小説『魔法少女リリカルなのは 〜俺にできること〜』
作者:ASTERU()

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空白期スタート。

そして今回はあの事件……


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




63. 流れ星









  ――――とある次元世界。



 重く暗い、灰色の空から落ちてくるのは、真っ白の雪。
 それは溶けることなく、幾重にも重なり合いながら降り積もっていた。
 だが、それだけではなかった。


 そこは、まさに戦場。


 揺らめく炎、立ち上る黒い煙。 
 雪の上に横たわっているのは、降り積もった雪と同じ白い服を着た一人の少女。
 その少女は、2年の月日が流れ、11歳に成長した少女―――なのは。
 だが、今の彼女は、死の淵を彷徨っていた。


 白い服を、辺りの雪を染め上げているのは、なのはの身体から流れ出る紅い液体。
 血液と共に失われていくのは、体中の体温。
 自身の相棒であるレイジングハートは、
 主と同様にボロボロの状態ですぐ傍で弱々しい点滅を繰り返していた。



  「――――なのはッ!!!」



 なのはに駆け寄るのは、幼い容姿をした紅い衣服を身に纏った少女―――ヴィータ。
 途中で何度も転びそうになりながらも、なのはの元にたどり着くと、
 自身の服が血で汚れてしまうことなど全く気にも留めず、必死に呼びかける。


  
  「おい、なのはッ!! 返事してくれよ、おいッ!!」



 何度もなのはの名前を呼び掛けるも、帰ってくるのは、浅い呼吸だけだ。
 無意識のうちに、ヴィータの大きな瞳から涙が。 
 なにも出来ない、ただなのはの名前を呼ぶことしか出来ない自分のことを思わず殴りたくなった。


 異世界で行われた捜査任務の帰り。
 そこに突如現れ、なのは達を襲撃した、未確認体である機械の集団。
 突然の襲撃に慌てることなく、未確認体を撃退していくなのは達。
 しかし、悲劇は突然起こった。


 いつものなのはなら、全く問題はなかっただろう。
 しかし、その時のなのはの身体は、もはや限界に達していた。
 初めて魔法に出会ってからこれまでの間に行った、度重なる無茶の数々。


 大規模の収束砲撃魔法の多用。 
 安全性の確立されていないカートリッジシステムの搭載。
 未完成の状態でのエクセリオンモードの起動。
 そして、自身の身体を痛めつけるような訓練の積み重ね。


 幼い身体にこれだけの負担をかけて、平気でいられるはずがない。
 そして、遂に身体が悲鳴をあげた。


 刃のような脚を持つ、蜘蛛のような多脚型の未確認体の攻撃を避けることが出来ず、
 そのまま撃墜されてしまったのだ。
 救援の到達まではまだまだ時間がかかり、医療班を呼ぼうにも、
 他にも負傷者がたくさんいる為、まるで手が足りない。



  「―――ッ!? しまった、囲まれた……!」 



 いつの間にか、無数の未確認体が自分達を取り囲む様にして展開し、その距離を少しずつ縮めてきている。
 

 こちらは怪我人がいる状態。 
 救援は来そうにないし、数は相手が圧倒的に有利。
 せめてなのはだけでも守ろうと、グラーフアイゼンを握りしめ、立ち向かおうと―――







  ――――世界が停止した







 そんなことがあるはずがない。 
 しかし、そう感じてしまうほどの、自分の中の全てが震えあがる“なにか”。
 ヴィータと同様に、未確認体の動きも止まってしまう。
 だが、それだけではなかった。




  ――――ズドドドドドドドドドッ!!!





 未確認体を貫く、無数の巨大な漆黒の槍。
 それは一つ一つに圧倒的な力を宿した、文字通り“悪魔の槍”。


 ヴィータ達の周りにいた未確認体は全て、突如飛来した漆黒の槍に貫かれ、その機能を完全に停止させた。


 突然の展開に着いていけず、その場で固まっていたヴィータの前に現れたのは、
 黒い衣服を纏った一人の少年。
 二年前の、今日のような雪の降る日に別れ、そして再会を約束した自分の仲間。



  「ユウ、来てくれ――――ッ!!?」


 
 帰って来てくれた。
 今の状況を一瞬忘れてしまいそうになるほどの出来事に、喜びを露わにしようとするが、
 ユウの身に起こっていた変化を眼にした途端、言葉を失ってしまう。


 黒髪だったはずのユウの髪の毛が、毛先から半分ほどまで、
 この世界の空の様な、くすんだ灰色に変色していっている。
 ユウの手に握られているツキヒメも、あれほど美しかった刀身が鳴りを潜め、
 今では少しの輝きも放っていなかった。



  「ユウ……お、お前……」



 震える様な声で、ユウに話しかける。
 ヴィータが想像してしまった、最悪の状況。



 まさか、まさか、まさかッ―――!
 


