小説『魔法少女リリカルなのは 〜俺にできること〜』
作者:ASTERU()

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70. ヒーロー









 その日は少女―――スバルにとって楽しい一日になるハズだった。


 姉のギンガと一緒に空港へと向かい飛行機に乗って、現地の空港で待っている父親であるゲンヤと合流し、
 そのままゲンヤの部隊に遊びに行く。


 その、ハズだったのだ……。


 だが、楽しいはずの時間が一転、恐怖に染まった時間へと変貌した。
 何故なら空港は辺りは一面、火の海と化していた。


 空港で飛行機の時間を待っていたスバルとギンガは原因不明の火災に巻き込まれてしまったのだ。
 ソレに気付いて頃には空港内はパニック状態になっていた。


 必死に出口に逃げようとする人たちの波の呑まれてしまったスバルは、
 いつの間にかギンガと離れ離れになってしまったのだ。
 

 一人ぼっちになってしまったスバルは、ギンガを探そうと辺りを彷徨ったが、
 一向に見つけることが出来ずにいた。
 火の手はドンドンその勢いを増していき、スバルは自分がどこに居るのか分からなくなってしまったのだ。



  「お姉ちゃん……何処にいるの?」



 キョロキョロと辺りを見渡しながら、ギンガの姿を探そうとするが、
 スバルの瞳に映るのは、燃え盛る炎と瓦礫の山だけ。


 スバルの足取りは少しふらつき始めていた。
 これだけの高熱の中でたくさんの煙を吸ったのだ。
 もういつ倒れてもおかしくはないだろう。



  「――――スバルッ!!」



 背後から聞こえてきた、自分が探していた、待ち望んでいた声。
 それと同時にこちらに急いで駆け寄ろうとする足音。



  「お姉ちゃん!!」



 背後を振り返ったスバルはギンガと同じように駆け寄り、
 巡り合えた喜びを分かち合うかのように抱きしめ会う。



  「もうッ、心配したんだよ!」


  「……ごめんなさい」



 ギンガは叱りつける様にして声を張り上げる。
 だがその表情には怒りの感情はまったくと言っていいほど含まれてはいない。
 ただスバルが心配だった、それだけだった。


 スバルもギンガに怒られたと思ってシュンとしてしまったが、その表情が少しずつ喜びに満ちていく。



  「とにかく、今は急いでここから離れるわよ!」



 ギンガ自身、出口が何処に在るのかは分かっていない。
 しかし、火の勢いは増すばかり。
 ここで助けが来るのを待っているだけでは助かる可能性は限りなく低いだろう。
 そのことを瞬時に判断したギンガはスバルの手を引いて、急いで出口を探そうと駆けだす。




  ―――――ゴゴゴゴゴゴッ!!!




 地響きのように鳴り響く音。
 それによって、スバルとギンガの足は止まってしまう。
 不安からか、ギンガの手をギュッと握りしめる。
 二人の表情が不安と恐怖に染まっていった。



  『―――キャァァァァッ!!!』



 突如、二人のすぐ横の壁の向こうが爆発し、そのまま吹き飛ばされてしまう。
 一瞬フワリと宙に浮いた後、地面に叩きつけられる。
 


  「ッ……、お、お姉ちゃん、大丈――――!?」



 呻き声を洩らしながらもなんとか顔をあげたスバルは、
 自分を抱きしめるようにして抱えているギンガの方を向くと――――



  「お姉ちゃん!!」



 そこには地面に叩きつけられた際に頭でも打ったのか、気を失っているギンガが。



  「お姉ちゃん! お姉ちゃん――――!!」



 急いでギンガの腕を解き、必死に揺さぶりながら呼びかけるが、全く反応しない。
 幸いたいした怪我はなさそうだが、スバルは気が動転してしまったのか、
 ソレにすら気付かず、何度もギンガの名前を呼び続ける。


 
  「誰か……誰かお姉ちゃんを助けて!!」



 助けを呼ぼうと周りを見渡すが、辺りには誰もいない。
 今のスバル達の状況はまさに絶体絶命のピンチだ。


 
  「……痛いよ……熱いよ……ッ」



 すすり泣く様にしながら俯いてしまう。
 気付けば周りの炎は二人を取り囲む様にして展開しており、炎の熱と煙が容赦なく二人を責め立てる。



  「もう、イヤだよ……ッ、帰りたいよ……」



 スバルは諦めかけていた。
 自分はもう助からないのではないかと。
 もう、お父さんには会えないのではないかと。
 

 スバルの声に隠れるようにして聞こえてくるかすかな物音。
 まるで何かが壊れるかのような、そんな不気味な音。
 スバルは気付かない。
 二人がいる場所のすぐ後ろある女神の石像が、今にも壊れそうなのを。



  「……けて…………誰か……助けてッ!」



 そして支えの部分を失った石像は、そのまま無慈悲に二人を押しつぶそうと襲い掛かってくる。
 スバルは気絶しているギンガを先程とは逆に庇う様にして石像に背中を向け、ギュッと眼を瞑る。
 こんなのでは助からないと思いながらも、それでも……。







