小説『聖痕のクェイサー×真剣で私に恋しなさい!  第1章:百代編・一子編』
作者:みおん/あるあじふ()

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第1章『百代編・一子編』



サブエピソード13「空に轟く咆哮」


七浜中華街本通り。


百代は七浜スタジアムでの模擬戦闘を終え、中華街で買った(殆ど通りすがりの女性に奢ってもらった)お土産を片手に、中華まんを頬張りながら通りを歩いていた。


「もぐもぐ……戦った後の中華まんはうまいな」


中華まんを一つ食べ終えてはまた一つ頬張り、中華街の食べ歩きを満喫する百代。ご機嫌な足取りで中華街をしばらく歩いていると、ふとある店の宣伝看板に目が入った。


『今だけ!期間限定ボルシチまん 発売中!』


ボルシチまんと書かれた看板の横に、蒸し器に大量に盛られたボルシチまんが、ホカホカと湯気を立たせながら店頭に並んでいた。


ボルシチまんは組み合わせ的にどうかと思う百代だったが、人集りが少し出来ているだけあって、思いの外売れているらしい。


(そういや、サーシャがボルシチ好きだったな……)


島津寮で、サーシャがボルシチにがっついていた時の事を思い出す。


同じ川神院で暮らしている仲だ、まふゆ達に買っていってやるか……百代はボルシチまんを購入しようと、人集りの中へ足を進めた。


『“張り裂けそう 今でも 私を抱きしめ〜て〜……”』


百代の携帯の着うたが鳴り響く。ポケットから携帯を取り出し、画面を確認すると大和の名前が表示されていた。百代は早速携帯に出る。


『―――もしもし、姉さん?』


受話器からは大和の声。


「大和か、どうした?」


『もう模擬戦は終わったの?』


「ああ、ついさっきな……もぐもぐ」


大和と会話しつつ、また中華まんを頬張る百代。食べるか喋るかどっちかにしてくれ……と大和がボソッと呟いていた。


「もぐ……ごくん、すまんすまん。いやぁ、中々に楽しめたぞ」


模擬戦闘の感想を、楽しそうに百代は語る。


百代の対戦相手は、大剣を使う少女だった。分子振動による高周波を発生させ、物質を両断する剣を振るい百代を圧倒したが、太刀筋を見切られ、最後は百代の一撃で幕を閉じたという。


