第15話〜孫家の宿将、熱き想いと心の慟哭〜
雪蓮達と協力することになってから数日たった。俺は一応雪蓮に仕える軍師という形になった。もちろん、仮のものである。雪蓮自身が客将だし、客将の客将だと何かややこしいのでこういう形になった。俺は早々に仕事を終えたので街に来ている。
昴「さすがに袁術のお膝元だけあって街は活気づいてるな」
通りでは市が開かれ、商人達の声が響く。
昴「さて、何処に寄っていこうかな・・・ん?あれは・・・こんにちは、祭さん」
一軒のカフェみたいなところに祭さんを見つけた。
祭「なんじゃ、昴ではないか。どうしたのじゃ、こんなところで?」
昴「仕事が終わったので街へ散歩に・・っていうかまだ日が高いのに酒ですか?」
祭さんの卓の上には空の器で溢れていた。
祭「これくらい、飲んだ内に入らぬ。それより、主も一緒にどうだ?」
真っ昼間から酒か・・・仕事終わったしいいか。
昴「ならご一緒させてもらいますよ」
祭「そうこなくてはな。ほれ、飲むがいい」
俺は器を受け取り、酒を注いでもらうと、それを一気に飲み干した。
昴「ゴクゴクゴク・・・プハァ〜! 白乾児(ばいかーる)ですか。なかなかですね」
祭「主もこの酒のよさが分かるか。んぐ、んぐ、んぐ・・」
言うや否や再び酒を飲み始めた。まだ飲むのか。どんだけウワバミなんだ。
昴「ゴクゴクゴク・・・プハァ! しかし祭さん、仕事はいいんですか? 確か今日は休みではないですよね?」
祭「何、仕事なぞ酒を飲みながらしたところで、どうという事はあるまい」
いやあるでしょ。
昴「はぁ、知りませんよ。んぐ、んぐ、んぐ・・・」
俺はしばらく祭さんと酒を楽しみながら過ごした。
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※※※※
祭「それでの、あの時の穏は痛快での・・・」
昴「へぇー、そんなことが・・・」
気が付けば結構長い時間飲んでいたようだ。それじゃ、そろそろ。
昴「俺はここで失礼させてもらいます」
祭「なんじゃ、もう少しおればよいだろうに・・んぐ、んぐ、んぐ・・」
まだいきますか。
昴「所用を思い出したのでね。祭さんも早いとこ仕事に戻らないと冥琳に怒られますよ」
祭「冥琳? なぁに、あんなひよっこに何を言われようと気にせんわい」
いやしないと。
祭「そもそも周家のご令嬢は、今でこそああやってエヘンと威張っておるが、昔は・・」
昴「あー分かりました分かりました。それでは行きますね」
祭「おう、また後での」
昴「あぁ、そうそう、1ついい忘れてたんですが」
祭「? ・・なんじゃ?」
昴「さっきから後ろに冥琳がいますからね」
祭「なんじゃと!」
あわてて後ろに振り返るとそこには・・。
冥「・・・#」
祭「め、冥琳・・・いつからおったのだ!?」
冥「そうですな・・そもそも周家のご令嬢は・・の辺りですかね?」
祭「ぬぅぅ。す、昴!」
昴「・・(合掌)」
祭「この薄情者が〜!」
冥「では祭殿、場所を変えてゆっくりお話しましょう」
冥琳は祭さんの腕をつかみ、引き摺っていった。
祭「離せ、離すのだ!」
まぁ自業自得だしな。祭さんご冥福を祈ります。
チーン!
