小説『考えろよ。・第2部[頭隠して他丸出し編](完結)』
作者:回収屋()

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[覚悟する個人と見えてきた水面下]

「アンタがダリア准将か?」
 仮面を付けたテログループのメンバーの一人が、准将と蒼神博士一行の前に立ち塞がった。西エリアの岸壁に設置されたエレベーターに乗り、到着した先では広大な埋め立て地が彼等の視界に広がっていた。
「そうだ。で、アレが貴様等の要求する柊沙那だ」
 そう言って准将が男の子を冷たく指差した。
「……なるほど。では、少年はこちらで預かる。准将、アンタには東エリアの処理施設に来てもらう。他の者達は中央エリアに行け」
「どういう事だ? 要求通り柊沙那は引き渡した。後は人質を解放して終わりだろう」
 准将が目を細める。
「もちろん我々は約束を守る。が、まずはその少年が本物かどうか確認する。それまでは全員この島から出さん」
「……よかろう」
 准将はその言葉に素直に頷き、自分のPDAをハープに投げ渡した。
「おおっと……な、何や?」
 たとえ上の立場の人間から受けた指示であろうとも、まともに承服することのない准将が、あまりにすんなりと言う事を聞いている。その光景にハープもコントラも少し呆けてしまった。
「ハープ、蒼神達の監視と子守りは頼んだぞ。決して気を抜くな」
「は、はぁ……」
 そう言い残して准将は先に行ってしまった。そして、残った五人の案内役として、エレベーターの両脇に立っていたメンバーがやって来る。
「聞いた通りだ。人質の交換は中央エリアにて行う。ついてこい」
 こうなれば従う他はない。ここは敵地……銃器は没収され、周囲を海に囲まれて逃げ場はない。沖に停船している艦に戻るためにはさっきのエレベーターを使うしかないが、エレベーターには監視がついているだろうし、乗ってきたボートのスピードでは、艦に戻る前に遠距離射撃を受けて沈められる可能性が高い。
(予想は充分していたが、恙無く済みそうにはないな……)
 蒼神はテロメンバーの後ろを歩きながら、周囲の光景を観察して息を呑んだ。
「コントラ……何やと思う?」
 准将から渡されたPDAを指でつまみながらハープが小声で問う。
「う〜〜ん……あ、留守電用のメモリが点滅してますよ」
「ん? おッ、何やろ?」
 ハープが留守電の内容を再生する。
<ハープ、コントラ、今から下す命令は最優先事項だ。確実に把握して完璧に果たせ>
 ダリア准将の声が聞こえてきた。
<人質の中に『相田杜仲(あいだ とちゅう)』という青年が居る。人質交換が万が一首尾良く進まなかった場合、その青年だけは実力をもって奪還し保護せよ>
 PDAのモニターに顔写真が映っている。オーバル型のレンズにアンダーリムタイプで金縁の眼鏡をかけている、スポーツ刈りの青年だ。隣のプロフィールに年齢19才・NPOのメンバーに属するとある。
「コントラ、知ってる顔か?」
「いえ、初めて見ます」
 二人はどういう事かハッキリせず、お互い顔を見合わせた。だが、あの准将が自ら人質交換の場に出向き、絶対に奪還しろと命令するくらいだ。余程の重要人物に違いない。
「オジチャン……ドコに行くの? ボク、何かしなくちゃいけないの?」
 蒼神と手をつなぐ沙那が、今にも泣き出しそうな面持ちで彼を見上げている。
「心配ないよ、すぐ帰れるからね」
 博士は精一杯の笑顔を浮かべて答えたが、注射を受ける寸前の子供に?痛くない?と言い聞かせる親と同じ。決してすぐには帰れないし、注射は痛いにきまっている。そして、今の彼に建設的な算段は無く、次の瞬間に何をすればいいのかさえ思いつかない。
(ボクはまた『組織』に負けるのか? やはり『個人』の力なんてこの程度なのか?)
 彼は痛感していた。PFRSを離脱した時もそうだった。国営企業という『組織』を相手に立ち向かった結果、大勢の人が巻き込まれて死んでいった。自分の単純な正義感の道連れになったのだ。力無き『個人』に持論を押し通す事は出来ず、どれだけ崇高な持論も通らなければ葛藤と淀みに紛れて消えていく。ダレも正しい道を歩もうとした者の姿を見ることはなく、力を持って勝利した者が準備済みの正義を述べて世にはばかる。これが人間社会の厳然たるルールだ。
「博士、今の内に選んでおいてください」
 隣を歩くエンプレスがボソッと囁くように言った。
「……選ぶ?」
 蒼神が訝る。
「柊沙那をこのまま素直に引き渡すか……あるいは、とことん抵抗してこの島で散るか」
 彼女の言葉に弱音が含まれていた。SPである彼女がこんな言い方をするという事は、万策尽きたという状況を意味する。つまり――窮まった。
「エンプレスさん、ごめんなさい……一緒に散ってください」
 蒼神の口から出たそのセリフはあまりに自然で、聞き逃しそうになるくらいさりげなかった。
「ええ、構いません。共に散りましょう」
 彼女の声に抑揚は無い。強靭な義務感がそうさせるのか、博士の意志との同調が突き動かすのか……一瞥をくれることなくそう返答した。


