小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

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「ッ……!リコス、下がって……っ」
「駄目だ。君が倒れるなら、俺が受け止めればいい話だろう。……独りになる人間が居ちゃいけないんだ、絶対に」
 熱に頭がやられたのか、アシエはそのまま立っていることも出来ず、後ろへと体重を預ける事になった。本来ならばこのまま転倒していたのだろうが、今其処にはリコスが支えとなっていた為、彼に凭れ掛かる形で体を預ける。情けないとは思いながらも、体が言うことを聞かないのではどうしようもない。
「ほら、ちゃんと受け止めた」
 声に見上げると、そこに彼の笑顔があった。漆黒の双眸はしっかりと少女の姿を捉えており、そこに先刻まで居座っていた違和感は存在しなくなっていた。
「何で、退いてくれて良かったのに。そんなだから……」
「そんなだから?」
 問い返されると、アシエは言葉に詰まった。否、詰まらせるしかなかった。言おうとしていた事の恥ずかしさを認識し、喉下まで出てきていたその言葉をそのまま飲み込むと咳払いを立てる。
「な、なんでもない!それより顔が近いのよ!いちいちそんな近くに寄る必要性は無いでしょう!」
 リコスの顔は、最早吐息が僅かながらに届く程近くに位置していた。視線を合わせると何故か恥ずかしい気持ちに襲われ、思わず視線を明後日の方向へずらす。
「えー、だってさ、君の可愛い顔に傷でも付いてたら大変じゃないか。……顔だけでもててる様な感じなのに、それが駄目になったらもう嫁の貰い手は無いと思いなよ」
「五月蝿いわね!黙って!私にだって、彼氏の1人や2人、作ろうと思えば何時でも……思えば……多分……私、どこが駄目なんだろう」
「おや、珍しく女の子らしい可愛い声で喋れたじゃないか。その声で、男を落とす練習でもしとけば?」
「あ、あなたね……!」
 怒声を上げようと腹部に力を込めてから、アシエは周囲の隊員から向けられるやけに悪戯っぽい視線に気が付く。それにはリコスも気づいている筈なのに、彼は何時までもにこやかに笑っているだけだった。
――だが反面安心出来る事も、その視線の先に存在していた。誰1人として悲しい顔をしておらず、見た目にも怪我を負った痕跡は無い。全員が全員、無事なようだった。
 成功したのだ。伸るか反るかの博打作戦が、願ったとおりに。犠牲の元に成り立つ成功でもなく、誰1人として欠けずに生き残れたのだ。
「アシエ小隊長」
 悪戯な視線を送っていた内の1人が、未だ含み笑いが混じった声で少女の名を呼ぶ。
「貴方の御陰で生き残る事が出来た。感謝しようにも仕切れない……次に何かあった時は、必ず私たちの小隊も救援に向かいましょう。出来る限り尽力させてもらいたい」
 それは、先刻指揮下に入った『41号小隊』の小隊長だった。さっきまでアシエを蔑むようだった瞳は今、対称的に尊びに溢れていた。まるで自らの憧れを託すように、そこに自らの目標があるかのように。
 アシエはふと遠方の景色に目を見やった。相変わらず其処には巨大な竜が居て、我が物顔で暴れまわっている。時折見える爆発と金色の明滅は、機関からの砲撃だろうか。空気には相変わらず火の粉が混じっていて、深呼吸しようにも灰が焦げそうになる。
「行くのかな、小隊長」
 その視線に、ようやくリコスが離れる。彼と向かう視線の先を交差させ、アシエは頷いた。
「ええ、このまま第8区画が破壊されるのを黙って見ている訳には行かないわ」
 砲撃を受けようとも、竜はビクともしていない。ただ変わらず、破壊行動を続けているだけだ。兵器による砲撃すらも受け付けないということは恐らく、あの愚者が纏っている鱗の装甲はグラゴネイルよりも数十倍の強度を誇っている筈だった。
 そんな相手に、数で向かって勝てるとは到底思えない。だが、此処は大勢の人が希望を待ち望み、作り上げた団結と希望の街だ。例え1つの建物だとしても、そこには必ず紆余曲折の事情がある。それぞれの思いがある。だからこそ、決して易々と壊されていい物の筈が無い。
「小隊長、俺も行く。独りは駄目だし、何にせよ独力で勝てる相手じゃ無い事だけは確かだろうし」
「わ、私たちも……!」
 リコスに続いて立候補しようとした隊員たちを、だがアシエは制止させた。
「駄目。私には皆の命を預かる責任がある。任務がある。何よりも大事なそれを、こんな所で失うわけには行かないの。リコスには責任があるから、付き合ってもらうだけよ」
「し、しかし……それでは……」
 隊員たちは渋る表情を崩そうとはしなかったが、
「――大丈夫だ。彼女は俺が守るから。……絶対にね」
 凛と響いたリコスの声に、やがて隊員たちは絆されていった。それでも何処か悔しい表情を浮かべながらも、熱風が吹き荒れる中で敬礼する彼らを見て、アシエは胸が熱くなるのを感じた。
――この命を守らねばならない。例えそれが自己犠牲の上に成り立つ命になろうとも。
「……行くわよ、リコス。さっさとこの戦いを終わらせて、休暇でも楽しみましょう」
「おや、君までサボり癖があるとは。いやはや、休暇返上で街の再建くらい手伝いなよ」
「君までって……他に誰か……まぁいいわ。詮索は後にして、行きましょう」
「ああ、そうしよう。ほら皆がさ、君に熱っぽい視線を送ってるからさ、何か俺としても早くここを去りたいんだよね。まだ格好が付いてる内にさ」
「あははっ。さっきあんな大口叩くからよ。……でも、ありがとう」
「え?最後何て言った?聞こえなかったんだけど」
「聞こえなかったんならそれでいいわ。さぁて、久しぶりに暴れますか!」

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