小説『考えろよ。・第2部[頭隠して他丸出し編](完結)』
作者:回収屋()

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[二人の少女と全てのはじまり]

 一人の少女が居た。栗色の髪に血色の良いきめの細かい肌をした、とても可愛らしい女の子だ。歳の頃は10才くらいだろうか、彼女は『進入禁止』と書かれ封鎖された建物から現れた。彼女が見渡すその光景……朝靄が一面に立ち込め、静寂が支配している。初めて目にした外の光景に、少女は少しビクビクしながら前に歩を進めた。彼女はずっと地下に住んでいた。決して外に出てはいけないと、父親に言われていた。白衣姿のオジサンやオバサン達にも言われていた。けど、子供から日々湧き上がる好奇心と経験欲を抑制することは難しい。少女は言いつけを破り、自分専用の抜け道を作って地上に出ることに成功したのだ。映像や本でしか見たことの無い外界……まだ早朝で人の気配は全く無く、ヒンヤリとした空気が少女の首元にまとわりついてきた。
「……すぅ……はぁ」
 彼女は思わず深呼吸した。地下はエアコンで気温と湿度が最適な状態を保っている。だから、季節の変化や天気の移り変わりによる大気の動きを感じることはなかった。少女の鼻腔をくすぐる匂い。地下空間で嗅げるのは金属臭と化学薬品の臭いだけだったが、外界のこの匂い……植物と土の香りが緩やかな風に乗って舞っている。
(あっちかな……?)
 少女はそよ風が吹いてくる方に視線を向け、サンダルを履いたその小さな足を踏み出した。コンクリートやシリコンでコーティングされた床とは異なる、土を踏む感触。自分と同じ人間が住むハズの外界なのに、彼女には全くの異世界に感じてしまう。
「コレって何だろう?」
 どれくらい歩いただろうか。少女の面前にだだっ広い空間が現れた。月の表面のクレーターみたいな巨大なすり鉢状の穴があって、そこにおびただしい量の『廃棄物』が捨てられていた。いわゆる『ゴミの埋め立て地』。大小様々な物体が廃棄され、風雨にさらされて不気味に色落ちし、大きな山を幾つも作っている。
(あッ、この臭いヤダ……!)
 少女が不快な表情を見せる。朝靄に混じって、あまり体には良さそうにない臭気が漂っている。無造作に積まれたゴミが雨水で濡れ、昼間は強烈な直射日光を浴びるのだろう。化学反応が起きてメタンガスの一種が発生しているようだ。

 カサッ――

「あッ……?」
 音がした。ゴミ山の一部が崩れたみたいだが、その瞬間、何かがゴミ山の前を横切ったのを少女は見逃さなかった。
(……人?)
 生まれて初めて目にする生の外界。少女にとっては目につくモノや肌に感じるモノ
全てが新鮮で、全てが好奇心の対象だった。彼女は近くに錆びかけた金属の梯子を発見し、それを使って巨大なゴミ捨て場の中に降り立った。
「ねえ〜〜ッ、ダレかいるの〜〜?」
 不安の混じった小さめの声で聞いてみた。返答は…………無い。が、さっき一瞬だけ見えたのは確かに人影だった。
 ザッザッザッ――
 少女が歩く度に細かい廃棄物の混じった土が音をたて、静寂の濃厚さがより際立っている。ゴミの山と山の間をあてどなくゆっくりと歩いていると、同じような風景ばかりで迷路に入ってしまったかのような錯覚に陥る。もう15分近く歩いただろうか、少女の目に不可思議で目立つ物体が映った。それは――
「あ、『段ボール』だ」
 一個の段ボール。ありとあらゆるゴミが集合している場所なのだから、空の段ボールが落ちていても特に不思議はない。が、少女が見回した限りでは、段ボールはその一個だけで、明らかに周囲の光景からういている。
(何だろう……別の臭いがする)
 段ボールに近づくと、周囲のゴミ山から放たれる刺激臭とは異なる臭いが鼻をついた。地下でも何度か嗅いだ事のある臭い。これは……何かが死んでいる臭いだ。もしや、段ボールの中に動物の死骸でも入っているのだろうか?
「うッ……くっさ〜〜い!」
 段ボールに顔を近づけた少女が、思わず鼻をつまんで後ずさった。この臭いは動物の死骸というより、長期間入浴をしなかったオッサンから放たれる、不潔を具現化した悪臭と言える。段ボールの中は空っぽだったが、所々に汚いシミができていて、廃棄されて汚れていったというより、何かに長期間使われて汚れていったような感じだった。

 ザッ……
 ――――――――ッ!?