「どうも、准将」
「……貴様ッ」
 頑丈な手錠をかけられたダリア准将は、東エリアに建つ通常処理施設の来客室に通された。狭くて汚くて殺伐としたその中はタバコ臭く、安っぽいソファがあって、そこには男が一人深々と腰かけ、これまた安っぽい笑みを浮かべていた。他のテロリスト達と違い、この男だけは使い古された迷彩柄の軍服を着ている。准将は連行してきたテロメンバーに事務イスへと座らされた。
「さぁて、まずは何から話せばいいのやら。とりあえず、一本どうですかな?」
 そう言って相手の男は、目の前のガラスのテーブルにスティックシュガーを差し出した。
「カスがッ……よくもまあ顔を出せたものだな、『コンダクター』」
 准将が相手の名を口にする。
「こんなブサイクな面……出したくて出したワケじゃない。今は雇われている身でね。准将、アンタの下で働いていた時よりずっと好待遇でね」
「ほう、任務中に部下を見捨てて一人で逃げ出したような輩を雇うとは。奇特なヤツもいるものだな」
 准将はたっぷりの皮肉をこめた顔つきで言ってやった。男はその言葉に反応して急に立ち上がると、テーブルのスティックシュガーを掴んで封を切り、准将のアゴを無造作につかんで口を開けさせた。
「フザけるなッ、アンタこそどうかしているッ! 現場にアノ女が……『例外物体(ナインティーン)』がいると判明した時点で、離脱するのは当然だッ! 他のメンバーはともかく、アンタとオレは?アノ時?最前線で戦っていた……『掃討作戦』を現場で指揮し、オレ以外の部下全員を瞬く間に失った……アンタなら分かるだろうがッ!?」
 顔を真っ赤にして激昂する中年男――『コンダクター』は准将の舌の上にサラサラと砂糖の小山を作ってやった。
 ゴクッ……
 准将が砂糖の小山を飲み込む。
「だからどうした? 傭兵は使い捨てられて当然。貴様が沈丁花で一番それを理解していたと思ったが」
「……ああ、その通り。故にオレは左脚と右目を奪われた後もアンタについていった。だがな、どんなクソ野郎でも人間だ。自分の命が一番惜しい。オレはアンタと違って不死身じゃないんでね」
 コンダクターは相手を蔑むような目で見下ろす。
「そうか。人類とは不便な生き物だな。2年半近く経っても恐怖の一つもぬぐえんか」
「『恐怖』? はッ」
 コンダクターが鼻で笑った。
「アイツは……『汐華咲』などと名乗っているアノ女はッ、野生動物のようにオレの死角を占拠し、瞬時にして左脚を粉砕した! まるで隕石がピンポイントで衝突したかのような衝撃を受け、オレの体はゆっくりと左に傾きだした……ヤツはオレが地に倒れるよりも先に右目をくり抜き――――ッ!!」
 コンダクターの両手が汗を滲ませてワナワナと震えている。