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用事を済ませ、城の庭を歩いていると、
?「昴〜!」
ん? 何処からか声が・・・上か? 1本の木を見上げるとそこには酒器を持った雪蓮がいた。
雪「昴もこっちで一緒に飲みましょう♪」
はぁ、孫家の人間はどんだけ酒が好きなんだ・・。
もちろん政務を放り出して酒を飲んでいた雪蓮はこのあと冥琳に見つかりこってり叱られました。
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翌日、日が昇りきったぐらいに起床し、政務に励んだ。華琳のところでは武官の客将であったため、業務は軽い調練と警備隊の警邏、後は他の将の補佐ぐらいだったが今は正式な文官扱いのため、仕事はかなり多い。おかげで仕事が一段落付くのに昼過ぎまで掛かってしまった。
昴「腹減ったな〜」
朝飯は食べたが昼飯は食べ損なってしまった。
昴「街で何か食いに行くかな・・、それとも厨房行って何か作るか・・」
溜め息をつきながらとぼとぼ歩いていると・・。
祭「昴ではないか、どうしたのじゃ?」
ん? 祭さんか・・。
昴「いえ、昼飯がまだだったので何か食べに行こうかと」
祭「なんじゃ、仕事をしていたのなら一度切り上げて済ましてしまえばよいだろうに」
昴「まぁ、そうなんですが・・」
仕事に夢中で忘れてたんだよな・・・。
祭「冥琳ではあるまいし、仕事ばかりにかまけてどうするのじゃ?」
昴「冥琳も好きなわけではないと思いますが・・」
祭さんはもう少しかまけましょう。・・・言わないけどね。
祭「それなら厨房にでも行って・・・・そうじゃのう。ついて参れ」
昴「?」
祭「儂が何か作ってやろう」
昴「・・・祭さんが?」
祭「なんじゃ、何か不満そうじゃのう?」
昴「いえ、そんなことは・・、是非お願いします」
祭「素直にそう言えばいいのじゃ。ではついて参れ」
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ジューーー!
祭「♪〜〜〜っ♪」
祭さんは鼻歌を歌いながら料理を作っていく。へぇー、手際すごくいいな。
祭「主は好き嫌いはあるまいな?」
昴「何でも食いますよ」
まぁ春蘭が以前に作った料理は後の模擬戦思わずボコボコにしてしまうぐらいに破壊力があったが。
祭「そうか、もう少しで出来るから待っておれ」
着々と料理は出来上がっていく。いいにおいが厨房を包んでいく。
祭「意外か?」
昴「ん?」
祭「儂が料理を作ると皆意外そうな目で見るからのう」
昴「本音を言えば驚きました・・でも料理をしてる時の祭さん、すごく絵になりますよ」
祭「//・・年寄りをからかうでないわ!」
昴「俺は嘘は言いませんよ」
俺は笑顔で祭さんに言ってみた。
祭「・・どうやら本気で言うとるようじゃが、お主も存外女誑しよのう?」
昴「そうですかねぇ?」
祭「自覚無しか、まぁ良い。・・・ほれ、出来たぞ」
目の前にご飯と青椒肉絲が並べられた。一人前にしては少し多いが。
昴「いただきます」
祭「あっ。そうじゃ、ちょっと待て」
昴「ん? どうしました?」
祭さんが箸で青椒肉絲を掴み・・。
祭「儂が食べさせてやろう」
昴「・・あーんしなきゃ駄目ですか?」
祭「いらぬのか? 仕方ないの」
料理を片付けようとする。
昴「あ〜、待ってください、します。しますから」
祭「最初からそうすれば良いのじゃ。ほれ、あーんせい」
昴「あーん。モグモグ・・!? 美味しい!」
祭「そうじゃろう?」
昴「次いいですか? あーん・・」
祭「なんじゃ、さっきまで嫌がっておったのに、ほれ」
昴「あーん・・パクっ! モグモグ・・・うん、美味い!」
祭「喜んでくれたのなら何よりじゃ」
そのまま料理がなくなるまであーんは続き・・。
昴「ご馳走様でした!」
祭「うむ! お粗末様じゃ。それにしてもお主は本当に美味しそうに食べるのう」
昴「実際美味しかったですからね」
祭「そう言ってもらえると儂も作った甲斐があると言うものじゃ」
昴「それにしても、それだけ料理が上手くて面倒見がいいのに未婚なんてもったいないですね」
祭「儂は孫家一筋で生きて来たからのう。もはやこんな行き遅れに貰い手なぞおらぬじゃろう」