戦闘時間は10分程度。百代との戦いにしては、長い方である。


『そりゃよかった……ところで、姉さんはいつ戻るの?』


「もう少し中華街を歩き回ろうと思ってる。ああ、そうそう。ボルシチまんってのが売っててな、サーシャが好きそうだから買って――――」


――――瞬間、空が震えた気がした。


「――――!?」


黒い咆哮が、七浜の空に響き渡る。


そして百代の耳に聞こえてくる、嘆き、憎しみ、妬み、蔑み……様々な負の感情が、百代の身体を襲った。あまりの負の濃度に、吐き気さえ覚えるくらいに。


しかし、周囲の人間は何も感じてはおらず、平然と大通りを歩いている。感じたのは百代だけだった。


『うっ……ぐ……』


受話器の向こう側で聞こえる、大和の呻き声。大和もこの感覚を感じ取っていたのだろう。百代は大和に呼びかける。


「大和どうした。一体何があった!?」


『わ、分からない……急に吐き気が……』


「私も感じた。何なんだ、この禍々しい気は……けど、どこか懐かしさを感じる」


禍々しさの中に、まるで不純物のように入り混じった懐かしい感覚。何故だろう……それが思い出せない。


『この感覚……川神院の方角からだ……』


「川神院!?」


川神院……大和のその言葉に、百代は驚愕した。強大な気の強さに、大和も感じ取れたのだろう。


川神院に何があったのだろうか。あそこには鉄心やルー、修行僧。そして……ワン子もいる。不安が一気に押し寄せ、百代はいても立ってもいられなかった。


「待ってろ大和、すぐに戻る!」


『ま、待って姉さ―――』


百代は一方的に電話を切り、持っていたお土産を放り出し、最寄駅へと駆け出した。




近くの駅に辿り着いた百代は、早速改札の入り口の中へ入る。しかし、中は大勢の人でごった返していた。


駅員が中にいる人達を誘導し、何かを説明している。


『只今人身事故の影響で、運転を見合わせております――――』


駅の中でアナウンスが入る。電話は人身事故により、運転を停止していた。


「くそっ――――!」


こんな時に……百代は舌打ちをすると、踵を返して駅を後にする。


電車は使えない。タクシーを呼ぼうにも、持ち合わせが足りない。それならば、走るしか手立てはないだろう。


道路沿いを走り、百代は川神院を目指す。少し時間はかかるかもしれないが、体力は十分にある。気がかりなのは川神院の安否だ。あの禍々しい気はただ事ではない。間違いなく何かが起こっていた。


しばらく走っていると、百代と並ぶように、バイクが道路を走っていた。するとバイクは急に加速し、角を曲がった所で百代の前に止まり、立ち塞がる。


バイクの乗り手はヘルメットを外し、その素顔を晒す。その正体は保険医の麗だった。


「乗って、百代ちゃん!」


麗はバイクの後ろに掛けられたヘルメットを百代に投げる。どうしてここに?と問う暇はない。百代は頷き、ヘルメットを被りバイクに跨る。


百代が麗の背中に捕まった事を確認すると、麗は再びバイクを発進させた。




――――その一方。サーシャ達も車を使い、川神院へと急いでいた。


「まずい事になりましたね」


ハンドルを握りながら、ユーリは目を細める。助手席にはサーシャ。後ろにはまふゆ、華。そしてカーチャ。


川神市から川神院で異変が起きているとの報告があり、連絡を受けたサーシャ達は途中で訪れていた七浜をすぐに出発した。


「俺のサーキットが異常な反応を示している……くそっ、目の前に手掛かりがあるというのに!」


サーシャは唇を噛んだ。サーシャの左耳に着いているイヤリングが、真っ赤に発光している。


サーシャ達も禍々しい気を感じ取っていた。イヤリングが反応している以上、元素回路が関っている事は明白である。


それも、現在地の七浜から反応しているという事は、それだけ強大な力があるという事だ。川神市に近づくにつれ、サーシャのイヤリングが大きく揺れ動き、発光がさらに強くなっていく。


「でも、あの感覚……どこかで感じた気がする。それも最近」


う〜ん、と腕を組んで考えるまふゆ。まふゆもあの気の中に、何かを感じている。だが、思い出せなかった。


『“簡単なんだ 前向いてよ 今度は〜……”』


まふゆの携帯が鳴り出す。取り出して確認すると、画面には麗の名前があった。まふゆはすぐに電話を取る。


「もしもし、麗先生?」


『―――その声、まふゆか?私だ、百代だ!』


電話の相手は麗ではなく、百代だった。


「モモ先輩!?どうして……」


『今麗先生のバイクで川神院に向かってる!聞いてくれ、川神院の様子がおかしいんだ!』


焦燥しきった百代の声が、電話を通して伝わってくる。どうやら百代も麗と共に向かっているらしい。


「私たちも今向かってます!鉄心さん達、無事だといいんだけど……」


『ああ……とにかく、川神院で落ち合おう。切るぞ!』


百代との通話が途絶える。まふゆは携帯を閉じると、ユーリとサーシャが座る席の間に顔を出した。


「麗先生とモモ先輩も向かってるみたいです。ユーリさん、急いで!」


「ちょ……お、押すなよ織部!」


「ちょっとまふゆ、ただでさえ狭いのに――――!」


とうとうまふゆは身を乗り出した。同席していた華とカーチャともみくちゃになり、車が揺れ動く。


「あまり揺らさないでくださいよ。それに……急いでいるのは私も同じです」


ユーリは車のアクセルを踏み、スピードをあげて走行する。ユーリもまふゆ達と同じ思いだった。


(鉄心さん……無事でいるといいのですが)


一抹の不安を抱え、ユーリは川神市へと車を走らせるのだった。

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