小説『魔法少女リリカルなのは 〜俺にできること〜』
作者:ASTERU()

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71. 約束の場所









 ユウの視界に映っているのは、何処まで続いているのか分からないほどの広大な、
 海と間違えてしまう程の規模の湖。
 空から降り注ぐ陽の光によって、海面がキラキラと宝石の様に輝きている。


 高い丘の上にいるせいか、海から吹く風がユウの髪を揺らし、
 ソレを眼をつぶりながら心地よさそうにしている。



  「……ようやくここに来ることが出来たな」



 閉じていた眼を開け、感慨深そうにそう呟く。
 ユウの眼に浮かんでいるのは、何処か懐かしいモノを見ているかのようだった。


 ユウは今まで、様々な次元世界を転移してきた。
 管理局から逃げるために、自分なりの方法で罪を償うために……。


 だが、それだけではない。
 様々な次元世界に転移してきたのはある次元世界を見つける為でもあったのだ。
 ユウが生まれ、記憶を失うまで暮らしてきた次元世界。
 自分の故郷というべき場所を。


 ユウはそのままゆっくり背後を振り返る。
 眼に飛び込んできたのは、緑が生い茂っている大木。
 そして、その向こうには色取り取りの草花が咲き誇っている花畑。
 此処は、サクヤの大好きな場所。


 ユウがこの世界を去ってから十年以上の月日が経っているというのに、
 その様子は以前見たモノと変わりない。


 あれだけのコトがあったにもかかわらず、以前と変わらない美しい景色。
 誰かが手入れをしたとしても、ここまで元通りになるとは考えられない。
 神秘的な力でも働いたと言われた方がまだ信じられるだろう。
 
 

 大木の方にゆっくりと近づく。
 根元にあるのは、ユウの腰ほどの大きさの石が二つ。
 


  「今帰ったぜ、サクヤ……“母さん”」
 
 
 
 墓石を見つめながら淡く微笑んだ。
 二つの石の正体、それはサクヤとユウの母親―――マドカの墓石だ。
 この世界に来た目的の一つは、彼女達の元に墓参りに訪れるため。



  「生憎と手ぶらなもんでな、それについては勘弁してくれ」



 ユウは墓前に添える様なモノなど持ち合わせていないので、そのまま墓石の前で静かでじっとしている。
 だが正直、そのようなモノは必要ないのかもしれない。
 何故なら、それが必要ないほど、ここは草木で満ち溢れているのだから。



  「サクヤ、お前に言われたこと、俺なりのやり方で少しずつだが、自分に出来ることやってるつもりだ。
  正直、ちゃんと出来てるか怪しいもんだがな」



 ユウから見て左側の墓石の方を、苦笑しながら話しかける。
 サクヤから託された意思、マナという力、そしてツキヒメ。
 ユウは自分にできることをしてきたつもりだ。


 それが相手のためになったのか、それともただのお節介に過ぎないのかはユウの知るところではない。
 極端な話、相手が頼んでいないことを勝手にやるということは、お節介の自己満足にすぎない。


 ユウ自身そう考えているし、それは正しいのだろう。
 だが、そうだと分かってしても、世の中には当たり前の様に人助けをする者がいる。
 それはサクヤであり、なのは、フェイト、はやてだ。
 そして、本人は気付いていないし、例え指摘されたとしても即座に否定するだろうが、ユウ自身も。


 彼らは損得勘定で人を助けていない。
 ソレが当たり前であり、なによりほっとけないのだ。
 まるで息をするかの様に、気付けば誰かを助けてしまう。
 


  「…………」



 続いてユウは、右側の、自分の母親の墓石の方を向く。
 しかし、ユウは何も言わない、いや、言えないのだ。
 何故ならユウは、なのはやフェイトのように、母親に対して好意的な感情など抱いていない。
 抱いているのは、たった一つの感情だけだ。


 ユウにとって母親とは、自分を産んで育ててくれた、ただそれだけの存在。
 そして、ユウが犯した罪の中でも最も重いモノ。
 罪の象徴なのだから。



  「……何度ここに来ても、結局何も言えなくなっちまう」



 ボリボリと頭を掻きながらそう呟く。
 ユウがここにマドカの墓を作ってから一度だけ話しかけて以来、
 マドカの墓前では何も言えなくなってしまう。 
 何を言おうか事前に考えてきたとしても、結局は何も言えなくなってしまうのだ。



  「考えてみれば、ホント、色んな事があったよな」



 ユウは一度深呼吸をすると、ゆっくりと眼を閉じた。
 頭の中を駆け巡っているのは、記憶を封印する前の出来事。




  ――――全てを失って、救われて、そしてまた失ってしまった




 今のユウを形作るきっかけとなっただろう想い出を……



















 深い森の中に木霊する、一つの息遣い。
 規則的に聞こえてくるそれは、しかし少しずつそのペースをあげていっている。
 何故ならその息遣いの主は全力疾走をしているのだから。


 それは、人であった。
 年は十を越えているだろう。


 ボロボロの衣服に、背中まである髪は乱雑に括ってあるだけ。
 けれども、ロクに手入れのされていない黒髪の中にあるのは、人形の様に整った顔立ちだった。
 いや、人形の様な、ではない。
 この少年が動かなければ、何人かの人は人形と間違えてしまうかもしれない。