昴「そんな行き遅れなんて。祭さんは綺麗で、さっきも言いましたが料理は上手くて面倒見が良くて。十分魅力的な女性ですよ」
祭「//・・・随分と言うではないか。それならお主が貰ってくれるか?」
昴「そうしたいのはやまやまですが、俺にはもったいないし何より俺はいずれここを離れなければなりませんしね」
祭「・・それだけか?」
昴「? ・・他に何かありますか?」
祭「ふん! 後片付けは儂がしとくからお主はもう仕事に戻るが良い」
昴「片付け手伝いますよ?」
祭「構わぬ。いいから早く戻らんか!」
昴「? ・・分かりました。それでは行きますね。ご馳走様でした。料理、本当に美味しかったです」
俺は仕事に戻った。祭さん顔赤かったけど大丈夫かな? 少し言い過ぎたかな? でも祭さん程の女性なら言われ慣れてるからだろうから問題ないか。さ、腹も膨れたし、仕事仕事。
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さらに翌日、時は夜も更けた時間帯。
昴「頼まれた仕事の書簡ここに置いておくぞ冥琳」
冥「・・・あの量を1日で終わらせたのか?」
昴「ま、気合いでな?」
冥「正直、明日中に終わらせてもらえば十分だったのだがな。内容も・・・的確で正確だな」
昴「どうも」
冥「すまなかったな。今日はゆっくり休んでくれ」
昴「あいよ、冥琳も程々にな?」
冥「分かっているさ」
昴「それじゃ、また明日な」
冥「あぁ」
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昴「うぅ〜、1日書簡とにらめっこは疲れたな〜」
コキコキと肩を鳴らしながら廊下を歩いている。
昴「このあとどうするかな・・そういや城の近くの森に小川が流れてるんだっけな。涼みにでも行くか」
俺は厨房から酒と器を持ち、森に向かった。
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昴「ん〜、聞いた話じゃこの辺なんだけどな〜」
森を歩いているがなかなか目的の場所は見つからない。
昴「どこかな・・・ん?」
歩いていると川のせせらぎが耳に届いた。
昴「お、あそこだな・・・あれ?」
ふと見るとそこには既に先客がいた。
昴「祭さん?」
そこには、祭さんが1人酒を飲んでいた。その姿はとても絵になるのだが、祭さんにはいつもの豪快さはなく、とても儚げであった。一瞬声を掛ける事を躊躇っていると・・。
祭「んぐ、んぐ、んぐ・・・ん? なんじゃ、昴ではないか、こんなところにどうしたのじゃ?」
昴「仕事が終わったので酒を持って涼みに来たのですが・・・お邪魔でしたか?」
祭「構わぬ、1人酒も飽きていたところじゃ」
昴「では失礼して・・」
祭さんの腰掛けている岩の隣に座り、持ってきた酒を器に注いだ。
昴「ゴク、ゴク、ゴク・・・」
祭「んぐ、んぐ、んぐ・・・」
無言で2人供飲んでいる。
昴「それで・・」
祭「ん?」
昴「何故このようなところで1人酒を?」
祭「似合わぬか?」
昴「いえ、どちらかと言うと賑やかな所で飲む方が祭さんらしいなっと」
祭「儂とて1人静かに飲みたくなるときもあるわ」
昴「なるほど、確かに」
再び無言で飲み始めた。響くのは酒を注ぐ音と川のせせらぎだけである。
祭「かつてな」
昴「?」
祭「かつてこの地は我ら孫家が治めていた」
昴「・・・」
俺は無言で耳を傾ける。
祭「治めていたのは策殿母君である孫文台殿じゃ」
昴「そう聞いています」
祭「堅殿とは旧知の仲でのう。小さな勢力頃から共におった。海賊征伐や反乱軍の制圧で名をあげ、この地を治めるに至った」
昴「すごい人なんですね」
祭「うむ、堅殿は強かった。策殿もいずれ越えて行くじゃろうが堅殿は今の策殿以上じゃった」
昴「今の雪蓮以上ですか? 是非とも手合わせ願いたかったですね」
祭「堅殿とは表向きの関係は主従じゃがひとたび公務を外れれば1人の友と友じゃった。よくこうして酒を酌み交わしたもんじゃ」
言うなり酒を一杯煽った。
祭「当時、堅殿がどうにかなるとは考えられなかった。堅殿はそれほどまでの豪傑じゃったからのう。策殿も冥琳も同じように考えておった。劉表との一戦戦況は我等が僅かに劣勢であった。そのため堅殿自らがが先陣を掛け、兵達を鼓舞したのじゃ。しかし堅殿が先陣で孤立したところに劉表の伏兵に会い、堅殿はその伏兵に矢を射かけられ、帰らぬ身となった」
