小説『織斑一夏の無限の可能性』
作者:赤鬼()

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Episode2:乙女の気持ち



【一夏side】



「ちょっとよろしくて?」


電話帳よりも分厚いISの参考書を一週間で頭に叩き込め、と千冬姉に言われた。正直、勉学は苦手だ。

出来る事ならやりたくもない......が、誰よりも厳しい姉が身近にいる以上、やらなきゃいけない......気が重くなる。

なんて考えてたら、誰かから声を掛けられた。


「えっと......、誰?」


「まぁ。ご存じないのね、このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを!!」


めんどくさそうな奴とエンカウントしちまった。まぁ、顔はかなりの美人である。見れば出るところも出てるし、腰なんかはキュッと引き締まってる。なかなかのナイスプロポーションだ。


「代表候補生って......何?」


俺の言葉に教室内の空気が一変した。何、その知ってて当たり前の常識をお前は知らないのか、という驚愕の視線は?目の前のセシリアも二の句が告げられない感じに呆けてらっしゃる。


「信じられませんわ。日本の男性はこうも知識が乏しいのかしら? 常識ですわよ、常識。国家代表IS操縦者。その候補生から選出されるエリートの事ですわ。本来なら私のようなエリートとクラスを同じくするだけでも奇跡。幸運なのですよ。その事実をもう少し理解していただける?」


腰に手をやり、その見事な胸を反り返らせ俺に詰め寄るセシリア。

今の世の中、ISを操縦できるのは女性だけという事もあって、女性はかなり優遇されている。

昔の日本では男尊女卑というのは此の世界でも前の世界と同じだったらしいのだが、ISが登場してから世の中の常識は180゜変わってしまった。

言うなれば、女尊男卑。

それは普段の生活、学校や会社での立場、果ては政治の世界にまで......女性がかなり優遇されるようになったのだ。

そうなれば、当然出てくるのは目の前の女生徒のように男を下に見る輩も多くなる。

IS操縦者ならまだしもISにも操縦できない女性まで『自分は偉い』と勘違いする輩が増えてきている。

中には男を下に見ないまともな女性もいる。というか、まともな女性も多いが男を下に見る女性が多いのは確かだ。

セシリアは残念ながら前者の様だ。

せっかくの美人なのに......しかし、金髪隻眼の美人は絵になるな。前の人生じゃ知り合う機会もなかったからな、新鮮だ。


「そうか、それはラッキーだな。ところでせっかく美人なんだから、そんなに刺々してるのはマイナスだぞ」


「なっ!! な、な、な......」


俺の美人発言に驚いたのか、カァーっと頬を朱に染め、後ろにのけぞる。クラスメートの子も「おぉー」というような感嘆を上げ、頬を赤くしてる。一人、箒の視線が厳しいが......。


「〜〜〜っ!! バカにしていますの?!」


「えっ? バカになんかしてないが......?」


「大体、何も知らないくせによくこの学園に入学できましたわね?唯一、男でISを操縦できると聞いていましたけれど―――期待外れでしたわね」


俺に何かを期待されても困る。何せもともとこの学園に好きできたわけでもないし。


「まぁ、でも私も優秀ですから貴方のような人間でも優しくしてあげますわ。分からない事があれば、泣いて頼まれれば教えて差し上げない事もないですわ。なにせわたくし、入試で唯一、教官を倒したエリート中のエリートですから」


「あれ?俺も倒したぞ。教官。倒したというか、いきなり突っ込んできたのを躱したら壁にぶつかって動かなくなったんだけどな」


ははは、今でも覚えてるが、ISを纏った教官が加速してこっちに向かってきたので、ぶつかる寸前に身を躱したら、その教官、躱された事に暫く気付けなかったみたいで、一瞬呆けた表情をしてた。で、そのまま壁に激突しちゃったってわけだ。


「......わたくしだけと聞きましたが......?」


「女子だけでは、ってオチじゃないのか」


俺の言葉にショックを受けたようでプルプル肩を震わせている。あれ?俺、マズい事言ったか?


