小説『花鳥風月 かまいたち[完結]』
作者:桃井みりお(999kHz Lollipop Records Radio Blog)

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 カンツバキの花蜜を、ヒヨドリが器用に吸っている。

 背中越しにも、耕作が顔をしかめているのがわかったのか、紳士はさらに続けた。

「あの子が、私の前に駆け寄ってきて、2つの質問をしました。
 それは“本当に何でも叶えてくれるのか”ということと
“私が人の心の中を覗くことができるか”ということでした。
 私はどちらの質問にも“ええ”とだけ答えました。
 するとあの子はこう言いました。“なら、お兄ちゃんの願いを叶えて欲しい”と。
 私が“一人ひとつずつ叶えてあげるから”と答えると、あの子は首をぶんぶん振って
“お兄ちゃんは、きっと僕のためにゲームソフトをお願いするんだ、
 だから、その時お兄ちゃんの心の中にある願いを叶えて欲しい、
 それが僕のお願いなんだ”と言ったのです」

 紳士はいつの間にか、耕作のほうを向いていた。
耕作としっかり目を合わせたまま、紳士は続けた。

「そして、あなたが“ゲームソフトが欲しい”と言った時、
 あなたの心の中にあった願いは“翔と比べられたくない、翔が居なくなればいいのに”
 というものだったのです。私は少し戸惑いましたが、あの子の願いを叶えました」


 その時、2人の間をざざぁっと強い風が吹き、小さなつむじ風が起きた。

「それが、すべてです」
と言うと、紳士は踵を返し歩き出した。


 耕作は愕然として、ぼんやりとその後姿を見つめていた。
紳士が何でも願いを叶えてくれると言ったとき、悪い心が一瞬顔を出した。
しかし、それは心の中から出てくることは無かった。
翔の思ったとおり、ゲームソフトをお願いした。

 耕作が思いをめぐらせていると、『覚悟』という言葉がその流れを止めた。
このことを背負って生きていくことが、覚悟をするということなのだろうと耕作は思った。


 耕作は、見えなくなった紳士の背中を忘れないように目に焼き付けた。
しばらく身動きがとれなかった、なにか鋭い刃物で切りつけられるような衝撃と
痛みも無く、出血もない傷を受けたような感覚だった。

 かまいたちのような。  


                          〈了〉  

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