小説『聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!  第1章:百代編・一子編』
作者:みおん/あるあじふ()

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第1章『百代編・一子編』



16話「侵食する力」


荒れ果てた川神院に、修行僧を一人残らず全滅させたというワン子。


そして、信じ難い現実を突き付けられている鉄心とルー。


悪夢を見ているのだろうか……否、これは悪夢であると思いたい。自分の家族のように修行僧達を慕っていたワン子が刃を向けるなど、あっていいはずがない。


しかし、この状況が真実を肯定している。故に、鉄心達が目の前にしている現実はあまりにも残酷過ぎていた。


「一子……本当にお前がやったのか?」


鉄心がもう一度真偽を問う。するとワン子が顔をしかめながら再度返答する。


「そうよ……あ、もしかして信じてない?ひどいなぁ、アタシだって日々成長してるのよ?」


ワン子の返ってきた言葉は同じだった。冗談だと言うのを期待したが、やはりワン子がやった事は真実である事に変わりはない。


「一子、どうしてこんな事を…」


真意が知りたい……ルーはワン子に問いかける。


「だって、アタシが強くなった所を見せれば、じーちゃんが戦ってくれると思って……」


それは、純粋なるワン子の願望だった。善意もなければ悪意もない、ただ鉄心と戦いたいと言う理由のみ。


たったそれだけの理由で、ワン子は修行僧達に手を出したのだ。


あの時、少しでもいいからワン子と手合わせをしていれば……鉄心は自分のした選択を呪った。


「む………」


険しい表情をしながらワン子を見つめる鉄心。


ワン子がどういう心境の変化でこんな事をしたのかは定かではない。しかしこの事態を招いてしまったのは、少なくとも自分自身にある。


もう選択の余地はない。ワン子は鉄心との戦いを望んでいる。けじめをつけるため、鉄心はワン子のいる方へ進み、拳を構えた。


「学長!?」


鉄心の行動にルーは思わず叫ぶ。ワン子と戦う事を選んだのだ。自分のした過ちを正すために。そして、ワン子の真意を問う為に。


「こうなってしまったのもワシの責任じゃ。ワシのけじめは、ワシがかたをつけよう」


鉄心がルーに下がっておれと伝えると、ワン子と再び向き合った。


「一子……お前の気持ちはようわかった。じゃがお前のした行いは、いくら孫といえども許してはおけん。今からお灸を据えてやるわい!」


瞬間、鉄心の闘気が爆発した。身体中から闘気が溢れ、周囲に風が巻き起こる。同時に鉄心の気の威圧が、ワン子の精神に重圧感を与えた。しかしワン子は、


「―――――」


その闘気に怯む事なく、ただ笑っていた。鉄心との戦いを、心待ちにしていたかのように。そしてワン子も薙刀を構え、鉄心と対峙する。


「……では、ワタシが立ち会いましょう」


ルーが審判として両者の間に立つ。鉄心もワン子と戦う覚悟を決めている以上、自分もそれを見届けなければならない。


例えこれが、望まれぬ戦いであったとしても。


「西方――――川神鉄心!」


「うむ」


ルーの掛け声と同時に、鉄心が一歩前へと出る。


「東方――――川神一子!」


「はいっ!」


ワン子も一歩、前へ出た。


これから始まる二人の戦い……ルーは思わず息を呑む。空気が重い。何故だか分からないが、ワン子という存在が、まったく別の人間であるように思えた。


「では――――はじめっ!」


ルーの始まりの合図と共に、鉄心とワン子の戦いの火蓋が切って落とされた。鉄心とワン子は同時に走り出し、衝突する。


「川神流奥義――――無双正拳突き!」


先手は鉄心。拳を突き出し、強烈な正拳突きをワン子に放つ。しかし相手はワン子。強くなったとはいえ、本気は出せない。ある程度は力を加減する必要があった。


が、その考えは甘かったと思い知らされる事になる。


「川神流奥義――――無双正拳突き!!」


ワン子は薙刀をバトンのように空高く投げ、鉄心が使った技を、同じ動きと、同じタイミングで拳を突き出した。


「―――むっ!?」


拳と拳がぶつかり合い、二人の周囲に衝撃波が発生する。鉄心は加減をした分、力負けして全身が軋みを上げた。


「馬鹿な!?一子、その技をいつ体得した――――」


ワン子の攻撃に、動揺を隠せない鉄心。しかしその問いに対し返答を待つ暇もなく、ワン子の次の攻撃が襲ってきた。


ワン子は投げて落下してきたた薙刀をタイミングよく掴み取り、鉄心を追撃する。


「我流奥義――――真空十七連撃!!」


豪雨のような薙刀の突き攻撃が、鉄心に襲いかかる。鉄心は連撃を千里眼を使い、見切り、それを躱す。


「何――――!?」


鉄心の頬や衣服に切り傷が入る。十七の連続攻撃を全て躱したはずだ……攻撃を当たるはずがない。


鉄心は一度後退し、ワン子から距離を取り体制を立て直した。


そして―――気づく。ワン子の薙刀の異変に。


(まさか……気の刃!?)


