第1章『百代編・一子編』
6話「激突、武士娘!」
体操服に着替え、準備を終えた2−Fの生徒達は校庭に集まり、授業が始まるまで待機していた。
「う……やっぱりこの格好恥ずかしい」
まふゆが恥ずかしそうに呟きながら、シャツを伸ばしてブルマを隠していた。
「ってか、いつも思うんだけどよ。何で今時ブルマなんだよ。この学園は………」
華も自分の格好を見てうんざりする。学長曰く“ワシがいる限り、この学校はブルマじゃ”との事。
鉄心が引退でもしない限り、この学園の女子の体操服は永遠に変わる事はないだろう。
「………」
サーシャはまふゆの体操服姿を眺めていた。そんなサーシャの視線を感じ取り、まふゆは自分の身体を隠すような仕草を見せる。
「そ、そんなにジロジロ見ないでよ……サーシャ」
「いや、俺は……別に」
照れ隠しをしているのか、サーシャは顔を赤くして視線を逸らす。何度も見ている筈なのに、まふゆのブルマ姿はどうも慣れないサーシャなのだった。
「ア゛ーーーーーーーーーーイッ!!!」
するとどこから現れたのか、突然ビッグ・マムがサーシャとまふゆの間に割り込んできた(正確には降ってきた)。目を鋭く光らせ、二人を睨み付けている。どうやら惚気は禁止、という事らしい。
サーシャとまふゆは距離を置くと、ビッグ・マムはふんと鼻を鳴らし、集まった生徒達の前へと歩いていく。
「さて……早速授業を始めるとしようか」
ニヤリと笑うビッグ・マム。生徒達全員が、ゴクリと唾を飲んだ。これから一体何をやらされるのか……そう思うと不安が募る。
「今日の授業は……アタシとの模擬戦闘を行う事にする」
そして、その不安は見事に的中した。生徒達の殆どが恐怖で震え上がる。
「その前にだ……サーシャ、まふゆ、華。お前たちは後だ。まずはこの学園のレベルがどれ程のものか、お手並み拝見といこう」
サーシャ達はいつもビッグ・マムの訓練を受けている為、実力は把握している。
「さあ、アタシと戦いたいヤツは前に出るんだよ」
――――ヨンパチがトラウマを植え付けられ、キャップが捕まり、なおかつ心を負かしたサーシャでさえも震える最強の存在。
そんな人間に、太刀打ちできるわけがない。生徒達は誰も前に出ようとはしなかった。
そんな中、勇敢にも名乗りを上げる生徒が3人。
風間ファミリーのメンバー、ワン子、クリス、京だった。3人はビッグ・マムの前に堂々と出る。
「お前たち、名前は?」
「はい!2−F、川神一子!」
「同じく、クリスティアーネ=フリードリヒ!」
「同じく、椎名京」
3人とも力強い(京はそうでもないが)声を上げ、真剣な眼差しでビッグ・マムを見上げる。ビッグ・マムは腕を組み、他に挑戦者がいない事を確認すると、満足げに頷くのだった。
「ふむ、いいだろう。武器は好きな物を使って構わない」
言って、ビッグ・マムは武器のレプリカ(教室から勝手に持ち出した物)を用意する。
ワン子は薙刀を。クリスはレイピアをそれぞれ手にする。京は武器は取らず、素手で勝負に挑む。
武器を選び、戦闘の準備を整えた3人は改めてビッグ・マムと対面した。
「あたしが先に行くわ!」
一番手を先取るワン子。
「いや、自分が先だ」
割り込むクリス。どちらが先に戦うか揉め出し、火花を散らしていた。一方の京はどちらでもいいらしく、言い争う2人を見て“しょーもない”と溜息を吐くのだった。
すると、ビッグ・マムが口火を切って宣言する。
「―――順番を決める必要はない。3人まとめてかかってくるといい」
そのビッグ・マムの言葉に、ワン子達――否、2−Fの全員が驚愕した。
ワン子、クリス、京はクラスの中でも戦闘力の高い強者達だ。その3人を同時に相手をするのだから、ビッグ・マムには相当の自信を持ち合わせているのだろう。
(3人同時……なんか燃えてきたわ!)
