小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

「グレイプニルの発射段階が移行した……!」
――フェイズ2。周囲に磁場領域を発生させて電周波を完全に使えなくする、発射段階の2段目。そして、これから発射までに駆けての時間など、無いに等しい物だった。
「リコス、時間が無いわ。私の合図でここから出る、いいわね!」
「そんなこと言ったって、シェルターにあと5分でたどり着ける部隊がどれだけ居ると思う!俺たちだって、たどり着けるのか!」
 リコスの言葉に、アシエは唇を噛んだ。確かに、グレイプニルの起動は思ったよりずっと早く進んでいる。このままでは、発射までにシェルター内に辿り着ける部隊は本の一握りだけだ。
 けれど、シェルターに入らずとも或いは。
「……!そもそも、着弾自体を避けられれば……!」
「着弾自体を避けるって……アシエ、そんなことをすれば、竜の方はどうするのさ!」
「でも、やるしか無いじゃない!このまま犠牲を出しちゃ駄目なの!人が行き着く破壊の答えが、犠牲の上に成り立つものじゃあ!」
――竜を倒し、犠牲を出すか。犠牲を出してでも、竜を倒す方法を模索すべきなのか。それこそ二者択一の選択だった。あまつさえ、成功するとは限らない選択肢も含まれている。
 アシエは考えた。思考回路を熱暴走寸前まで追い込むが如く、火の粉が降り注ぐ竜の支配下で。恐怖すら忘れ、唯思考だけに全てを捧ぐ。
 幾多にある分岐路、数ある選択。そのどれもが正しいとは限らない思考の中で、成すべき道を見つけることなど不可能といっても過言ではないだろう。だが、もう賽は投げられているのだ。ゆっくりと絶望に浸っている時間など無い。必然の沈黙だった。
 が――、
「――1つだけ、古代の知恵を授けるよ」
 その沈黙は彼の、リコスのたった一言だけで取り払われた。
「何それ。時間が無いの、分かってる?」
「分かってるさ。だからこそ、今から俺が言うことを一言一句聞き逃しちゃいけない。……いいかい、幾ら堅固であろうが竜にも弱点は存在する。喉元下腹部、たった1枚の鱗――逆鱗と呼ばれるこれだけは、ぎりぎり結晶器でも打ちぬける硬度しか持っていない。しかも、そこから真っ直ぐ弾丸が進んでくれれば、先には奴の心臓が位置しているんだ。もしピンポイントで逆鱗を狙い打てたら、もしかすると勝機はあるかもしれない。あれさえ討伐できれば、機関もグレイプニルを止める筈だ」
「逆鱗……?普通の鱗とは、どう違うの?」
「これが難しくてね。普通じゃ見分けが付かない。でも、違いはある……色だ。まるで金箔を捺したように、逆鱗だけは少しだけ金色に輝いているんだよ。いいかい、上までは俺が投げるし、受け止めるのも俺がやる。信じてくれ」
「ちょ、そんな投げるなんて……出来るわけ無いじゃない!上まで一体何メートルあると思って……――ッ!」
 突如、アシエが隠れ蓑にしていた瓦礫が途轍もない勢いで吹き飛ばされる。破片と砂煙が混同した熱風を真正面から準備もなしに受け、アシエの体は数メートル後ろまで吹き飛ばされた。
「げほっ!はぁっ……!もう……何よ」
 せき込みながらにも顔を上げると、竜の深紅眼がアシエを捉えていた。鋭利な牙が生え整った口元が震え、空気を劈くような咆哮を上げる。空気自体が震えている感覚を、アシエは生まれて始めて味わっていた。
 そして同時に、最早躊躇っている場合では無いと悟る。このまま逃げているだけでは、どちらにせよ運命は死に向かうしか無い。
「どうやら、やるしか無くなったみたいだね」
 その考えはリコスも同じようだった。最早隠れていても無駄と悟ったのか、瓦礫から抜け出て、倒れているアシエの隣に立つ。
 差し出された手を躊躇い無く取ると、アシエは立ち上がって竜を睥睨した。愚者と眼が合うと、幼いころによく親と睨めっこした事を思い出し、僅かながらに気持ちの揺れが落ち着きを取り戻す。焦る気持ちをどうにか冷却しようと深呼吸すると、灰だらけの空気が喉に飛び込んできて、思わずアシエは咽返った。
「投げられなかったら、承知しないから」
 リコスは、両手を差し出していた。差し出された手の平は、人1人を上空100メートルまで投げられるとはとても思えないほど小さい。
 だが彼は笑みを浮かべると、ゆっくりと頷いた。
――信じるしかない。馬鹿げている話であろうと、選択の余地が無いなら――。

-38-
Copyright ©むぎこ All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える