小説『崩壊世界の黙示録』
作者:むぎこ(海辺のバクダンりんご)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

第六章/……消える世界と黙示録


 忙しい一日が過ぎ去った。
 各所で復旧作業を行っていた機関員達は、第五〇六号隊隊長アシエ・ランス、及び他部隊長からの命令で一時マルクトに撤退。一時は混乱を懸念されたマルクト区内は一日経つと落ち着きを取り戻したが、機関の内部に限ってはそうでない。
 機関内部、大型作戦室に流れる空気はおよそ平穏からは程遠く、今も先遣隊が組み上げられ、即興のチームワークで現場に急行している事だろう。
 最も難解なのは、昨日以来エニスや親衛隊の誰とも連絡が付かないという事だ。技術班が定期的に呼び出しを続けているものの、彼らは皆一様に沈黙を貫いていた。

――何か、悪いことでも無ければいいんだけれど。

 そう言ったっきり駆り出されたアシエ隊長を、リコスは笑顔で送り出していた。パルト・ネールから「夫婦みたいだね」などと評されて真っ赤に染まった両耳を見て、手を振るのはまんざら悪い気はしない。
 現在、大型作戦室に招集された隊長不在の五〇六号隊は、親衛隊の隊長であったゼウス・ヴァゼリノスから緊急の臨戦態勢について説明を受けており、議場には他の小隊及び隊も多数見受けられる。
 作戦室の構造は至ってシンプルで、最奥の壇にかけて入口から並ぶ半円座席が一段ずつ下がっていく、現行大学校の講義室のような仕組みとなっている。天井には見た目に豪奢なシャンデリアが飾ってあるが、部屋全体としてのみすぼらしさは拭いきれない。
 加えて、今壇上に立っている赤毛長髪の人物。エニスに連れ出されたまま消息を絶っている親衛隊の隊長であるゼウスだけが、何故この場に居るのか――という疑問をぶつければ、彼は確実に怒るだろう。まさか通常の訓練だと思って出勤すれば、もぬけの殻だったなどと言いようが無いからだ。

「――以上だ。あー、何か質問は? 無いか?」

 幾分歯切れの悪い説明を終えると、怠そうに欠伸などしながら、疎ましげに彼は言った。気質でいえば明らかに出世できないどころか、強制除籍すら有り得る彼が何故親衛隊長まで上り詰めたのかは、誰も知る者が居ない。
 ふと、隣に腰掛けていたパルトが挙手した気配を感じて、リコスはそちらに目をやった。
「はい、そこの賢そうな子。どうぞ」
 まるで軍人育成学校の中でも一際いい加減な教師でも演じているかのような口ぶりで、彼はパルトを指差す。如何せん真面目に過ぎる彼女は、暫ししかめっ面を浮かべていたが、
「敵は何故、大規模な群を成して向かっているのですか。愚者にそこまで高等な知恵があるとは思えません。正当な調査手続きは踏んでおられるので?」
 『お、ゼウスに意見するのか』と言わんばかりパルトに殺到した視線に、リコスは自分が咎められているような気になって目を逸らす。
 しかし流石ともいうべきか、相も変わらず鬱陶しげに息を吐いただけのゼウスは、腰の丈ほどもある大きな机を人差し指でぽん、と叩くだけだった。
「分からん。だが、所詮は烏合の衆だろ。片っ端から片付ければ、何の関係もないことだ。その為に結晶兵器を出す。はい、終わるぞ」
 相手が先日のシルク隊長ならば、上官への侮蔑発言やらと大仰に取り上げて処遇検討にでもされそうな問いにも持ち前のいい加減さで答えたゼウスは、そのまま議題終了を告げ、一人真っ先に部屋を後にした。
 と同時に、パルトが頬を膨らませて息を漏らす。ゼウスが扉を閉め切る音と彼女の吐息が重なって聞こえたので、リコスは視線の先を逡巡する。
「姉さん姉さん、まぁ怒りらっしゃるな。あれはあれでいいんだよ、上層部の中では結構頭がやわらかいんだよなぁ」
 穏やかな寂声に振り向けば、白い歯をにかっと笑わせるティラ・ドミヌスが居た。恐らく招集を受けた全部隊の中で最大の巨躯を豪快に揺らしながら、けれど朗らかに笑う。
 彼の笑みを受けて尚パルトはむっとしていたが、やがて諦めたのか深い息を一度吐いた。
「何ていうのか、私には計り知れないわ」
 あれで親衛隊の隊長を務める程の力量を秘めているのだ、確かに人間とは中身ですら判別が付かないややこしい生き物だ――と心中同意してから、リコスもまた口を開く。
「烏合の衆ってのは俺も思った。何で愚者がいちいち集結して攻撃を仕掛けてくるのかはわからないけどね、言ってしまえば通常業務の拡大だ。群れる敵を駆逐するだけなら、結晶兵器が役に立つ」
 正確に言えば、“心当たりはあった”のだが、真顔で嘯くのには慣れ切っていた。
「まぁなぁ、空を飛ぶ術は無いけど、陸の結晶兵器……戦車とか言うんだっけか。あれさえありゃあ、大概だ」
 ティラが言うと、パルトも同意する。
「砲手と操縦手にもよるけどね。そういえば、先遣隊はまだ帰ってないの?」
 先遣隊の仕事は、最寄りの移動式トーチカを最前線予測値まで運び、加えて補給物資を運搬しておくことにある。
 つい数時間前に組まれた先遣隊だったが、彼らの帰還を知らせてくれるのは基地内の慌ただしさだといえた。リコス自身、数度しか体験は無いが、彼らが補給物資を運搬する前には手暇な者に補佐役の任がいい任される。その殆どは先輩将兵の言う事を黙って聞くしかない新兵だが、彼らの数を見れば基地が慌ただしくなるのも頷けた。
 よって、未だ招集に応じた兵士が雑談を交えているのは、先遣隊からの連絡が未だ無いという事。最寄のトーチカは基地から徒歩で小一時間程の場所にあるのだ、そう時間はかかるまい。
 時間がかかると言えば、駆り出されていった隊長達の帰りもやけに遅いのだが。

 考えに考え抜いた末、リコスは次の言葉を口にした。

「烏合の衆にも、鷹が居たかな」

-57-
Copyright ©むぎこ All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える