「貴方も教官を倒したというのっ?!」


「落ち着けよ、な?」


「これが落ち着いてられ―――」


と、オルコットさんが激昂しそうになった所で、チャイムが鳴った。


「―――っ! また後で来ますわ! 逃げない事ね! よくって!?」


えぇぇぇーーー、もういいよーーー。ここまで目の敵にされると、さすがに聞いてるだけでも疲れてくるのに。



【セシリアside】


イギリスの名門貴族オルコット家長女として厳しく育てられてきた。

しかし12歳の頃に両親を列車事故で亡くした。わたくしの両親は傍目から見ても仲が良かったとは言えなかった。

わたくしの父親は婿養子という立場の弱さから母親に頭が上がらなかった。母親の方もよく父親の陰口を口にしていた。

そんな両親が事故の時、何故か一緒にいた、という事実は理解できなかったが、今となってはどうでもいい事だった。

わたくし自身、男尊女卑の時代であったころから実家発展に尽力した母親のことは尊敬していたが、婿養子という立場の弱さから母親に対し卑屈になる父親に対しては憤りを覚えていた。

だから、わたくしは男に頼ろうと思った事はこれまで無かった。

勉強を重ねて周囲の大人達から両親の遺産を守ってきた。

ISの適性値も高かった事でIS操縦者となってからも努力に努力を重ね、代表候補生にまで上り詰め、専用ISである「ブルー・ティアーズ」の操縦者にまで選ばれたのだ。

そしてIS学園の入学が決まった頃、これまで女性しか扱えなかったISを男が動かしたという世界的大ニュースを知ったのだ。

興味があった。

女尊男卑の今の時代、男がISを操縦できる。

ISが発明・発表されてからの今までの常識を覆すかのような衝撃的な事実。

しかし、今の時代に強い男なんている筈がない―――わたくしは彼に会うまで本気でそう思っていた。

実際、同じクラスになり、話しかけてみて、最初に思った感想は、飄々として掴み所のない、ちょっと顔がいいだけの男としか見えなかった。


『そうか、それはラッキーだな。ところでせっかく美人なんだから、そんなに刺々してるのはマイナスだぞ』


こんな事を平気な顔して言ってくるから、調子が狂いそうになるが......。

でも、所詮は男。

栄光あるイギリス代表候補生であるセシリア・オルコットとブルー・ティアーズの敵ではない。

所詮、男は皆、わたくしにひれ伏すしかないのだから―――



【一夏side】


学園からの帰り道、俺は後ろを振り返る。

箒やオルコットさんを除くクラスメート女子数十人が後ろから着いてくる。

はぁ〜〜〜、初日からこれじゃ先が思いやられる。


IS学園は全寮制である。

当然、IS学園に入学した俺は今日から寮暮らしだ。

山田先生から渡された部屋番号を記したメモを見ながら、今日から自分の部屋になる扉の前に立つ。

1025室。

今日からIS学園卒業までの3年間、此処が俺の城になるのだ。

部屋に入り、まず目についたのは大きなベッドが二つだった。取り合えず、備え付けのベットにダイブしてみた。バウンドしました。初体験です。このモフモフ感。

凄いな、IS学園。

普通の高校の学生寮とはレベルが違う。普通にホテルとして金がとれるレベルじゃないだろうか、これ。


「誰かいるのか?」


急に後ろの方から聞き慣れた声が聞こえてきた。

え゛っ?!

シャワールームであろう、ドアを開けながらバスタオル1枚を体に巻いた箒がいた......。


「こんな格好ですまないな。シャワーを使っていた。私は篠ノ之―――」


お互いに顔を見合わせ、硬直してしまった。

バスタオル1枚で巻かれた箒の15歳とは思えない暴力的な体は非常に魅力的だった。

たゆんたゆんなブツにシャワーの熱気で上気した頬に濡れた髪。

水滴が流れ落ちる太ももや、タオルを押さえる手が近いせいか肌に張り付いてその曲線を忠実にトレースしている胸のふくらみとか。

いくら見た目が15歳でも精神年齢的に20代半ばの俺でもその暴力的な魅力に抗える術はなかった。

気が付けば、口の中に鉄の味がする。そう......鼻血を出してしまったのである。

箒はそんな俺を見て肩をプルプル震わせている。

―――逃げなきゃいけない―――そう俺の直感が告げているのだが、網膜に焼き付けられた箒の肢体から眼が離せないのだっ!


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


悲鳴を上げるや否や箒は持ってきていた竹刀を手に取り、俺に向けて一閃―――寸での所で覚醒し、身を翻し躱すとすぐさま、ドアを目指し走った!

追い付かれたら殺される―――そんな恐怖を背後から感じ、必死に走った。

ドアの向こう側へと脱出し、ドアを閉める。


「ふぅ〜、死ぬかと思っ―――」


ズドン!

顔の真横、頬から二ミリも離れてない場所から木刀の切っ先が突き出している。頬からタラリと血が出てるのを感じる。背後からは閻魔も地獄に帰る殺気を感じる。

木刀が一端引っ込められ、今度は俺の体があった所を木刀が突き刺す。寸での所でドアから離れた俺は間一髪助かった。


「おぃ、箒っ! 本気で殺す気か? 今の躱さなかったら死んでたぞ?!」


「......なになに?」


「あっ、織斑くんだ」


「えー、あそこって織斑くんの部屋なんだ! いい情報ゲット〜」


騒ぎを聞きつけて集まり出した女生徒達。問題があるとしたらその女生徒達の格好だ。肉体的には15歳、思春期真っ盛りの俺には厳しい肌を露出した私服姿。屈まれたら胸の谷間が見える。

ヤバいヤバい、このままここにいたら俺の性的衝動(リビドー)を抑えつける自信がない!

