かべた。彼の瞳をいきなり冷たいと判断したのは少し不躾だったと反省した。「ありがとう」と小さく礼を述べたが,彼はジャケットを掴み,さっさとドアの外へ歩き出してしまった。

 インターステートにBMW330を走らせながら,彼は助手席で小さくなっているサマンサを横目で見た。彼女の人事記録は隅まで目を通したが,人柄や見た目までは測ることはできなかった。よく心理学を非科学的だと何も知らずに批判する医者のように,彼女は頭が固く,眼鏡をかけ,自信に満ちた足取りで白衣を翻して歩くような人物だと予想していたのだ。実際の彼女は,小柄で年齢より若く見え,多少ヒールのあるパンプスを履いているようだが,6フィート(約180cm)ある彼とは大分差があるようだった。白衣が足下で翻るイメージは決してわかない。少しずつ乾いてきた彼女のブロンドの髪は緩くカールしていて,肩の上でふわふわしている。そしてそのグリーンの瞳は印象的だったが,自信とはかけ離れたようにアーサーの目には映った。その為に,彼は医者という人種に対する個人的なステレオタイプを持っていた事を認めざるを得なかった。プロファイラーに思い込みは禁物だと,知っているはずだったのだが。しかし,彼女は父親にコロンビア大学の学長を持つお嬢様なうえに医者だというので,まさかドイツ車ごときに驚いている,なんという事はアーサーには考えつきもしなかった。実際,彼女は駐車場に止めてあったシルバーの車体を見て,目を丸くしてみていたのにも彼は気づいていなかった。
 サマンサは無言で通り過ぎる景色を眺めている。彼は今朝見てきた現場で見つかった遺体の件で,リッチモンドの検視局に向かうという事と,犯人は2ヶ月前に起きた事件とおそらく同一人物である事をサマンサに説明した後,彼はそれ以上話すべき事が見つからず,黙ってハンドルを握り続けた。
「最初の被害者の現場には行ったの?」
彼女がふと訊いた。彼女の目は,彼の口から飛び出て上下左右に動くキャンディの棒を追っていた。
「まだだ。馴染みの刑事が担当で,話は聞いていたが,今日第2の被害者と見られる遺体が見つかるまでは関与してこなかった。」
前を見ながら彼は答えた。
「実のところ,俺も事件の様相はまだよく分からない。リッチモンド市警のニック・フィールディングが担当刑事だ。彼とモルグで待ち合わせて,説明を聞くつもりだ。」

-6-
Copyright ©桜子 All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える