小説『考えろよ。[完結]』
作者:回収屋()

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 [進行する自壊と迎える怪現象]

「おいおいおいおい……おいお――――――――――――――――ッッッい!!」
 ゆったりとディナーを楽しむ茜とテレビを、エンプレスが交互に指差しながらツッコむ。
「うんにゃ?」
 茜、とぼける。中トロ美味いし。
「うんにゃじゃな――――ッい! コレはどういうワケッ!? 真面目に話しなさいよッ! さあ、喋れッ!!」
 混乱中。
「全くもってワケが解らん……」
 ダリア准将がポツリと呟く。核ミサイルの直撃ですら効果のなかった棕櫚を、いきなり素手で殴りつけた。
「素朴な疑問なんだが……今、神の設計図(バイタルズ)の周囲は高濃度の放射能で汚染されているハズだ。あのガキは被爆していないのか?」
 エンペラーがもっともな意見を述べた。皆もそう思っている。しかし、テレビで見る限り、彼女に急性放射能症の様子は見受けられない。
(マジかよ……アイツ、本当に人間か?)
 エージェント達が感じたのは希望より先に脅威。自分達はこんなヤツを気軽に排除しようとしていたのか……と。
「モグモグ……蒼神博士ェ、要するにアノ少年のしようとしてる事を咲チャンが阻止すれば、御仕事完了でギャラが……モグモグ、口座に振り込まれるんだよね? ……ゲフっ」
「えっ? あ、はあ……まあ、そうですね」
 阻止する? どうにかできると?
(頭がおかしくなりそうだ)
 今まで何度か感じてきた珍妙な期待が、蒼神博士の背中を押しはじめた。理屈はさておき、面前の絶望的な状況を確実に制圧してしまうモノ──『汐華咲』という少女にはソレがあった。彼女は言っていた。この世は白か黒。グレーなど無い。要するに自分の意に沿わない存在を敵とし、反対の色と認識し、排除せずにはいられないと。
「少年、今から痛くするが恨むな。この世はいつだって世知辛い。それだけだ」
 咲は海上ステージまで泳いできたらしく、ズブ濡れだった。しかし、なんだか妙に極まっていた。彼女はゆっくりと棕櫚に近づきつつ、倒れた相手を見下ろしている。
[……どうしてこんなことをするの?]
 少年は口元から流れ出た血を拭いながら『敵』と目を合わせた。
「大人はさあ、他人様に迷惑かけないと生きていけんのよ」
 悟ったように言う。
[そう……じゃあ、仕方ないね]
 棕櫚が右手の人差し指をスッと突き出す。

 ググッ……

 すると、彼の背後で神の設計図(バイタルズ)の巨大な指が動きだした。
「うわぁ、マジで?」
 咲の動物的本能がアラームを鳴らす。
[いくよ]

 ブンッ────!

 大木のような人差し指が前方に勢い良く突き出される。

 ドンッッッ!

 肉と肉がぶつかる生々しい音がして、咲の小柄な体が放物線を描いて宙を舞った。
「咲さんッ!?」
 モニターの惨事を目の当たりにして、蒼神博士が思わず声を上げる。
「あの重量と速度で直撃されては……ひとたまりもないな」
 准将が口惜しげに呟く。
「ひゃあーッ、ありゃ痛いッ! イタイイタイだあッ!」
「…………」
 茜と吉田さんは完全にディナーショーの空気だ。
[ダリア、歓迎イベントは終了かい?]
 棕櫚は不敵に微笑みながら准将の方に一瞥をくれる。
「クソガキがッ」
 彼女は吐き捨てるように呻く。
[そうかい]
 少年は鼻で笑った。そして、たった今葬った『敵』を見据えて歩み寄る。
[やあ、はじめまして]
 破城鎚のごとき一撃を喰らい、咲の肉体はゴミ屑みたいに転がっている。ピクピクと手足を痙攣させ、大量に吐血している。まるでカエルの轢死体だ。
[ちょっと失礼するね]
 棕櫚の手が咲の体に触れる。そして、神の設計図(バイタルズ)の脳髄がビクリとうねる。棕櫚の顔から表情が消えて石みたいに固まった。
「何を?」
 蒼神博士には棕櫚が咲の状態を調査しているように見えた。
「いわゆる『テンペスト』だ」
 准将が目を細めながら蒼神博士の問いに答える。
「それって、コンピューターが漏出する電磁波などから情報を盗み見る……?」
「そうだ。ヤツの場合は、生体の脳神経で発生する微弱な電気信号を解読し、生体情報を瞬時に回収できる」
 所詮、生物は星の体に寄生して生き延びている存在でしかない。箱庭を造った本人が、中に何があるのか知らないワケはないという事だ。
[……ん? なぁ〜〜んだ]
 棕櫚の表情が心なしか残念そうに歪んだ。
(…………?)
 その様子をテレビで観る者達はただ瞠目する。
[コレってさあ、普通の人間じゃないか]
 彼はそう呟いた。
「普通?」
「普通だァ?」
「はあ? 普通だって?」
「いいえ、普通じゃないわ」
「や〜〜い、咲チャンのフツー! このフツー! 基本的に無修正ッ!」
 口々のツッコミとよくわからん野次。
「通常人類……か?」
 どうしても納得できない結末に准将は首を傾げる。
[オ姉チャン達は羨ましいね。僕には『死』と同時に『恐怖』というモノが理解できないんだ。オ姉チャンはもうすぐ死ぬけど……どう? 『恐怖』って感じる?]
 棕櫚は優しく声をかけた。死に際に降りてきた天使みたいに微笑みかけている。咲は朦朧とした意識のまま、彼の頬に震える手をそっと添えた。
「……ういっす」
 モニターを観ていた茜が何かに気づいた。

 パンッ! パンッ!

