小説『かいきき』
作者:喰原望()

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 かつてはそれなりに栄えたらしい商店街を抜けて、郵便局を右に曲がって少し行ったところに、僕の家がある。築二十年ほど経った民家の外観なんてそうよろしいものではなく、つつけば壊れるなんてほどではないにしても確実に老朽化が進んでいるのが見て取れる。父親が汗水流してローンを払っているのだから、僕なんぞが文句を言える立場ではなく、そもそも文句を言おうとすら思わない。
 玄関に入り、すぐ右手の階段を上がる。その途中の踊り場は妹の趣味で飾り付けられていて、男の僕が通るには目に優しくないファンシーな光景になっている。階段を上がってすぐの部屋はトイレ。そこから数えて四つ目の部屋が僕の部屋だ。
 僕の牙城にして、僕の檻。
 小学三年生の時分に与えられた僕一人の部屋で、当時は甘えてきていた妹が羨ましそうにしながらよく訪れていた。今となっては妹と話すことなどほとんどないけれど、今でもよくあの頃に帰られればいいと思う。そうしたことが気晴らしどころか気休めにもならないことは分かっている。
 僕の自室、そのベッドの上で仰向けに寝転がる僕。将来性のある建設的な想像にふけっているわけでも、色欲に満ちた淫猥な妄想にふけっているわけでもない。そんなものにはもう飽きた。
 それはもう。飽きるくらいに飽きた。
 意味もなく、天井を見つめる。
 それ自体に意味はなくても、僕のこの行動が伏線となり、なにか未来で意味を為すのかもしれない。最早、それは健全な一般世間に対する申し開きでもなんでもなく、僕自身に向けた自嘲を含んだ冗句にもとれる。僕に未来なんてあるはずないのに。
 ぴろりん、と電源をつけっ放しのデスクトップパソコンから電子音が鳴った。チャットルームに誰かが入ってきたようだ。見ると、よくここでチャットをするネット上の友人だった。
 定型的な挨拶を交わし、愚にもつかない内容の雑談をする。最近のアニメがどうだとか、面白いスレッドが立っているだとか、ネットゲームでの愚痴だとか。左から右へと視線を流し、淡々と文字を読んでいく。指を動かして、文字を打ち返す。一応内容は気に留めているけれど、わざわざ感情的にはならない。実にむごたらしい時間の使い方。
 しばらくして、適当なところで話を切り、友人がチャットルームを退室した。僕は俯せで再びベッドに飛び込む。随分と臭くなっている枕に口で思いきり息を吐く。口のあたりが温かくなったのを感じながら、息を止める。
 一秒。
 五秒。
 十秒。
 二十……死ぬっ。
 

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