小説『聖女ドラゴンヴァルキリー』
作者:BALU−R(スクエニVS俺)

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第?部   聖女・ドラゴンヴァルキリー編

第一話
    怪奇蜘蛛魔女(かいきくもおんな)

「よーし、いいぞー田合剣。またタイムが縮まっているねっ。」
その言葉に彼女は心の中でガッツポーズをした。
彼女の名前は、
田合剣 志穂(たごうけん しほ)
県の陸上クラブに所属する11歳の女の子。
ショートカットの黒髪が印象的なスポーツ少女。
スポーツだけでなく学校の成績もトップクラスないわゆる優等生である。
「これなら来月の全日本Jr陸上大会も優勝間違いない!ねっ!!」
「ありがとうございます、コーチ。」
来月の大会に備えて特訓をコーチと二人で行っていたのだ。
「さてと、気が付いたら真っ暗だな。車で送って行こうか?ねっ。」
「いえいえ、私の家はすぐそこですから大丈夫ですよ。コーチの運転の方がよっぽど危ないですよ!」
志穂はニコリと笑って言った。
「こいつめ〜。しかし、最近物騒だから気をつけなよ?ねっ、こないだもTVで騒いでいたじゃないか。」
「魔女通り魔事件ですよね?インターネットで“魔女”のHNを名乗った人が起こした通り魔事件…大丈夫ですよ、私の足の速さについてこられる不審者なんていませんって!」
「いや、そういう過信がねぇ…」
「それは冗談ですけど、いざとなれば防犯ブザーを鳴らしますよ。」
コーチに本当に気をつけてなと言われつつ、志穂は家路に向かった。
その後ろには黒い影が…
「ミつけた。タカいマリョク。」
志穂は帰りながら晩御飯のメニューを考えていた。
(今日もお父さん、帰ってこないのかな―…)
志穂の家は父子家庭であった。
父である、田合剣 一志(たごうけん かずし)は警察官である。
そのため帰ってこない日も珍しくない。
ちなみに母親は…志穂はよく知らない。
小さい頃に聞いた時に「ちょっと遠くにでかけている。」なんてお決まりの返しを父親から聞かされた。
父親には親戚もいないし、祖父母もいないため他に聞く人はいない。
だから成長するにつれ何となく察し、あまり聞かないようにしてきた。
それと同時にお父さんは私が支えないと、という思いも強くなってきた。
(もう子供じゃないしね。)
そんな事を考えながらふと目にした交差点のミラーに、全身黒いフード付きコートを着た人物が映っていた。
(これって、どう考えて不審者だよね…)
防犯ブザーをギュッと握る。
相手との距離は50mあるかないか。
(ここで防犯ブザーを鳴らして、相手が刃物とか持っていたら…音を聞きつけて人が出てくる前に走ってきてブスっと)
心音が高鳴る。
(落ち着くのよ、志穂。相手はまだ気付かれた事に気付いていない。そこの角を曲がったらダッシュしながら防犯ブザーを鳴らす。大丈夫、私は長距離ランナー。相手も陸上選手でもない限り逃げ切れるはず!)
曲がり角まで後、5歩、4歩、3歩、2歩、1歩…
「よーい、ドン!」
一気に走りだし、防犯ブザーを引き抜く…
はずだった。
ベチャッ
何かネバネバしたものが全身についた。
(何!?)
確かめようとしたが腕が動かない。
いや、体全体が動かせられなかった。
「何なのこれっ!?」
思わず声に出た。
「キュブキュブキュブ」
前から笑い声のような奇声が聞こえてきた。
さっきの不審者だ。
(いつの間に前に!?)
「タカいマリョク…タカいマリョク…」
意味不明な事を呟きながら近づいてくる。
志穂は今まで味わったことのない感覚…あぁ、TVとかでよく出てくる命の危険ってこんな感じなのかなぁ、とか冷静に考えていた。
「ナカマ、フえる…」
黒コートの顔は自分の間近まで近づいてきた。
ここで、その声の高さから相手は女性であることに気付く。
その顔は…黒くて分からない。
まるで黒いフードに隠れるように。
(そんな!?いくらなんでもここまで顔を近づけて見えないなんて!)
そこで黒コートはフードを掴んだ。
「オマえもナカマに!」
相手はバサっとコートをはぎとった。
そこから出てきたのは…
また、黒黒黒。
巨大な蜘蛛であった。
目は複眼、口には黒い牙、真黒な顔、背中には8本の黒い腕(足?)…
背中の腕とは別に人間の肌色の腕が出ているのがより異形さを深めていた。
志穂は気が遠くなるのが自分でも分かった。