 背後で音がして少女が振り向く。
「…………ダレ?」
 ゴミ山の陰から顔を半分だけのぞかせ、少女の方をじっと見つめている者の姿。
(人? 外界にも人間がいるの?)
 ?ソレ?は少女の様子をうかがいながら、ゆっくりとゴミ山の陰から全身を現した。確かに二本の脚で立っている。両腕もある。外見は確かに人類のようだが、外界で初めて出会った相手に少女は困惑する。
「……ぁぁ…………ううぅ」
 小さな呻き声のようなモノが相手の口から漏れている。?ソレ?は少女から片時も目を離さず、警戒の色を発しながら接近してくる。少女よりも少し小柄で、衣服の類いは一切身につけておらず、全身はゴミから溶けだした塗料や汚水で汚れきっている。
(女の子……なの?)
 何の手入れもされずにホコリにまみれた伸びっぱなしの髪は、今にも地面につきそうなくらいの長さで、前髪が?ソレ?の顔の上半分を不気味に覆っていた。前髪の隙間から少女の様子をずっと見つめる目……黒目の部分が異常に大きく、尋常でない威圧感を纏っている。
「あ、あの〜〜……わたしの言葉分かるかなあ?」
 少女は身振り手振りでドキドキしながら接触をはかった。外界で出会った最初の人間(?)だ。できれば言葉が通じて欲しいし、同じ女の子(?)として友達になれたらな――そう思って、こちらからもゆっくり接近してみる。

「あああああああああああああァァァァァ――――ッッッ!!」

「ひッ!?」
 突然の奇声。大音量が辺りに木霊し、少女は萎縮して一歩後退した。
 ヒュッ――
(わッ――!?)
 少女の真横を野生動物のような俊敏な動きで駆け抜け、?ソレ?は段ボールめがけて突っ込んだ。
 ガサガサガサッ……ガサガサガサッ……
 段ボールの中で体を丸め、うずくまって震えている。怯えていた。段ボールから顔を上半分だけ出して、少女の方を見つめている。
(どうしよう?)
 このままでは友達になるどころではない。何か上手く警戒心を解く方法はないものか? そう思って少女は着ていたワンピースの胸ポケットに指を入れ、中からアメ玉を一個取り出した。相手は人間というより動物に近い。ならば、食べ物を使ってお互いの距離を一気に縮められないものだろうか。
 ポイッ――
 投げた。アメ玉(苺ミルク味)が段ボールに当たって地面に落ちた。
「…………ぅぅぅ?」
 ?ソレ?は少女から視線を外し、投げつけられたモノを見つめた。そして、すぐに手を伸ばしてアメ玉を拾い、素早くその手を引っ込める。
「それ美味しいよ、食べられるよ」
 相手にこちらの言葉が通じるかどうかは不明だが、少女はもう一個ポケットからアメ玉を取り出し、包みのビニールをはがして口に放り込んだ。口を開けたままで舌を動かし、舐めて味わう物であることをアピールする。
「…………あ……ん〜〜」
 少し緊張した感じで口を半開きにし、少女がやった通りにアメ玉を放り込んだ。ただし、ビニール袋に包まれたままで。
「あ、ダメッ、ちょッ……!」
 小さな声で止めようとしたが、もう遅い。口からボリボリとアメ玉を噛み砕く音がして、すぐに飲みこんでしまった。もちろん、ビニールごと。
「ああ〜〜、むふッ☆」
 微笑んだ。やっと警戒心が解けたのだろうか。アメ玉の魅力が?ソレ?と少女との間に懸け橋を建てた。
(よ、よ〜〜し!)
 少女はここぞとばかりにジリジリと近寄って行く。凶暴な動物と必死に仲良くなろうとする飼育係みたいだ。
「わ、わたし……地下から来たの。アナタはここに住んでるの?」
「あぁぁぁ〜〜、うぅぅぅ〜〜」
「……う〜〜ん?」
 やはり言葉が通じていない。外界の人間は言葉が喋れないのだろうか?
(あ、そうだッ)
 少女は何かを思いついたのか、ゴミの中から金属の小さな棒を見つけ出し、それを使って地面に文字を書き始めた。

 ――――『か・し・わ・ぎ・あ・か・ね』――――

「コレがわたしの名前。ええっとォ……アナタの名前は?」
「あうぅ〜〜、あうぅ〜〜☆」
 少女の問いなど理解している様子はない。が、少女が胸ポケットからアメ玉を取り出したという行動は理解しており、ポケットに指を入れてもっと欲しがっている。
「ご、ごめんね……もう持ってないの。今度また持ってきてあげるね」
 そう言って少女はポケットの中が空であるのを見せてやり、相手の頭を慈しむように撫でてやった。が……
「うぅぅぅ〜〜……臭いッ!」
 今更ながら相手の刺激的な体臭が鼻の奥をついてきて、思わず鼻を手で覆ってしまう。
(よし、今度は服とお風呂セットを持ってこよう)
 少女の心の中で、まるで愛玩動物を世話するような気持ちが芽生えだした。
「あ、そうだ。アナタにお名前付けないとね。ええっと〜〜……?」
 すっかり飼い主にでもなったみたいな気分で、少女はアゴ先に人差し指をあてて考えている。だが、まだ小さな女の子に扱える知識などたかが知れている。故に、最も身近な存在や見慣れた物体から情報を引き出そうとする。そして、少女が短絡的な知能で考えついたのは――
「アナタってお母さんはいるの? わたしのお母さんは……わたしがずっと小さい時に死んじゃったらしいんだ。だから、わたしはほとんど覚えてないし、パパはお母さんの事はあんまり話さないんだ。だからね、わたしのお母さんの名前でいいかなあ?」
 そう言って少女は、また金属の棒で地面に文字を書き始めた。

 ――――『し・お・ば・な・さ・き』――――

「うんッ、やっぱりイイ名前。今日からアナタは『汐華咲』! 咲チャン、宜しくね☆」
 そう言ってその少女――『柏木茜』は満足そうに微笑んだ。

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