小説『花鳥風月 かまいたち[完結]』
作者:桃井みりお(999kHz Lollipop Records Radio Blog)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

 冬の空は、抜けるような青空になる。

 耕作は広場の向こうのベンチに座る紳士の前に立つ翔の後姿を見ながら、
本当に願いを叶えられるはずなんてないと思っていた。
翔は、身振りを交えて何かを訴えているようで、それを頷きながら聴いている紳士は
不思議な能力を持っているようにも、感じられた。

「そんな、そんなはずないよ」
耕作はいまだに信じられず、ぼそっと呟いた。

 翔が振り返って、こちらに戻ってくる。
「行ってきた。次、お兄ちゃんだって。待たせるなって言ってたよ、おじさん」
耕作はいくつも聞きたい事があったが、翔が背中を押すので仕方なく
紳士の座っているベンチに向かった。


 紳士の前に立った耕作が見たのは、その胸元のワッペンだった。
枝のようなものに蛇が二匹巻き付いている絵柄だった。
「願い事は、決まったのかな」
紳士は、落ち着いた声で優しく言った。
耕作はしばらく考え込んで、
「翔は、ゲームソフトをお願いしたんじゃないのか?」と訊いた。

 風が木を揺らすように、紳士はただ首を横に振った。
「君の願いを、何でも叶えてあげるから、ひとつ言ってご覧」
耕作はもう一度考えをまとめようとした。
「何でも……」
耕作は深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
「なら、翔の欲しがっていたゲームソフトをください」

 
 一瞬、時間が止まったように耕作も紳士もぴったりと動かなくなる。

「わかった、叶えてあげよう。きっと手に入るはずだ」
そういうと紳士は、そっと立ち上がりベンチの脇を回りこみ木々が風に揺れる
公園の奥へと消えていった。耕作は、ただそれを見ていた。


 その帰り道、耕作は後ろを歩いてくる翔に尋ねた。
「なぁ、なにをお願いしたんだよ」
翔は答えなかった。耕作が振り返ると、そこに翔の姿は無かった。


 強い風が吹いて、耕作は目を開けていられなかった。

-6-
Copyright ©桃井みりお All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える