小説『花鳥風月 かまいたち[完結]』
作者:桃井みりお(999kHz Lollipop Records Radio Blog)

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 その日も、今日と同じように時おり強く風の吹く日だった。

 
 耕作と翔は、この公園の中央の広場を囲うように並ぶ花壇の縁に腰掛けて話していた。
「ごめんな、翔。兄ちゃんが成績悪かったせいで……」
耕作は、自分のせいでゲームソフトを買ってもらえなかったことを詫びた。
「頑張らなくちゃ、だめだよ。お兄ちゃん」
珍しく翔は強い口調で言った。
「大体、お兄ちゃんは違うゲームが欲しかったんだろ。どうしてそれをお父さんたちに
 言わないんだよ。僕に合わせなくっていいんだし」
「どうせ、なにを欲しがってもあの成績じゃ……」
「だから、『これが欲しい!』って言って、頑張るのが大事なのに、
 お兄ちゃんはいっつも諦めちゃうんだ」
「そりゃ、翔は何でもうまくやれるからいいよな。比べられるほうの身になってみろよ」
耕作もつられて、語気を上げる。
「お兄ちゃんが頑張らないのが悪いんだろ!お父さんたちだって、頑張ってダメなら
 きっとわかってくれるよ」
翔は声を震わせて言った。

 その時だった。
広場に風が吹いて、小さなつむじ風が起こった。土埃と枯葉がさっと舞い上がった。
「君たち──」
2人の背後から、男の声がした。振り返るとそこには黒いジャケット姿の紳士が立っていた。
立ち上がって向き直った2人に、男は意外な言葉をかけた。
「何でも、ひとつずつ願いを叶えてあげよう」

 2人はお互いの顔を見合わせて、しばらく返事に困った。
耕作は変な人だから、相手にしないほうがいいと思った。
「サンタさんかなぁ」
翔は耕作にだけ聞こえるように小さく言った。
「何でも?」
次は、その紳士に向かって無邪気に言い放った。
黒いジャケットの紳士は、黙って頷くと
「一人ひとつずつ、私は向こうのベンチで待っている。
 どちらからでもいいから、願い事が決まったら来なさい」
と言って、広場の向こう側のベンチに歩いて行った。


「相手にするなよ、変な人かも知れないだろ」
耕作は少し抑えた声で言った。
「でも、悪い人には見えなかったよ。それに、願いが叶ったらすごいよ。
 もしかしたら、すごい人にあったのかも知れないじゃん」
翔はかなり興奮した様子で、紳士の後姿を目で追っている。
「それに……。ダメでもいいじゃん。お願いするだけしてみようよ。
 ね?お兄ちゃん?」
翔は曇った顔をしている耕作に笑って見せた。
「翔は、なにをお願いするか決まってるのか?」

「うん、僕から先に行ってくる」
と言ったときには、翔はもう駆け出していた。

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