 コロンッ……

 右の眼窩から義眼が転げ落ちた。
「無様だな。アノ時、貴様を助けず見捨てた方がよかったとでも言いたいのか?」
 准将が突き放すように憐れんだ。
「いや、命を拾ってくれた事には感謝してますとも。何の因果か知りませんが、おかげでこうしてクソッタレな『ポイント32』にまた訪れられた」
「何をする気だ?」
 准将の鋭い目がコンダクターの真意を見抜く。
「この島をこの世から消してやる。そして、次にアノ女を見つけ出し、徹底的に駆除してやるッ!」
 彼の口から唸り声にも似た決意が発せられた。
「島はともかく、汐華咲の件ならもう片付いている。ここに来る前、柊沙那をかくまっていた隠れ家でどういうワケか出くわしたんでな。ついでに殺しておいた」
「――殺した?」
「そうだ。左の肋骨を数本叩き折り、折れたのが肺と心臓をブチ抜いた。最後に首をナイフで貫かれた……絶命だ」
 准将は事も無げにそう言った。
「ふッ……はははッ、はァァァァァァァァァァァはッはッはッはッはッ!!」
 突如、コンダクターが腹を抱えて大声で笑い出した。
「…………?」
 准将が目を細める。
「アンタ、ふやけちまったみてえだな。ナイフで首を刺した? 肺と心臓をブチ抜いた? はッ! その程度でアノ女がくたばるものかよッ!」
 彼の脳細胞の一つ一つに汐華咲という存在が楔のごとく打ち込まれ、その存在は次第に過剰に膨れていったのだろう。彼は最早、咲を人間とは考えられないようになっていた。
「現実だ。この手でヤツに触れ、『テンペスト』で知覚した。生命活動は完全に停止していた」
「そうか。ま、アンタはヒマ潰しに冗談を言うような性格じゃないしな」
 そう言ってコンダクターは興奮を収めるように深呼吸をし、ソファに座り直した。
「さて、こちらとしては迅速に人質交換を済ませ、このクソッタレな島から撤退したいんだが」
 准将が少々面倒臭そうに呟いた。
「ああ、構わんよ。オレの依頼人(クライアント)も今日中に本懐を遂げろとうるさくてね。ガキさえ手に入れば文句は無い」
「ところで……」
「アノ少年――柊沙那は『柏木沙羅(かしわぎ しゃら)』の息子だ」
「――――ッ!?」
 准将の表情が一気に強張った。質問内容を見透かされたのもそうだが、その回答は彼女ができれば耳にしたくないものだった。
「それはありえんッ、柊沙那は本土生まれだ。裏はとってある」
「沙羅はエリジアムに収容されるより以前、精子バンクに自分の精子を登録してあった」
「ちッ……」
 准将が不愉快そうに顔を歪める。
「これで全て合点がいった。なるほど、貴様の依頼人(クライアント)はここの地下最深部に何があるのか知っているようだな」
「別にオレがバラしたワケじゃないですよ。依頼人(クライアント)がどうやってそんな情報を得たのかは知りませんがね。ともかく、『掃討作戦』の気配を察知していた当時の沙羅は、勝手に最深部のサーバー室を改造し、自分と自分の血を分けた人間しか出入りできないよう、生体認証(バイオメトリックス)をプログラムしてしまった」
「ああ、そうだ。しかも、物理的に強行突破しようとすれば、?中の物?が永久に失われるよう細工を施しおった。おかげで掃討作戦の成果は殆どあげられなかった」
「よく言う……自分で世界中から集めてきた連中を、自分の指揮でほぼ皆殺しにしておきながら」
 コンダクターが皮肉のこもった口振りで呟いた。
「昔話はもう結構。こちらは沖に艦を待機させてある。人質200名を……早く、こ、こちらに…………くッ?」
 准将の視界がいきなりボヤけ、頭がクラつきはじめた。

 ガシャッ!

 彼女の体が事務イスから転げ落ち、その瞳が次第に虚ろになっていく。その様子をコンダクターは立ち上がって満足そうに眺めている。
「悪いオジチャンから貰ったモノを、考えなしに飲み込むべきではありませんな。全く、アンタらしくもない。本当にふやけてしまったようだ」
「う、迂闊ッ……!」
 砂糖に混入していた無味無臭の薬品が胃袋で消化され、瞬く間に吸収され、血液と神経を侵略し、彼女に急激な眠気を与える。
 ドッ――
 准将の大柄な身体が薄汚れた床の上に倒れ伏した。
(オレは全てをやり直す……この島を海に沈め、悪夢に追われる人生を変えてやる!)
 コンダクターは意を決し、転がった義眼を入れ直した。

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