小説『聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!  第1章:百代編・一子編』
作者:みおん/あるあじふ()

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第1章『百代編・一子編』



12話「災厄の予兆」


とある夕暮れ時の事。


ポニーテールを靡かせて、腰にタイヤを結びつけたロープを引き摺りながら、ワン子は多馬川が流れる土手道を駆け抜けていた。


「ゆー、おー、まいしん!ゆー、おー、まいしん!」


自ら掲げる言葉を掛け声にしながら走り続けるワン子。百代という目標のため、今日も走り込みという名の鍛錬に明け暮れていた。


――――いつか、百代のようになる。そんな強い願いを胸に秘めて。




『川神一子。はっきりと言わせてもらうよ、お前には武術の才能は……殆ど皆無だ』




鍛錬の最中に、ビッグ・マムの言い放った言葉が頭を過ぎる。ワン子はそれを振り切るのように、ただひたすら走り続けた。


才能がない……自分でもそれは分かっていた。けれども諦めきれない、そんな自分がいる。




『この際だ、はっきり言ってやる。ワン子―――――お前には武術の才能がない』




ワン子を苛むように、百代の言葉が脳裏に蘇る。認めたくないと、ワン子はがむしゃらに走り続けた。


土手道を走って走って、走り続けて……どこへ向かうわけでもなく駆け続ける。


やがて次第にスピードが落ち、そして……とうとうワン子は足を止めた。地面に視線を落とし、誰に問うわけでもなく小さく声を漏らす。


「アタシ……こんな事してる意味、本当にあるのかな」


このまま修行と鍛錬を続け、何かが変わるのだろうか。百代のようになれるのだろうか。もしなれなかったら……そう思うと、不安で押し潰されそうになる。


自分に自信がなくなっていく……ワン子の中で、大きな迷いが生まれ始めていた。




夕日が落ち始める頃。タイヤを椅子代わりにして座り、ワンコは茜色に染まる多馬川を眺めていた。まるでその向こうにある何かを求めるように、ワン子は切なげに眺め続ける。


“勇往邁進”。恐れる事なく、自分の目標に向かって前へ進む。その決心が、今揺らぎ始めていた。


こんな気持ちで鍛錬に集中などできない。今までこんな事はなかったのに……葛藤が生まれ、ワン子の迷いが大きくなっていく。


強くなりたいのに、なれない。やはり才能がない人間には無理なのだろうか。夕日と共に心が沈み、諦めようと思ったその時だった。


「――――もう走られないんですか?」


突然、背後から声をかけられる。ワン子は振り返ると、そこには背の高い、黒いスーツを来た金髪の男が立っていた。金髪の顔は優しく微笑み、ワン子に声をかける。


「……ああ、すみません。貴方があまりに直向きに走っていたもので、つい見入ってしまいました」


金髪の男が苦笑いしながら答える。少なくとも、悪い人ではないだろうとワン子は思った。


「えっと……お兄さんは?」


「私は観光でやってきた者です。それにしても……ここは良い所ですね」


緩やかに流れる多馬川の風景を見て、金髪の男は思わず感服する。旅が好きで、今回は川神市に旅行へ訪れたのだと言う。


「貴方はよくここへ来るのですか?」


「え……はい、鍛錬のコースにしてるんです。いつも走るのが日課で――――」


と、そう言いかけてワン子は口を閉ざしてしまった。悲しげに、視線を川の向こう側へと向ける。


また明日も続けられるだろうか。自分の目標に向かう事ができるだろうか。今のワン子には、できると言い切れる程の自信はなかった。


そんなワン子の様子が気になったのか、金髪の男はワン子の隣に腰掛ける。


「何かお悩みのようですね。差し支えなければ……お話しいただけませんか?」


これも何かの縁です、と金髪の男は笑う。一度は考え込むワン子だったが、今の気持ちを吐き出せば、少しは気が紛れるのではないか……そう思ったワン子は、今の自分の心境を話し始めた。


自分の自信が失いかけている事。自分の目標に辿り着けないのではないか、不安でいる事。迷っている事……ワン子は胸に秘めた思いを全て曝け出す。


「アタシ、どうしたらいいか分からなくなっちゃって……やっぱり、アタシじゃ無理なのかな」


独り言のように呟くワン子。金髪の男はワン子の方に顔を向けながら、それを黙って頷きながら聞いていた。すると、金髪の男は再び多馬川に視線を戻し、ワン子にこう告げる。


「大丈夫ですよ。貴方ならきっと、ご自身の願いを叶えられます」


「え……?」


ワン子は金髪の男を見る。まるで、そこに救いを求めるかのように視線を向けていた。例え根拠がなかったとしても、その一言は嬉しい。


「信じる者は救われます。だから貴方も、自分を信じてください」


金髪の男はポケットから何かを取り出し、ワン子の手のひらにそっと手渡す。


それは、黒い石に金属の装飾品が施されたアミュレット―――お守りだった。ワン子は、そのアミュレットをまじまじと見つめている。


「これは……?」


「ただのお守りです。気休め程度にしかならないかもしれませんが……どうか、貴方の願いが叶いますように」


アミン、と金髪の男は右手で十字架を描くような仕草を取り、ワン子に目標の成就を祈る。


「―――――」


諦めかけていたワン子の心が次第に晴れていき、笑顔が戻っていく。


限界を自分で決めてはいけない。たとえ道程が困難であろうとも、目標を―――百代のようになるためには、こんな事で立ち止まってはいられないのだから。


“自分を信じる”。金髪の男の言葉に心を打たれ、ワン子は自分の目指すべきものを改めて再認識したのだった。


ワン子は自分の頬をパンパンと叩き、気合を入れて立ち上がる。


「お兄さん、ありがとう!おかげで迷いが吹っ切れたわ!」


活力が戻り、金髪の男に蔓延の笑みを返すワン子。金髪の男は何よりですと言って笑う。


「よし、それじゃあ、もうひとっ走りいってくるわ!またね、お兄さん!このお守り、大切にするからーー!」


ワン子は金髪の男に手を振ると、再びタイヤを引き摺って走り去っていく。手渡されたお守りを、大切に握り締めながら。


その様子を、金髪の男は微笑みながら見送っていた。


「―――――」


ワン子の姿が遠くなり、次第に見えなくなると、金髪の男は懐からカードを取り出した。


それは、一枚のタロットカード。


そのカードには“運命の輪”の逆位置を示す絵が記されていた。


「別れ」「すれ違い」「情勢の悪化」……まるで、ワン子のこれからの未来を示しているかのように、不吉なオーラを漂わせている。


「どうか、そのまま前へ進んでいってください――――絶望へとね」


タロットカードを投げ捨て、金髪の男――――フールは不気味に笑うのだった。

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