ビッグ・マムという強敵を前に、闘争心を燃え上がらせるワン子。
(随分と舐められたものだな……目にものを見せてやろう!)
挑発を受け、クリスはビッグ・マムを睨み付ける。
(ま、めんどくさくなくていいか)
京は相変わらず冷めたままだった。
「さあ、始めようじゃないか」
両手を鳴らし、戦闘体制に入るビッグ・マム。まだ手を合わせていないというのに、この圧迫感。3人は思わず息を飲む。
しかし……戦士として、武人として、そして騎士として引き下がるわけにはいかない。3人は構えて、ビッグ・マムと対峙する。
周囲の生徒達も息を飲み、その様子を見守っていた。
―――――数秒間、沈黙が訪れる。そして、
「――――いざ!」
「――――参る!」
「――――いくよ!」
3人の掛け声と同時に、ワン子達とビッグ・マムとの戦いの火蓋が切って落とされた。
「はあああああぁぁーーーー!!!」
まずはワン子が先陣を切り、持ち前のスピードでビッグ・マムに接近する。薙刀を振り上げ、その一撃をビッグ・マムに叩き込む。
だが、
「遅いっ!!!!」
ビッグ・マムはあっさりと身を躱す。薙刀を掴み、片手でワン子の身体ごと投げ飛ばし、地面へと叩き付ける。
「あぐっ!?」
まるで鈍器で殴られたような重い衝撃がワン子の身体を襲う。ワン子は怯み、しばらく動けなかった。
「はっ――――!」
続いて京の攻撃。京は遠距離専門ではあるものの、体術はある程度体得している。
だが、あくまで“遠距離専門”であり、肉弾戦でビッグ・マムとやり合うには到底及ばない。ビッグ・マムも体術で牽制し、京の腕を掴んで背負い投げる。
「うっ!?」
うまく受け身は取れたものの、反動と衝撃が大きく、京の身体中に痺れが走った。
「――――もらったっ!!」
さらに、クリスの弾丸のようなレイピアの一撃がビッグ・マムの身体を狙う。ビッグ・マムは舌打ちをすると、紙一重で攻撃を回避した。
「まだまだっ!!!」
クリスの攻撃はさらに続く。常人の動体視力では捉えられない程の高速連続突きを放ち、ビッグ・マムを追い詰める。
だが、マシンガンのような怒涛の攻撃さえも、ビッグ・マムは見事に躱していく。
さすがは戦いのプロ……戦術教官を名乗るだけはある。だからこそ目の前の強敵を倒したいと、騎士としての血が騒いだ。
(だが――――次で決める!!)
クリスはビッグ・マムが反撃を始めるまでの僅かな瞬間を狙っていた。
1、2、3―――連撃のカウントと同時に、腕に力を溜めていくクリス。徐々に距離を縮め、必殺の間合いへと入った。
クリスは身体を捻り、バネのように反動を利用する。そして、
「零距離――――刺突!!!!」
渾身の一撃をビッグ・マムの身体目がけて放った。距離は技の如く、零に等しい。避けられる道理などありはしない。
レイピアの一撃はビッグ・マムの腹部にめり込み、致命的なダメージを与える。
「――――!?」
そのはず、だった。
クリスは突きの構えをしたまま動かなかった。否、正確には動けずにいる。
正面にビッグ・マムの姿はない。レイピアを持つ手首はビッグ・マムに掴まれ、クリスは身動きを完全に封じられていた。
「動きのキレ、隙のなさ。なかなかやるじゃないか。太刀筋も悪くない。だが、お前の攻撃は“真っ直ぐ”過ぎる。それじゃあ、相手に攻撃する場所を教えているようなもんさね」
「くっ―――!」
レイピアを突き出した僅かな瞬間、ビッグ・マムは攻撃が当たる正確な位置を把握し、攻撃を回避していた。クリスは腕を振り解こうと力を入れるが、まるで石のように硬く、ピクリとも動かない。
「次はこっちの番だ」
腕に力を込め、拳を強く握り締めるビッグ・マム。身体の自由を奪われ、もはやクリスに逃げる術はない。
