小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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「――アシエ、風邪引くぞ」
「……ティラ。任務は終わったの?」
 突如として湧いた声に、アシエは何の警戒も抱かず声の方に首を動かし、その主を認識した。
 大柄の屈強そうな体に、筋骨隆々としたその腕。最も特徴的なのは、背中に背負った巨大なボルトアクス型の結晶器だろう。
 この男――ティラ・ドミヌスは、アシエ自身が小隊長を務める小隊、≪王国機関第56号小隊≫に所属する隊員の1人である。先刻まで任務の命を受け、≪第4区ケセド≫まで愚者の討伐に赴いていた。

「おう。今日も愚者の討伐依頼だったが……最近、何だか妙に依頼が増えてる気がしてな。……おっと、それよりそっちのあんちゃんはどんな具合だい?どうやらまだ眠れる機関の美少年状態らしいが」
 ティラは大柄の体を揺さぶるように歩き、アシエの隣まで来ると、立てかけてあったもう1つの椅子を半ば壊れそうな勢いで引っ張り、そこにどすん、と腰掛けた。服があちこち焦げたり破れたりしているところを見ると、今回は少し手強い相手とまみえたらしい。
「まだうんともすんとも……これじゃ植物人間よ。寝息も驚くほど静かだし、見てるこっちが眠たくなってくるわ」
 彼の――リコスの、何とも心地よさげな寝顔を凝視し、アシエは大きな欠伸をした。単に昨夜から付きっ放しでろくに眠れて居ない、というものあるだろうが、また彼自身の寝顔が此方の眠気を誘っているようにも思える。それ程に、リコスの寝顔は安らかだったのだ。
「あぁ、こりゃ確かに眠くなる……っと、そういや≪黙示録≫の解明、進展があったってパルトから報告を受けたぞ。『アシエとリコスにも伝えといて』、ってよ。まぁ、リコスさんには聞こえてるかどうか分からんが、一応な」
「パルトも頑張ってる……いや、本当はこの機関全体が一致団結して黙示録に向かわなきゃいけないんだけどね。……でも、最近の機関は――エニスは、どこかがおかしい。まるで酩酊してるみたいに隊を次々愚者の討伐に向かわせて。旧人類の言い回しじゃあ、『二兎を追うものは一兎をも得ず』とか言うらしいけど、黙示録とその何かを両立させようなんて、ふざけてるとしか思えないわ」
 病室の扉を挟んだ向こう側の廊下で、金属音が鳴り響いた。恐らくは鎧か何か大掛かりな武装隊――機関長エニス直属のエリート達が、どういった目的でか此処を訪れてきたのだろう。アシエもこの病室に向かう途中、何度かその部隊に出くわしたことがあった。
「あー……確かに。これじゃあ恨み骨髄に徹する奴等が反乱起こしても問題ないな。長い年月を機関長として行動して、遂には焼きが回ったか?そろそろエニスさんも歳だからなー、無理ない無理ない。俺も腰痛いし、歳には勝てんもん。あー、いてて……。あ、言い忘れてたんだけどそういえばさぁ、さっきエニスがお前に召喚令出してたぞ」
「ちょ……それ、普通言い忘れる!?もう、相変わらず抜けてるわね!さっさと行かないとどやされるのは私じゃない!」
 ティラの一言を聞き、アシエは思わず椅子から飛び上がって怒声を散らした。――と、言い終わるや否やその声の大きさに自分でも驚き、思わず口を手の平で塞ぐ。明らかに看護士が聞きつけて来てもおかしくは無い程度だっただろう。

 アシエは咳払い1つ、もう1度、今度は声量を殺した小さな声で、
「じゃあ、行ってくるから。リコスの面倒よろしく」
 とだけ言い残し、静かに。だが足早に、リコスの病室を後にした。
 部屋の隅には唯1匹、先程見たあの蚊が羽音を響かせ、飛び回っていた。

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