小説『花鳥風月 かまいたち[完結]』
作者:桃井みりお(999kHz Lollipop Records Radio Blog)

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 耕作はベンチに腰を下ろすと、ふぅーっと息を吐いて目を閉じた。
「ちょっと考えをまとめたいので、少し時間をいただけますか」
風に揺れる木々と真っ青な空との境目あたりを見上げながら
「えぇ、構いませんよ」と紳士は答えた。

 
 耕作はこんな日が来るとは予想だにしていなかったが、耕作なりに20年かけて
考え続けてきたことがある。それは、翔の失踪と願い事との関係についてだ。
子供の頃感じていた違和感がなんなのか、今の耕作にはわかっている。

 耕作がお願いしたのは、ゲームソフトが欲しいということだった。そして、その願いは
父親が購入して帰宅するという形で叶えられた。翔がもし、どこか遠くに行きたいというお願いをしたなら、
おそらく何らかの辻褄の合う事象があった上で、叶えられるはずだ。
たとえば、親戚の家に養子に入るだとか。生まれ変わりたいという願いだったとしても、
同じように突然にせよ現実に死んでしまった上で、新たに生まれるというのが“生まれ変わる”ということだ。
もし、パッと消えるようにそういう願いが叶えられるなら、
耕作が求めたゲームソフトもパッと手元に現れてもいいはずだ。


──翔の失踪とこの紳士には関係がないのか?──


「私の弟のことも、覚えていますか?」
耕作は絞り出すように言った。
「えぇ、溌剌とした可愛らしい男の子でしたね」
視線を変えず、木々の揺れる様を見ながら、紳士は答えた。
「その弟が、あの日、あなたとここで会ったあの日、失踪したんです。
 行方がわからなくなったんです」
やや早口になって、さらに続ける。
「私のすぐ後ろをついて歩いていたはずの弟が、突然消えるように
 居なくなったんです」あなたが連れて……と言いかけたが耕作は口ごもった。

 2人の間に少し沈黙があった。

「どうして、それを私に?」
沈黙を破ったのは、紳士のほうだった。
「もしかしたら、翔がどこかに行きたいってお願いして……。翔が生まれ変わりたいってお願いして……」
耕作ははっきりと言い切ることが出来なかった。
「いや、あなたなら翔の居場所や安否を知っているんじゃないかと思って」
重要なのは翔が何を願ったかじゃなく、今どこでどうしてるかだ、と耕作は思っている。


「あなたの弟は、どこかへ行ったわけでも、死んでしまったわけでもありませんよ」
耕作はその言葉の意味がわからず、紳士のほうを見やった。
「あなたの弟は、“居なくなった”んですよ。それが願いでしたから」
顔色を変えずに言う紳士に、耕作は恐ろしさを感じた。

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