鉄心は全ての攻撃を躱してはいた。ただし、躱したのは薙刀の刃であって、纏っていた気の刃までは避けられなかったのである。


まさか、ワン子がここまで強くなっていたとは……鉄心は考えを改めなければならない。


その強さが一体どこから来るのかは分からないが、少なくとも加減をしていては勝てないということだけは理解した。


「成る程のう……確かにお前は強くなった。一子よ、お前を一人の戦士として認めねばならんの」


ワン子の強さを体感し、ワン子を戦士として認識する鉄心。だがそれは同時に、鉄心が本領を発揮する予兆でもあった。


覚悟はいいな――――鉄心は再び構え、反撃を開始する。


「はああああああっ!!」


鉄心の怒号と共に、正拳突きの雨をワン子に浴びせた。先程よりスピードが上がり、本気で戦っている事が見受けられる。


ワン子も回避をするものの、全ての攻撃を避けきれず、身体中に打撃を受けた。衝撃で身体が吹き飛ばされて、地面を転がっていく。


「ぐっ………!?」


傷を負った身体を抑え、地面に蹲るワン子。立ち上がれず、咳き込みながら藻掻いていた。


そして鉄心が一歩一歩、ワン子に歩み寄る。


「まだまだじゃな、一子。少しは腕を上げたようじゃが……それではワシには勝てんぞ」


思い上がるな、と言わんばかりに鉄心は現実をワン子に叩き付けた。孫と言えども戦士と認めた以上、情けは無用である。


今のワン子では鉄心には届かない……力の差を見せつけられた瞬間だった。ワン子は地面に爪を立てて、掴むように拳を握り締めながらゆっくりと立ち上がる。


しかし、ワン子はもう立ってなどいられない状態だった。薙刀を杖代わりにしてようやく立っているくらいに、体力を激しく消耗している……鉄心にはそう見えた。


「もうやめるんだ、一子。勝負はついた。これ以上は身体が持たない……」


ルーがワン子を心配し、戦いを止めるよう促す。これ以上戦えば身が持たない……それだけ、鉄心は強い存在なのだ。


しかし、ワン子はルーの言葉に耳を傾ける事はなかった。ただ静かに、顔を地面に俯かせながら立ち尽くしている。そして、


「――――まだ、戦えるわ」
『――――マダ、タタカエル』


ワン子が言葉を発したその刹那、鉄心とルーはただならぬ殺気を感じ取った。


まるで、背中からずぶりと鋭利な刃物で串刺しにされたような感覚。それは間違いなく、ワン子から発せられていた。


ワン子は何事もなかったかのように体制を立て直し、薙刀の切っ先を鉄心に差し向ける。


「一子、お前は一体――――」


鉄心が声をかけた時には、もうワン子の姿はなかった。そして、同時に右肩が熱くなる。


次の瞬間、鉄心の右肩から血が勢いよく噴出した。鉄心は右肩を抑えながら、苦痛に顔を歪ませる。


ワン子は鉄心の背後にいた。鉄心の右肩を背後を取る瞬間に斬りつけたのである。今までのワン子とは違う、俊速の一撃だった。


「まだまだいくわよ!」


再び攻撃を仕掛けるワン子。薙刀を振り回しながら突貫し、鉄心に斬りかかる。


「ぐっ――――!?」


鉄心は肩を抑えつつ、攻撃を躱す。ワン子は本気だ……仮にも親である鉄心に対し、刃を向けている。それも、何の躊躇いもなく。


「せやああああ――――!」


ワン子が薙刀を振るう度に、薙刀が纏う気の刃が炸裂し、鉄心の体力と身体を削っていく。スピードは次第に増していき、鉄心はもはや手を出せずにいた。


(一子、まさかこれ程まで……)