いくらスケベな俺でも入学初日に変態のレッテルを貼られたくない。


「箒、箒さん、部屋に入れて下さい。すぐに。不味い事になるので。というか謝ります。本当にすみませんでした。どうかお願いします。俺を部屋に入れて下さい」


部屋の中にいるであろう、箒に必死に拝み倒す。


「............」


沈黙が続く。返答がない。俺はこのまま野宿するしかないのか?


「......入れ」


ドアを開けた箒は剣道着を着ていた。急いでいたからだろう、直ぐに着れる服として剣道着を身に着けたのかな。



【箒side】


目の前には同室となった一夏がいる。土下座しながら。


「っ本当にすみませんでしたっ! わざとじゃないんです!!」


IS学園の学生寮は基本二人部屋となる。だから、当然、私にもルームメイトがいるのは分かっていたのだが、まさか男である一夏だとは思わなかったっ!

しかもお風呂上りを思いっ切り見られるし......。


「......お前が私の同居人だというのか?」


「あ、あぁ、そうみたいだな......」


「どういうつもりだ?男女七歳にして同衾せず。常識だっ」


「いやぁ、俺も十五の男女が同居......いや、同棲するのは問題があると思うのだが......」


6年振りに会った幼馴染。

初恋の相手でもあり、離れてる間も一時も忘れる事がなかった存在。

......でも、同棲はまだ早いだろうーーーっ!!

心臓の高鳴りが止まらない。喉が渇いていくのが分かる。


「―――お、お、お前から希望したのか? その、私の部屋にしろと......」


「そんな馬鹿な―――」


ぷち。

そんな幻聴がきこえたような気がした。

気が付けば、竹刀を一夏に振り下ろしていた。寸での所で真剣白羽取りで難を避ける一夏。

くぅーーー、一瞬でも同じ部屋だと知って、少しでもドキドキしてた私が馬鹿みたいじゃないか。

言うに事欠いて、『馬鹿』だとぉーーー。


「―――ぬぅぅぅーーー、箒さん、顔が怖いです」


しかし、この状況。竹刀を押し込むために体重をかけている姿勢が他人から見たら押し倒してるように見えたらしい。


「わぁ、篠ノ之さん、大たーん」


「抜け駆けしちゃダメだよー」


ドアから顔を出しているだけでも五人の女子が私達を見ていた。

かぁ〜〜〜っと頬を上気させながらも開いてたドアを閉め、鍵を掛ける。そう、誰にも話を聞かれないようにするためだ。


「一夏っ!」


「はいっ! 何でしょうかっ?」


「......いや、その、な、同じ部屋で暮らす以上、線引きが必要だと思うのだが......。」


ある程度、落ち着いた所で、同棲......いやいや、いくら幼馴染とはいえ、男女が同じ部屋で暮らす以上は線引きが必要だと思う。

シャワーの使用時間や着替える際の中央の仕切りなど色々決めていった。

今日から一夏との同棲......じゃなくてっ!共同生活が始まる。

う〜〜〜、6年間想い続けてきた相手が傍にいると思うと緊張してしまう。

私はこの生活に耐えられるのだろうか......?

しかし、この夜は最悪だった。一夏の部屋の場所が判明した事で女子が殺到したのだ。顔見せという事で自己紹介も兼ねて軽く話してる程度だったが、一年生で8名、二年生で15名、三年生で21名。上級生になる程、一夏と知り合おうと必死になってるのが分かる。

ISに乗れる唯一の男という杞憂な存在なのもあるが、一夏自身、傍目から見てもルックスは整ってる。

あの、その、だな......普通にかっこいい。

久し振りに会った時も一夏だと分かったのは事前にテレビで成長した姿を見たからだ。

子供だった幼馴染の少年は大人の雰囲気を持った青年へと成長していた。同じクラスになれた事も飛び上がりたくなるくらいに嬉しかった。

でも、ここに男は一夏しかいない。

しかもクラスメイトからでなく学園内のほとんどの女性が一夏に興味を持っている。

現に今日も何人もの女子が一夏目当てでこの部屋を訪れている。

このままではまずい。一夏が他の女に取られるかもしれない―――そんなのは絶対に嫌だ。同じ部屋であるメリットを生かさねば。

しかし、一夏の奴、デレデレしているな。ムカムカしてくる。

私以外の女を見るな。

―――私だけを見てほしい。

-3-
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