 脳裏をかすめた最悪の可能性を必死に否定する。
 そんなことはない。 
 ユウに限ってそんな……。
 だって彼は自分達に約束したんだと、だから大丈夫なのだと。



  「……今すぐなのはを連れて、こっから離れろ」



 聞こえてきた声は若干低くはあったが、間違いなくユウの声であった。
 そのことに幾分か安堵する。
 どうやら最悪の事態だけは避けられた様だということが分かったのだから。



  「ヴィータさん!!」



 自分の名前を呼ぶ声。 
 振り返ってみれば、こちらに駆け寄ってくる、隊員達。
 救援要請を済ませたことを報告しに来たようだ。



  「急いでなのはを病院へ運んでくれ!!
  まだ戦えそうな奴は、アタシと一緒にアイツ等を引きつけるぞ!!」



 隊員達全員が負傷しており、中にはなのは程ではないが、かなりの傷を負っている者もいる。


 本当なら自分が連れていきたいのをぐっと我慢し、
 自分達が未確認体を引き付けている間に、ここから撤退するように指示を飛ばす。
 救援部隊が来るまでの時間を稼げればいい。



  「ヴィータ、お前は怪我してる奴等を病院まで護衛してやれ。 ……ここは俺だけで大丈夫だ」


  「なっ、なに言ってんだよユウ!! そんな危ねぇコトさせるワケねぇだろ!!」



 ユウから出せれた提案に即座に反論する。
 まだまだ未確認体は残っている。
 なのにユウ一人では危険すぎる。
 もうなのはの様に、誰かを守れないなんて真似は絶対にしたくなかった。



  「足手まといなんだよ、今のお前らは。 大なり小なり怪我してんだ。 とっとと失せろ。 邪魔だ」


  「でも――――!」



 確かにユウの言っていることは一理ある。
 今の自分たちでは、ユウの足手まといになるかもしれない。
 それでも、こんな危険なところに一人残す様なことなんてこと、出来るはずがない。
 




  「いいから早く行けッ!!! 死にてぇのかッ!!!」





 振り返りながら放たれた、ユウの怒声。
 変化していたのは髪だけかと思ったら、違っていた。


 右眼の紫の瞳はいい。 
 これはホタルが消えていない証。
 だが、左眼は違った。 
 リインフォースの瞳よりの更に紅い、まるでそこから血が溢れているかのような“鮮血の瞳”。


 今のユウは、かつて戦った闇の書の闇のようだった。


 先程まで大丈夫だと思っていた考えが再び不安で満たされる。
 ユウはどうなってしまうのか、そのことで頭がいっぱいになってしまう。
 だが、俯きかけた時に眼に入り込んできたなのはを見た瞬間、今の自分がすべきことを思い出す。
  

 こんな選択をした自分は最低かもしれない。 
 或る意味、ユウを見捨てたことになるのだから。
 それでも、このままではなのはは確実に死んでしまう。


 今の自分にできることは、一刻も早くなのはを病院に連れていくこと。
 不安で押しつぶされそうになるのを必死に抑え、自分にそう言い聞かせる。


 
  「……急いでここから撤退するぞ」


  「ヴィータさん!! 民間人の彼をここに置いていくなんて!!!」



 ヴィータからの指示を聞き、隊員達は愕然としてしまった。
 民間人を守る立場である自分達が、その民間人を見捨てることなんて出来るはずがない。



  「文句なら後で幾らでも聞いてやる!! 罰でもなんでも喜んで受ける!!
  だから今は黙ってアタシの指示に従え!!」



 必死の形相で放たれた言葉に、思わず怯んでしまう。
 だが、隊員たちは結果的にヴィータの指示に従うことになった。
 周囲にいる隊員を集め、転移魔法を発動、そのまま短距離転移を行った。