 ――――“死人の眼”



 その瞳に映っているのは、底が見えないほどの暗くて深い“闇”
 本来、この位の年頃の少年は感情豊かなはずだが、この少年にはそう言ったモノは一切感じられない。


 今は走っているせいか、若干の焦りはあるモノの、それは表情だけで、瞳に変化はなかった。



  「グルルルル……!」



 突如立ちはだかる一匹の狼のような生き物。
 少年は即座に方向を変えようと一旦立ち止まる。
 だが、いつの間にか少年を取り囲む様にして展開し、ジリジリとその距離を詰めてきている。



  「チッ……」



 舌打ちをしながら懐から護身用の小刀を取り出し、担いでいた荷物を近くの地面に投げ捨てる。
 腰を落とし、臨戦態勢を整えた途端、一匹の獣が牙をむき出して襲い掛かってきた。



  「ガアッ!!」



 転がる様にして横に避ける。
 だが、獣は着地と同時に反転すると、もう一度襲い掛かってきた。



  「――――ッ!」



 少年と獣が交差する。
 獣の爪が少年に左腕を掠めるが、少年もただではやられない。
 いつの間にか反対の手に持ち替えていた小刀を獣の横っ腹に深々と突き立てたのだ。


 少年は痛みからか顔を歪めながら先程の獣の方に視線を向ける。
 どうやら先程の一撃は獣にとって致命的な一撃だったようだ。
 傷口から大量の血が流れ出し、そのまま絶命した。


 ホッと一息をつく。
 だが、ソレがいけなかった。



  「グッ!?」



 突如、右腕が焼けるように熱くなる。
 見れば、別の獣が小刀を持っている方の腕に噛み付いていたのだ。
 即座に蹴りを入れてなんとか引き離すも、その拍子に小刀を手放してしまう。


 その隙を逃さず、別の獣が少年に突進してくる。 
 直撃を食らった少年は近くの岩に背中から叩きつけられてしまう。


 背中から、そして腹部と右腕から走る激痛。
 どうやら先程の獣の頭突きで肋骨を何本かやられたらしい。
 しかも、左腕はまだ動くが、右腕からはかなりの量の血が流れ出てきており、感覚が無くなりつつある。
 掠っただけに思えた一撃は、思った以上に深い傷を少年に与えていたのだ。


 再びジリジリと少年との距離を詰めてくる獣。
 それと同時に、少年に忍び寄る死の気配。


 まさに絶体絶命のピンチ。
 だが、少年の顔には焦りも恐怖も浮かんでいない。
 そして、傍から見れば、今の少年は異常であった。
 


  ―――――笑っていたのだ



 真っ黒な瞳から透明な雫をこぼしながら、獣の方を見つめる。
 それはまるで、これから訪れるだろう死を喜んでいるかのようで……。


 今度は単体ではなく、一斉に襲い掛かってくる獣達。
 少年は動かず、そのままじっとしているだけだ。
 もう駄目だと、誰もがそう思うだろうその時――――







  「――――魔神剣!!!」







 少年の耳に届いたのは、涼やかな少女の声。
 ソレ同時に、別の何かが近づいてくるかのような音。


 声がした方に視線を向けると、地を這うようにしてこちらに迫ってくる桜色の“なにか”
 それは獣の集団にぶつかると、それらを弾き飛ばした。
 獣はそのまま逃げ出してしまう。



  「す、スイマセン、魔物さん! そちらの方、大丈夫ですか!!」



 魔物と呼ばれる生き物に申し訳なさそうな表情しながら、急いでこちらに向かった来る一人の少女。


 
 少年と同い年ぐらいだろうか。
 桜色の髪は胸元まで伸びており、色白の肌には急いでいたのか、うっすらと汗が滲んでいる。
 焦った様に少年を見つめる瞳は翡翠色の大きな瞳で、理由は分からないが涙を浮かべていた。


 何処かの民族衣装なのだろう、身体の前で左右の布を重ね合わせ、
 少し厚めの布を腰に巻いて背中で結んで締めている。
 丈は踝まであり、動きにくそうな印象を見る者に与えるが、
 少女は普段から着なれているのだろう、そう言った感じは一切なかった。


 そして、少年にとって何よりも印象的だったのは、少女が握りしめている一振りの刀。
 この世のモノなのか疑ってしまうほどに、その純白の刀は美しかったのだ。



  「もうすぐ助けが来ますから!!」



 そう言いながら、少女は少年に向かって手をかざしながら眼を閉じた。
 しばらくすると、手から少女の瞳の色と同色の光が迸り、
 少年から流れ出ている血の勢いが徐々に弱まっていく。



  「治癒魔法は覚えたてだから殆ど効いてない……」



 少女は自分が来ていた服の袖を刀で切り裂き、ソレを少年の腕に巻き付けて急いで止血を施す。
 少年はソレを茫然と見つめていたが、血を流し過ぎたのだろう。



  「しっかりしてください!! 眠っちゃ駄目です!!」



 必死に呼びかけるが、効果はなかった。
 少年はそのまま気を失ってしまった。









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