「―――穂、志穂!」
志穂は聞きなれない声に起こされた。
(私、どうなったの?)
気がつくと手術台のようなところで寝かされていた。
動こうとするとジャラっと音がした。
手足が鎖で縛られている。
「何?ここどこ?」
「混乱しているのは分かるけど、アタシの話を聞いて!」
再び声が聞こえた。
声の方を見るとそこにいたのは…
黒猫。
それだけ。
金色の十字架のぶらさがった首輪をしているから飼い猫だろうか。
(というか…)
「猫が…喋っているの!?」
「だから、アタシの話を聞いて!!」
猫に一喝されてしまった。
「まずは逃げましょう!だいぶ混乱させてきたからあいつ等もすぐにはこないと思うけど…時間がないわ!!」
手足を縛った鎖がジャラっと音をたてた。
「でも、私の体は鎖で縛られて…」
黒猫は悲しそうにフフフと笑い
「問題ないわ。今の志穂なら鎖ぐらい簡単に引き千切れるわ。やってごらんなさい。」
そんなバカなと、右腕に力を入れるとブチンと音を立てて鎖は千切れた。
他の3本も簡単に千切れた。
「この鎖、偽物?でなければ紙を千切るみたいにこんな簡単に…」
「説明は後!こんなところからさっさと逃げ出すわよ!」
十字架が鈴のように音を出しながら、黒猫はトトトと走っていった。
もう、志穂は猫についていくしかなかった。