 隊員たちの視線の先で佇んでいた、なのはやヴィータとそう歳は変わらないであろう少年。 
 

 怖かった、逃げ出したかった。


 彼らは曲がりなりにも管理局の武装局員。
 戦いで恐怖を感じたことなど、それこそ数え切れないほど経験しているはずだ。
 しかし、今の隊員達が感じている恐怖は、
 今まで感じてきた恐怖という感情は何だったのかと笑ってしまうほどのモノ。
 

 人間が進化の過程で忘れつつある、根源的なもの。
 ソレが全力で警鐘を鳴らしたのだ。
 “アレ”はダメだ、危険だと、絶対に関わるなと。
 

 後に残されたのは、俯いたまま黙っているユウと、
 彼の周りへと集まっていく、周囲に散らばる様にして展開していた未確認体。
 傍目から見れば、ユウが圧倒的不利に見えるだろう。
 しかし、それは誤りだった。




  「……目障りだ……――――」




 ユウの身体から噴き出す様にして溢れだすマナ。
 それはユウの切り札、オーバーリミッツ。
 だが、今回は様子が違う。


 晴れ渡る青空の様に澄んだ空色のマナが、全てを塗りつぶすほどのどす黒いモノへと変わっていく。
 

 それと同時にユウから発せられる、爆発的に膨れ上がった殺気をも超越した“凶気”。
 まるで、この世界そのものが震えあがり、悲鳴を上げるかのような……


 未確認体は機械だ。 
 人間には備わっている直感、非科学的な“第六感”は、当然あるはずがない。
 にもかかわらず、眼の前に存在する少年は危険だと確信し、即座に攻撃態勢へと移る。


 だが―――





  「俺の、視界から…………ッッッ、消え失せろおおああああああ!!!!!」





 そこから先に行われたのは、破壊の嵐。
 ユウは未確認体の間を縦横無尽に駆け巡る。


 斬り裂き、叩き潰し、踏み躙る。


 戦闘とは呼べない、あまりに圧倒的で理不尽な力。


 なのは達があれほど苦戦していた相手を、まるで紙屑のように捻り潰していく。
 そこに容赦や情け、躊躇い。 
 そんなモノは微塵も存在しなかった。


 眼の前にいる、こちらに向かって血に染まった刃を振るってくる最後の一体。
 それは偶然にも、なのはに致命傷を負わせた未確認体。
 だが、その攻撃はユウには届かない。





  「――――――魔神!!! 煉獄殺!!!」





 立ち上るマナの全てをツキヒメに凝縮した状態で振り下ろされた上段斬り。
 それによってこちらに向かっていた刃の全てが粉砕され、
 その後放たれた突進突きにより、未確認体の中心に大穴が空き、爆散した。


 ユウ以外に動いているのは、灰色の空から降りしきる雪のみ。
 あれほどたくさんいた未確認体はユウの怒涛の連撃によって全て破壊されてしまった。



  「…………………………………………大丈夫だ」



 手からツキヒメが零れ落ちるのと同時に、崩れるようにして膝が落ちる。
 消え入るような声でそう呟くと、自身の身体を両腕でギュッと抱きしめ、ガタガタと震えだす。 


 だがそれは、別に寒いわけではない。
 ユウの身体が震えているのは寒さが原因ではないのだ。







  「なのはは……絶対に、助かる。 ……死んだりなんか……しないんだ……。
  いなくなったりしない……大丈夫だから、絶対生きてるから……だから……」







 震えの原因、それはまた誰かを失うのではないかという恐怖。
 自分の大切な人が、またあの時の様に守れないのかと、
 死んでしまうのではないかという恐怖が一度に襲い掛かってきたのだろう。


 そんなことはないと、あるはずがないのだと、必死に自分に言い聞かせる。
 そうでもしないと、自分を保つことなど出来はしなかった。
 心が……折れてしまいそうだから。
 



  「だから……ッ、テメェは出てくんな――――!」




 そのまま絞り出すようにして、己のうちに眠る存在に語りかける。
 自分の身体に宿る、二つの存在のうちの一つへと。


 しばらくすると紅かった左眼とくすんだ灰色のような髪が元の黒へと戻っていく。
 だが、それでも震えは止まらない。


 それはまるで、一人にしないでと泣いているかのようで――――









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