昴「・・・」
祭「やがて我等は堅殿を失い勢いをなくし、それまで堅殿についていた豪族は掌を返すように我等を裏切った。徐々に追い詰められ、後堅殿の後を継いだ策殿も官位を持っておらぬことも災いして我等は国を失い袁術の客将となるしかなかった」
俺は相槌だけを打ち話を聞く。
祭「今でも、儂がもっとしっかりしておったら、儂にもっと力があればこのようなことにはならなかったと思うときがある。いまさら言うても後の祭じゃがな」
祭さんは自嘲気味に笑った。
祭「儂は堅殿を守れなかった。じゃから儂はこの地を袁術から取り戻し、堅殿の悲願が成るまで死んでも死にきれぬ。堅殿に変わり我等の大願を果たすまで、次世代の策殿や冥琳。さらにその子達に全てを受け継ぐまではのう」
言うと酒を一杯煽った。
祭「まぁ、年老いた酔っぱらいの戯言じゃ」
昴「・・・自分にもっと力があったら・・・あのときこうしておけば・・・考えても不毛なことなのに考えずにはいられない」
祭「昴?」
昴「だから人は過去に想いを馳せる」
祭「・・・主にも同じ想いがあるのか?」
昴「さて、どうだったかな? 俺にとって過去はそこから学び、それを教訓とし、それを現在と未来に生かす。それだけですよ」
俺は器の酒を一気に飲み干した。
祭「昴・・」
昴「過去なんて・・、振り返っても、その時の自分の無能を嫌悪して、ただありもしない『もしも』を考えてしまうだけ・・・えっ?」
唐突に祭さんが俺を胸に抱いた。
祭「もうよい。これ以上何も言うな」
昴「ははっ、別に俺は気にしてなんて・・・」
祭「ならば何故涙を流しておる」
昴「えっ?」
目元に手を当てると一筋の涙が伝っていた。
昴「あれ、何で涙なんか・・・もう昔のことなのに・・・とっくに過ぎ去ったことなのに・・・」
涙が止まらない。忘れようとしていた、幸せだった想い出が頭の中を反芻する。
祭「儂も同じじゃ。ありもしない『もしも』を考え、幸せだった想い出と重ねて都合のいい妄想に浸っていた。」
昴「祭・・さん・・」
祭「ここには満月と儂しかおらぬ。今宵は思う存分泣くがよい」
昴「すい・・・ません」
俺はしばらく祭さんの胸で静かに泣いた。昔の想い出を浸りながら。
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※※※※
昴「う〜//」
いかん、めっちゃ恥ずかしい//
祭「はっはっは!気にするでないわ!」
パンパンと背中を叩きながら祭さんは笑った。
昴「・・ここだけの話にして下さいよ?」
祭「分かっておる。人の秘め事をペラペラ喋るほど下衆ではないわ」
はぁ、今の出来事は完全な黒歴史だ。
祭「あまり気にするでない、ほれ」
昴「あっ」
俺は祭さんの膝の上に寝かされた。
祭「笑ってしまった詫びじゃ。今宵は儂の膝の上で眠るがよい」
昴「それだと祭さんが・・・っていうかかなり恥ずかしいんですが・・」
祭「今夜は蒸すからのう。ここなら涼しいであろう?」
昴「確かにそうですけど・・」
祭「細かい事は気にするな。ほれ、さっさと眠らぬか」
昴「・・・分かりました」
その言葉を聞いて俺は目を閉じた。今日の政務の疲労と酒の力もあり、俺は直ぐに夢の世界に旅立った。
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※※※※
祭side
祭「あっという間に寝てしもうたわ」
あれだけ文句を言うておったのに目を閉じると早々に眠りに落ちた。
祭「天の御遣いと呼ばれ、他者を圧倒する武と知を兼ね備えておっても心は純粋な人間ということか」
昴は強さの中にひどく脆い部分がある。むしろ欠けておるのか?
祭「御剣・・昴・・」
前髪を一撫でして・・。
祭「策殿はご自身か蓮華殿に昴との世継ぎの子を成そうと考えておるが、儂も考えてみようかの」
儂の忘れかけていた女を疼かせるこやつを、人一倍大人で人一倍子供でもあるこやつを、愛してみようかの?
祭「策殿の言ではないが、みすみす逃すには大き過ぎる魚じゃ」
儂は日が昇るまで昴の寝顔見つめ続けていた。胸に宿った想いを馳せて・・・。
続く