ワン子は戦えば戦う程強くなっていく……鉄心はそう感じていた。


一体ワン子の何がそうさせているのか、分からない。ワン子の真意が見えない。


もし、それが“純粋な強さ”を求めているものだとするなら、それはかつての百代と同じになる。このままでは、ワン子の精神が危険に晒されかねない。


それなら――――鉄心は止むを得ないと、ある決断を下した。攻撃を躱しつつ気を練り上げ、精神を集中させる。


「とどめぇ――――!!!」


ワン子は渾身の薙刀の一撃を、鉄心に向けて放つ。


「甘いわっ!」


鉄心は瞬間、ワン子の背後に回り込んだ。ワン子の一撃が空振りに終わり、そのまま身体を回転させ、振り返りながら薙刀を振るった。


これで終わり―――ワン子は勝利を確信する。じーちゃんに勝てる。これでまた一歩百代に近づけると、期待に胸を膨らませながら。


しかし、それも夢想に終わる事になる。


なぜならそれは、


「――――顕現の参・毘沙門天」


決して避けることのできない最強の一撃が、ワン子に降り掛かったからである。


「――――!?」


ワン子が頭上を見上げた時には、既に身体は地面に伏せていた。


まるで何かに踏み潰されたような……否、実際に踏み潰されたのだ。鉄心が具現した毘沙門天によって。


それは、0.001という一瞬の出来事。ワン子が振り向いた直後、毘沙門天の巨大な足がワン子を踏み潰していた。


避けられる隙などありはしない、毘沙門天の一撃。それは、ワン子の戦いが“終わっている”事を意味していた。


やがて毘沙門天が消える。踏み潰されたワン子は、地面に食い込み倒れ伏せて気絶していた。薙刀は無残に折れ、身体中は傷だらけであり、闘気はもう感じられない。


「終わったか……」


鉄心は膝を突き、大きく溜息を着く。ワン子から受けたダメージと毘沙門天を具現化した事によって、体力を大幅に消耗していた。また鉄心の年のせいもあり、これ以上戦うには無理がある。


「が、学長!いくらなんでもあの技は……」


鉄心に駆け寄るルー。一般の人間に対して毘沙門天は危険であり、下手をすれば命の危険すらある。相手が百代でもない限りは、使うのはタブーである。


「今の一子は、昔の百代と同じじゃった。このままでは二の舞になる……止むを得んかったのじゃ」


鉄心も危険である事は重々承知していた。しかし、鉄心が追い込まれていたせいもあり、鉄心自身も危険であったのだ。


もし毘沙門天を使わなければ、今度は右肩を斬られただけでは済まされなかったかもしれない。


それだけ今のワン子を危険視していた。以前の百代のようにならない為には、あれが最善策だと鉄心は判断している。


「……とにかく、一子と修行僧達を運ぼう。話はそれからじゃ」


「……そうですネ」


戦いは終わった。鉄心は負傷した一子と修行僧達を院内へ運ぼうと動き出す。ルーも頷き、ひとまず鉄心に従うのだった。


傷が癒え、ワン子が目を覚ましたら話を聞かなければならない。一体、ワン子に何があったのかを。


――――と、動き出したその時、それは起こった。


「「――――!?」」


鉄心とルーに、再び殺気が襲いかかった。今度は先程感じた殺気よりも濃くなっている。


まるで、どす黒い何かが鉄心達の身体を、内側から浸食していくような感覚だった。鉄心達は殺気を感じた方角――――ワン子へと視線を向ける。


「―――――」


ワン子の身体から、いくつもの黒い煙が立ち上っていた。その煙に操られるような形で、ワン子はゆっくりと、俯いたまま立ち上がる。


ワン子の身体は徐々に傷が回復していき、鉄心から受けたダメージを全てリセットする。


“瞬間回復”――――百代が使う奥義を、ワン子は使用していた。


「な……瞬間回復じゃと!?」


驚愕する鉄心。瞬間回復は、百代にしか使う事のできない奥義であるはずだ。


それをワン子は体得している……あり得るはずがない。だが百代とは違い、負の感情を増幅させたような歪んだ回復であった。


「……アタシは、ここで止まるわけにはいかない」


トーンの低い、ワン子の声がする。だが、もはやそれはワン子の声ではない。ワン子の声をした“何か”である。


「……アタシは、お姉さまを――――あいつを必ず倒す」


ワン子は俯いていた顔を上げ、鉄心達を睨みつけた。その瞳の奥は、完全に闇色に染まっている。目付きも鋭くなり、表情から笑顔が消えていた。


ワン子の全ては、“憎しみ”に塗りつぶされている。


そして――――ワン子の体操服の胸元が少し破れ、そこから“あるもの”が見えた。


鎖骨の下の辺りに着いた、黒い紋章。その紋章はワン子の肌に根を張り巡らせ、身体の一部になっているかのように張り付いている。


「……一子、まさかそれは!?」


鉄心は確信する。ワン子が異常なまでに強くなった理由を。それは、ワン子の胸に装置されたものが、川神市を震撼させている、“元素回路”であることを。


「―――――川神流奥義」


ワン子は気を集中させ、静かに瞑想を始めた。身体中からは黒く禍々しい闘気が溢れ出し、周囲に暴風が巻き起こる。鉄心達は身の危険を感じ取った。


このままではやられる……目の前のワン子という名の“敵”によって。


「―――――星殺し!!!!!」


ワン子は両手を突き出し、黒い闘気と化した禍々しい極太のエネルギー砲を、鉄心達に向けて解き放った。

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