小説『レポートブック』
作者:鏡アキラ()

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【豊穣ダキニに関するレポート オアシスとジプシー】



「こんにちはー。お忙しいところ失礼いたします。
 いつもお世話になってます、『まりんぐる』の雛井です」
「あらあこんばんは、おヒナちゃん。よろしくねえ」

カランカランというドアチャイムとともに
フリーペーパー屋の営業の若い女の子が笑顔で入ってきて、
店がふわっとなごやかになった。

と言ったらうちの女性陣に失礼だろうか。
でも俺の素直な感想だから仕方ない。
女将さんは五十過ぎてるにしちゃ若いけどそれまでだし、
バイトのダキニちゃんは綺麗だけどちょっと派手なんだ。
その点おヒナちゃんは地味めだけど性格よさそうな癒し系で
近頃の俺のオアシスになってる。
実際二十代のころはダキニちゃんみたいな
ギラギラした感じの子とばかり遊んでた気がするが、
俺も歳とったのかな。

女将さんがカウンター席に座るよう彼女を促したので
彼女はその通りにしながらカウンターごしに俺にも挨拶した。
俺もできるだけ明るく、他意なく返す。
女将さんはにやにやしたまなざしを一瞬俺に投げ、
しれっと彼女の隣に座って話を始めた。
おばちゃんの気づかいってのは
ありがたいようで実はちょっとうざったいが
言いだすのも面倒だから俺は小さな苦笑だけ浮かべる。
別にそういうんじゃないんだよヒナちゃんは。
その点ダキニちゃんは
おくびにも出さずに接客スマイルだけ浮かべていて、
信用できるけど敵に回したくない女だなぁとちらっと思った。



「ええそれでね、九月号の広告なんだけども、
 九月は季節野菜の天ぷらを出そうと思ってるのよ。
 それをうまく出したようなのってないかしらねえ」
「季節野菜の天ぷらですか……。
 うーん、『揚げたてあつあつ♪季節野菜』とか、
 『サクサク!旬の天ぷら』とか、そういう感じですかねぇ」

真剣な顔でキャッチーな文面を考えてるとこなんかかわいいよなあ。
ふと視線を感じて振り返ると
ダキニちゃんが俺の手元を凝視していて、
その視線をたどるように手元を見やると
危うく殻じゃなくてエビの身のほうを捨てるところだったのに気づく。
おわっ、あぶね。


「別になんでもいいですけど、食材だけ無駄にしないでくださいね」
「いやー、思わず見とれるねあのかわいさは」
「なあに店長、食材ダメにしたのお?」
「してないっすよ。ギリギリセーフでした」

おヒナちゃんが帰ったあとで
ダキニちゃんはあきれたように笑っていた。まあ、しょうがない。


ダキニちゃんはうちのアルバイトの子で、
名字はホウジョウというが、珍しく「豊穣」という字を書く。
近くの大学の院生で、同じ大学に弟もいるそうだ。

素直な言い方をすれば、エロカッコイイ系肉食女子。
私服はロックとギャルの中間っぽい感じで、
ドクロのついたアクセサリーや服をよく着ている。
バイトのときは透明ピアスにしてあるが
少なくとも五つは開いてるだろう。
俺は後から入ったから知らないが、
この落ち着いた和食居酒屋にどうしてこんな子を雇おうと思ったのか
正直疑問だ。
まあ国立大の院生で頭はいいみたいだし
気さくで愛想よく誰とでもしゃべる実際いい子だから
別にバイトとして不満はない。


「あ、そうだ女将さん。
 来週の木曜日なんですけど、ちょっと用事できちゃったんで
 大木さんとバイト代わってもいいですか?
 大木さんにはOKもらったんで」
「あら、そう?わかった。木曜日ね。何かあるんだ?」
「聞いてくださいよお!役員会のほうなんですけど
 弟が余計なことしたおかげでちょっと損害がでちゃったから
 私怒られてこなきゃいけないんですよ!」
「あらあ」
「まあ大したことじゃないんで
 ちょっとお小言くらいで済むとは思いますけど」
「まー。しょうがないわねー」
「どうしても上は余計に怒られるもんなんですよねー」
「俺も弟いたからわかるわ」
「え、店長弟さんいたんですか。
 あんまり上っぽい感じしない……」
「まぁ一番上じゃねーけどな。姉ちゃんいたし」


おヒナちゃんに出したお茶のグラスを洗って
ついでに計量カップやバースプーンやアイストングも洗い、
布巾で拭きながら口を動かすダキニちゃん。
ぷかぷかタバコふかしてる女将さんとは大違い……
おっと、余計なことは考えない。職にあぶれるよりましだ。



店がヒマなので今日のバイトは
3時間で上がってもらうことにしたらしい。
ダキニちゃんはすぐケータイで誰かに連絡を入れ、
お迎えと食事の予定を取り付けたようだった。
彼氏は作らないと言っていたが、なるほどこの様子じゃ
固定の恋人なんかいらないな。
綺麗だしモテるだろうが、男としてはおっかねえなとも思う。


まあ、

「じゃお疲れ様でした。また次よろしくお願いしまーす」

俺にだけ見せた去り際のウインクに
どきっとしなかったと言えば嘘になるけど。

                _■fin

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