「おおッ!?」
 テレビが25口径で撃ち抜かれた。
「ちょ……茜さんッ!?」
 いきなりの暴挙に一同がざわめく。
「ごめんね〜〜、ここから先は有料なの☆」
 そう言ってワイングラスに注がれた緑茶を飲み干した。

 ドクンドクンッ、ドクンドクンッ……

 神の設計図(バイタルズ)の巨大な心臓が蟲のようにうねり、カウントをはじめた。
[ああッ、なんというッ! こんなに濃厚なんてッ!]
 心臓のうねりに合わせて棕櫚が己の肉体を抱き締める。体中の血管と神経が膨張し、彼の言う『毒』が全身に送り込まれる。
(なるほど。15万年もかかるワケだ)
 双眼鏡を手にしたダリア准将が静かに頷いた。要は?蓄積?だ。人間は川魚を食う。川魚は水面近くを飛んできた昆虫を食う。昆虫は木の実を食う。木の実は日光を浴び、雨をすする……一連の食物連鎖により人間は川魚と昆虫と木の実の遺伝子を経口摂取することになる。優性遺伝子が劣性遺伝子を淘汰する自然環境と、人類が持つ特権により、地球が言うところの『毒』は永い時を経て精製されたということだ。
「…………ぁ……うぅ……」
 咲の口から非常にか細い呻き声が漏れた。
[怖いんでしょ? 死にたくないんでしょ? そうなんだよね?]
 棕櫚は行動不能となった咲を見下ろし、自分の期待する瞬間を待ち焦がれている。

 ……モ……ゴ……モゴモ……ゴ……

 咲が口をモゴモゴさせている。大量に吐血しながら何か喋ろうとしているのか?
[あははッ、何が言いたいのかな? 聞いてあげてもいいけど、僕はもうすぐ死んじゃうから意味ないよ。もちろん、他の皆もだけど]
 棕櫚は咲のすぐ傍にしゃがみこみ、彼女の口元に顔を近づけた。

 モゴモゴ……モ……ゴモゴ……ゴ……

 食事中の山羊みたいに口を歪め、何か咀嚼しているように見える。
[仕方ないなあ]
 棕櫚が手で咲の額に触れ、林檎拾い(テンペスト)が展開される。

(――――ん?)

 違和感。すぐに咲の額から手を離し、立ち上がって辺りをキョロキョロと見回した。
(……何だ?)
 その様子を双眼鏡で観ていたダリア准将が訝しがる。彼女はその場に胡坐をかき、地面に手を乗せて目を閉じた。意識を集中させ、林檎拾い(テンペスト)で地球の思考とリンクする。
[……いや、気のせい……か]
 棕櫚の表情が一瞬だけ強張った。相手の思考を覗いた時……いや、そんなハズはない。では、今のは何だ? PFRSから離れたこの海上ステージには、棕櫚と再起不能の少女が一人だけだ。

 ポタッ……

(え?)
 足元に生温かい感触が生じた。
[あ、血だ]
 鼻血だ。ほんのわずかだが、棕櫚の鼻から赤黒い滴りが落ちた。
(何だ?)
 地球の思考とリンクした准将も、不可思議な状況に戸惑う。

 ……リ……ボリ、ボリ……クチャ……チャ……

 未だに上半身をもたげることすらできない咲が、ひたすら口を動かし続けている。しかし、彼女の口の中には何も無い。吐血で溜まった己の血以外は何もだ。
(知っている……! この感覚、身に覚えがあるッ!)
 ダリア准将の脳神経に一つの記憶が再生し、ものすごい量のアドレナリンが分泌されていく。
[起きて……ねえ、起きてッ!]
 潰した相手から受ける異様な脅威に、棕櫚の本能が騒ぎだした。

 ナニカオカシイ。
 ドウナッテイル。

 彼の感覚神経が体感したことのないアラームを鳴らしはじめた。
[何かしてるんでしょッ!? オ姉チャンがやってるんだよねッ!?]

 ……ゴリゴ……リ……モシャ……モシャ……

 咲からの返答はやはり無い。ひたすら口を動かし、仰向きに倒れたまま何かを食っているかのような。
「うぅぅ……」
 准将が強烈な頭痛に苛まれ、小さく呻く。
 ポタッ、ポタッ、ポタッ……
 出血した。棕櫚と同様に鼻から血を流した。

「ああああああぁぁあああァァあああああぁぁ――――──────ッッッ!!」

 奇声(さけび)。
 その大音量は咲の口から発せられ、周囲に彼女の血が不規則に撒き散らされる。
「何が起きているの……!?」
 テレビで様子を確認できない連中が、海上の様子を目視できない不安と同時に、いつこの世界が無に帰すのかという恐怖で拘束され、息を呑む。そんな中で茜だけは口元をイヤラしく歪めていた。ワイングラスに映った彼女の顔は……不気味に北叟笑んでいた。

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