「ア゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイッ!!!!!!」
ビッグ・マムは強烈なアッパーをクリスの腹にめり込ませ、身体ごと打ち上げた。クリスの身体が空高く吹き飛んでいく。
「がはっ……!?」
まるで大砲のような強力な一撃だった。クリスは立ち上がろうと身体に力を入れるが、予想以上にダメージが大きく、そのまま地面に崩れ落ちて気絶した。
クリス、ダウン。
「クリスが一撃!?マジかよ……」
全貌を見ていた岳人が絶句する。クリスの強さを知っているが故に、一撃で沈黙した事実が信じられなかった。他の生徒達も同じである。
「ううっ……まだやれるわ!」
薙刀を杖代わりにし、ようやく立ち上がるワン子。身体中のあちこちが悲鳴を上げているが、戦いに支障がある程ではない。京も起き上がり、戦線に復帰する。
「ほう。なかなかしぶといじゃないか」
こうでなくては面白くないと、ビッグ・マムは笑う。
「はあああああぁぁーー!!」
反撃を開始するワン子。フルスピードで再び突貫し、空高く飛び上がった。
「川神流奥義・大輪花火!!!」
薙刀を振り上げ、全力を注いで攻撃を叩き込む。
「ふん、隙だらけだ!!」
ビッグ・マムは薙刀の猛攻をフットワークで掻い潜り、攻撃が大振りになった瞬間を狙ってアッパーカットを放つ。
「京―――!」
そしてワン子の掛け声と共に、その瞬間を京が狙う。
京は手に隠し持っていたパチンコ玉を弾き、ビッグ・マムの身体に向けて狙い撃った。パチンコ玉は見事ビッグ・マムの身体に直撃する。
(当たった!これで……え?)
だが、ビッグ・マムが怯む事はなかった。
「うわあああああっ!?」
ビッグ・マムの攻撃がワン子に直撃する。咄嗟に薙刀で防御したものの、それも虚しく薙刀ごと折られ、攻撃は見事に貫通した。ワン子の身体が勢いよく吹き飛び、地面に叩き付けられる。
(そんな……あり得ない)
確かに、京の攻撃は当たっていた。なのに、まるで効いていない。今の今までこんな状況に出くわした事のなかった京は冷静さを失い、再びパチンコ玉を取り出して応戦する。
「――――攻撃の隙を突き、狙撃して怯ませるという考えまではよかったが」
「!?」
京の背後に、何時の間にかビッグ・マムの姿があった。腕を掴まれ、身動きが取れない。
「相手が悪かったね――――アミン」
最後の祈りを捧げ、京の首筋に手刀を叩き込んだ。京は“しゅん…”と言って気を失い、地面に崩れ落ちる。
日頃から鍛えているビッグ・マムの肉体には、パチンコ玉のような小細工は無力であった。
京、ダウン。
クリス、そしてついには京までもがやられ、戦局は絶望的だった。
残るはワン子のみ。ワン子は傷だらけの身体に鞭を打つように、ゆっくりと立ち上がる。
「はぁ、はぁ……まだまだ」
口では強がっていても、身体は殆ど動かないに等しかった。それでも、ワン子の戦いの意思は消える事はない。
たとえ身体が悲鳴をあげようと壊れようと、ワン子は絶対に諦めなかった。ここで諦めたら、きっと前に進めない。
――川神百代。自分の目標とする人間に少しでも近付く為に、ここで倒れる訳にはいかなかった。
「――――――」
そんなワン子の姿を見て、努力の天才だとビッグ・マムは思う。だが、努力をしても超えられない壁がある。
少なくとも、今の時点では。
「川神一子。お前は―――」
ビッグ・マムは告げる。ワン子に現実を突き付ける為に。だがその直後、
「その勝負、待った―――――!!」
突然、校庭に声が響いた。正確には、ビッグ・マムの頭上からだった。そして、その声の主は華麗に地面に着地する。
―――ビッグ・マムの前に現れた、川神学園の生徒が一人。
その正体は……武神、川神百代であった。