小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

第4章/人類、決戦。……



「このぉっ!」
 .5ミリ口径のオートマチック・ピストルが火を吹く。結晶放射により作られたその弾丸は美しいほど真っ直ぐな軌道を描いて目標へ激突、火花を散らせて宙へ飛散した。
 と、代わる目標は無数に枝分かれした起伏触手のような尻尾の1本で、アシエを叩きのめそうと試みる。積もりに積もった瓦礫の山を粉砕しながら進んでくるその丸太の如く尻尾は、見た目にも堅い鱗に覆われており、射撃攻撃によって破壊することは不可能だとも思えた。
「く……そ!」
 もし喰らえば、ひとたまりも無いだろう――咄嗟にアシエは右足で地を蹴り、宙を回転しながら後方へと降り立つ。巨大な1本が生み出す熱風に当てられる不快感に晒されながらも、近くにあった岩場へと身を潜める。
 この混沌的状況下の中、アシエは味方の行動を把握する余裕を完全に失っていた。共に討伐へ乗り出した筈のリコスでさえも、最早その姿は見当たらない。視界に映るのは唯巨大な竜の足元と、蠢く尻尾、揺らめく焔の光だけだった。
(どれだけ大きいのよ、この愚者……こんなのが一体全体何処に眠ってたの!?)
 完膚なきまでに破壊された嘗ての『中央通』。そこに君臨する竜の巨躯は、近づくと圧巻である。見上げるも視界に収まりきらないその巨躯は恐らく、100メートル以上だと思われた。
 2本の後ろ足と2本の前足――計4本に挟まれる股下。其処が一番の安全地帯であると、リコスもアシエも最初は信じて疑わなかった。何せ巨大な分、動きは鈍い筈なのだ。
――だが、現実はそうでは無かった。安全だと思われた股下は、寧ろ竜の有利な攻撃範囲に含まれていたのだから。
「また……!」
 振り切った先ほどの尻尾がもう1度同じ軌道をなぞり、目の前を通過していく。瓦礫に隠れている分熱風の余波は防げたが、衝撃で飛んでくる瓦礫の破片が頭部に降り注ぎ、僅かながらにも痛みを齎す。
 そう、この股下には『尻尾』という器官が複数存在しているのだ。1つ1つが軟体生物のように撓るそれらは、まるで自らにも目が付いているかのごとく策敵・攻撃を行ってくる。動きこそ鈍いものの、巨大ゆえに齎す攻撃範囲は脅威以外の何ものでも無い。
 今のように瓦礫に隠れながら射撃を行おうにも、竜は頭殻から足先までを堅固な鱗で覆いきっている。グラゴネイルには通じた.5ミリ口径の結晶器でさえも、この鱗を前にすれば力の無い赤子同然に散る運命だ。
 他の機関員達は戦闘の合間、稀に見かけることはあってもその殆どは既に屍と化した者達。あのリコスでさえも戦闘に余裕が無くなり、結局は分断されるまでに至ってしまった。数でかかっても無力同然だというのに、1人1人で分断されてしまえば最早戦う意義など無いに等しい。
 だが、だからといって逃げる気などアシエには端から無かった。結局自分には尻尾の注意しか向いていない故、竜自体は未だに火炎放射を吐き続けている。容赦なく人を消し炭にし、建物を焼き尽くすその攻撃は、足元までを熱に晒していた。ということはつまり、周辺で戦っていた者達は既に全滅している筈だろう。
「パルト……応答して」
 駄目もとで胸元の設定機を指先で弄り、周波数を補助役へと合わせて通信を開始する。先刻から連続で浴びせられる途轍もない熱気や瓦礫の応酬に、とても使い物にはならないと踏んでいたが――。
『……エ!アシエ!無事なの!?』
 どうやら幸いにも、通信機は故障していないようだった。
「なんとかね。でも、これ以上戦闘を続けても、果ては変わりないと思うわ……そっちの状況、機関長の判断は?」
『分からない……機関長、やろうとしていることはあるみたいだけど……とにかくこっちは大丈夫。基地に乗り込んできた愚者は1匹残らず殲滅、死傷者は無い。現在はこの事態の原因について究明しているわ』
「何か……もしかして、今基地全体の冷房・暖房設備が停止してたりする?」
 この絶対的不利な状況下で、機関長が下す判断。例えば兵器による砲撃も、陸戦部隊による戦闘も意味が無い状況で発動する兵装。アシエには思い当たる所があった。
『え?う、うん。冷房設備だけじゃなく、さっきから砲撃自体も止まってるみたいだけど』
 パルトの言葉に、アシエは天を仰いだ。視界いっぱいに映るのは竜の巨体ばかりだが、稀に合間から除く空には、先刻までひっきりなしに飛び交っていたはずの砲撃が存在しない。確かに基地からの攻撃は静止されているようだった。

-36-
Copyright ©むぎこ All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える