  「――――蒼破!!!」







 スバルの耳に聞こえてきた男の声。
 それと同時に空気を切り裂く様にして何かがスバルの頭上を駆け抜けていく。


 眼を開けたスバルの眼に映ったのは、黒衣を纏った男がスバルの背後に向かって、
 見たこともないほど綺麗な純白の刀を斬り上げている姿だった。


 その後聞こえてきたのは、何かがぶつかり合って砕ける音。
 後ろを振り返ってみると、スバルの背丈の何倍もありそうな石像がバラバラに砕けていた。

 
 しかし、脅威はまだまだ続いていた。
 石造の破片が三人に降り注いでいたのだ。
 悲鳴をあげそうになるのをなんとか堪え、ギンガを庇おうとする。




  「――――ネガティブホルダー!!」




 再び聞こえた男の声。
 見ると、男が握りしめている刀の鍔に嵌めこまれたクリスタルが、塗りつぶされたような黒に染まる。
 すると、刀の切っ先から同色の球体が発生し、ソレを男の真横に飛ばした。


 途端に石造の破片が突如方向を変え、その球体に吸い寄せられていく。
 男が刀を振り下ろすと同時に球体は消滅し、
 そこに集まっていた破片は重力に従ってそのまま地面に落下した。


 一連の流れの全てを目撃したスバルは茫然としていた。
 何が起こっているのか、頭が追い付いていないのだ。


 男はスバル達の方を向くとゆっくりと歩いてくる。
 そのまま二人の前で止まると、スバルに目線を合わせる為に片膝をついた。



  「……あの状況で姉ちゃん庇うとは、ガキのくせに大した度胸してんな」


  「ぇ……」



 男はそう言うとスバルが抱きかかえているギンガに向かって片手をかざした。
 すると、そこから柔らかな緑色の光が迸り、ギンガを包み込む。



  「…………ッ……」


  「お姉ちゃん!!」



 ギンガが呻き声を洩らしながら眼を覚ます様子を見て、スバルは再び涙を零しながら抱きしめる。
 本当に良かったと、そう思いながら。




  「……あどけなき水の戯れ ――――シャンパーニュ」




 先程とは異なり、今度は刀に嵌めこまれたクリスタルが瑠璃色に輝き、
 それと同時に足元に同色の魔法陣が展開。
 スバルの周りを取り囲む様にして燃え広がっていた炎の下から水が湧きあがり、
 炎はその勢いが徐々に弱まり、やがて鎮火した。



  「これでしばらく持つだろ……ンで、お前ら、大丈夫か?」



 男の方を唖然と見守っていた二人の方に振り返りながら、
 何でもないかのようにそう尋ねてくる。
 


  「だ、大丈夫です……、あのっ、助けていただいてありがとうございます!
  ほら、スバルもお礼……」


  「あ、ありがとうございます! 私、スバルって言います!
  隣に居るのがギンガお姉ちゃんで……えっと、その……」



 二人は男に向かって頭を下げた。
 だが、顔をあげたスバルは男を見つめながら言葉を詰まらせる。
 


  「? ……あぁ、名前か。 悪ぃけどそれは言えねぇんだよ。
  ちょっとワケありでな、出来れば俺のことは誰にも言わないでくれると助かる」



 男がそう答えると、ギンガは疑問に思いながらも分かったと頷くが、
 スバルは何やら残念そうな表情をする。
 ソレを見た男は溜息をついた。



  「……まぁ、名乗るとしたら……“悪の敵”ってとこだな」


  「悪の敵? 正義の味方じゃないの?」



 男の言葉に、スバルは首を傾げながら聞き返した。
 悪の敵というのはよく分からないが、“悪”という言葉が付くと言うことは、悪者なのだろう。
 だが、スバル達の眼の前にいる男はテレビなどで見る正義の味方そのもの。
 そのことに疑問を感じてしまう。



  「正義の味方、ねぇ……。 俺はそんな大層なモンじゃねぇよ」



 スバルの発言に、男は自嘲気味に笑った。
 


  「俺は悪人だ。 どうしようもねぇほどのな。
  だが、同族嫌悪っていうのかねぇ……同じ悪人のコトが大っキライなんだよ」



 やはり男の言っていることが理解できないでいるのか首を傾げるスバル。
 ギンガも困惑していた。
 自分達がこれまで抱いていた考えを否定するかのような男の言葉に。


 
  「もし、スバルが言う様な正義の味方がいるとしたら……――――」



 そう言いながら男は二人から離れると、首から下げているペンダントを外し、ソレを握りしめる。





  「それは俺なんかじゃない。
  もうすぐここに来る二人と、外で消火作業の指揮を執ってる奴が―――本当の正義の味方だ」






 男は微かに笑っていた。
 話に出てきた人達のことを、まるで自分のことのように嬉しそうに話しながら。
 

 突如ペンダントが猛烈な光を放ち、辺りが光に満ちていく。
 光が収まると、先程まで男がいた場所には誰もいなかった。





 この日スバルは、正義と悪、二つの存在に出会うこととなった。
 スバルが思ったことを男は否定するかもしれない。


 だがスバルにとって、彼らは等しく憧れの存在となる。
 そしてスバルは、自分の心に誓ったのだ。


 
 ただ守られているだけなのも、なにもできないのもイヤだから。
 だから今度は自分が、誰かを守れる存在になるんだと。


 
  ――――自分のことを救ってくれた、あの時の“ヒーロー”達のように。









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