「ここまでくれば、安心ね。」
志穂達は使われていない工場の廃屋まで逃げ込んできた。
志穂が小学校低学年の時に友達と秘密基地にしたりしていたところだ。
案外、自分の街に近いところだったようだ。
志穂は喋る黒猫を見つめる。
(ついてきたのはいいけれど、この猫は何者なの?私を襲ったあの蜘蛛の化け物と同じなのでは…)
その視線に気がついた黒猫は言った。
「早く説明して欲しいって顔ね?…とは言ったものの何から話したものか…」
志穂は黒猫の前にしゃがむ。
その時、首に黒猫と同じ金色の十字架がぶらさがったネックレスを自分がしている事に気付く。
猫についていくのに夢中で気がつかなかったようだ。
志穂は聞いた。
「そうね、私をさらった蜘蛛の化け物はなんだったの?」
「あれは“魔女”よ。そして私もね」
魔女…
漫画やゲームで魔法とか不思議な力を使うキャラクター…
600年程前に考えが違うというだけで殺された異教徒の人達…
それよりも最近の事で思いつくのは…
志穂は言った。
「こないだの通り魔事件もインターネットの掲示板で“魔女”を名乗っていたわ。そいつの仲間?」
「仲間というか種族名みたいなものかなぁ…魔法を使うために体を改造された、それがアタシたちよ。」
魔法…改造…
ゲームや漫画ではよく出てくる単語だが。
志穂は呟いた。
「そんなの…非科学的な…」
「そう、科学!その存在が魔法を非現実的なものにしてしまったのよ。大昔は誰でも魔法を使えたの…でも、科学の登場と便利さで人々は魔法を使う事を忘れてしまった…」
科学が魔法を忘れさせる?
「でも、科学より魔法の方が便利そうだけど…空を飛ぶとか…」
「個人差があるの。例えば空を飛ぶ魔法はその人の才能によって飛べたり飛べなかったり…これは絶対。でも、科学ならやり方さえ分かれば誰でも飛べる。飛行機の操縦とかね?そうやって魔法は忘れられていったの。」
志穂は納得した。
全ての人が同じ能力なら問題ないが、使えない人たちの方が多数ならば…
黒猫は説明を続けた。
「でもね、使える側からすればこの状況は好ましくないの。志穂は自分が魔法を使える側…つまり少数派だったらどうする?それでも多数派に付きたくないとしたら?」
「ん〜、仲間を増やすとか?」
「それも正解。そっちを選ぶとは、志穂は優しい性格ね。まぁ、もう一つの正解は後で話すとして仲間を増やす、つまり魔法を使うために体を改造されたのがアタシ達“魔女”ってわけ。」
魔法を使うため体を改造…
科学的な“改造”なんて技術で“魔法”を復活させようとするなんて矛盾した話である。
(それよりも…)
―「ナカマ、フえる…」
あの蜘蛛の化け物の言葉…
鎖を紙のように千切った自分の力…
志穂は自分の手のひらを眺めていた。
それを見た黒猫は悲しそうな顔で言った。
「…うん、志穂の体も魔女に改造されているわ。」
志穂は頭の中が真っ白になった。
いや、一つだけ思う事があった。
(あぁ、もう私は人間じゃないのか…)
そんな志穂の視界に黒猫は自分の体を映らせ言った。
「でもねでもね、志穂!アンタは通り魔事件を起こしたりするような魔女とは違うわ!だって脳改造…まだ心までは改造されていないもの!」
志穂は手のひらから目を離し黒猫の顔を見る。
黒猫は頷いて言った。
「これがさっき言った、もう一つの正解。自分が少数派だったら多数派の方を減らせばって考え方。」
「?だから多数派の人を仲間に…」
「方法はそれだけじゃないでしょ?」
(まさか…)
黒猫はため息をつき言った。
「つまり、通り魔事件もその方法。多数派…科学側の人間を減らすのが目的だったわけ。でも、魔女になった全ての人が事件を起こすとは限らない。そのためにあいつ等は脳を改造して人間の良心ってやつを奪い取っているのよ!」
志穂は胸の十字架を握りしめた。
何故、そうしたのか自分でも分からない。
黒猫は慰めるような目で志穂に言った。
「でもね志穂、アンタは違う。脳改造の前にアタシが助け出したからね。」
「そうだ、ありがとう。あなたは私を助けてくれたのね。」
黒猫は得意げに言った。
「ほとんど偶然だったけどね。アタシも脳改造されていた…でも、改造が完全じゃなかったのかな?奇跡的にアタシは良心を取り戻した。そこでちょうど、改造されていたアンタを助けられたわけ。…まぁ、肉体は改造された後だったけどね。ゴメンネ…」
志穂はほほ笑んで言った。
「私が私でいられただけで十分。それにほら!人間離れした力って格好いいじゃない!!」
それは黒猫を気づかった強がりだったのだろう。
しかし、黒猫は志穂が初めて笑った事になんだか嬉しくなった。
そこで志穂は聞いた。
「そういえば猫さん、あなたの名前は?恩人なのにまだ名前も聞いてなかったよね?」
「猫に恩“人”は変よ、フフフ。アタシの名前は…」
その時、キュブキュブキュブという奇声が廃屋に響いた。
ハッとして志穂は立ち上がる。
「まさか、こんなに早く…逃げるわよ、志穂!」
そう言って黒猫は出口に向かって走って行った。
そして角を曲がって姿を消した瞬間にギャーと悲鳴を上げた。
志穂はこの状況を覚えている…
自分が捕まった時と同じであった。
慌ててかけよると、そこにはお腹に穴をあけ血を流しながら宙に浮かぶ黒猫の姿があった。
自分が捕まった時はよく見えなかったが巨大な蜘蛛の糸のようなものに捕まっていた。
「ジャマするモノ…ウラギりモノ…シュクセイ」
また、あの奇声が響いた。
志穂は黒猫の体を掴んだ。
(あの時は身動きもできなかったけど、今なら…)
音もなく黒猫の体は糸からはずれた。
「おマエもジャマモノになるヨカン…ツれカエってサイカイゾウ…もしくはここでシュクセイ!」
天井から志穂の後ろに降りる音がした。
反射的に志穂は回し蹴りを放った。
しかし、背中の蜘蛛足に受け止められる。
「ムダ。ワタシもカイゾウされているから。」
志穂は壁に向かってブン投げられた。
壁を突き破り、隣の部屋まで到達する。
痛みは…なかった。
すぐに立ち上がると、廊下に出て蜘蛛魔女のいるところとは反対方向にむかって走った。
「…志…穂」
「大丈夫!?あいつから逃げたらすぐに病院…獣医かな?そこで治療してもらうから!」
「手…遅れよ…アンタと…違ってアタ…シは喋れるだけ…の猫だもの…」
血はドクドクと流れる。
「そんなの…アンタの名前だって聞いてないのに!」
「それよ…りもア…タシをおろして…あ…いつと戦って…もう、それ…しか…」
「無理よ!だって、さっきも蹴り止められちゃったし…」
「あるの…アイ…ツと“魔女”と戦…う方法が…お願…い、おろして。」
志穂はピタっと立ち止まると、黒猫をそっとおろした。
そして蜘蛛魔女の方を振り向いた。
蜘蛛魔女は相変わらずキュブキュブキュブと笑っている。
黒猫は最期の声を振り絞り言った。
「変…わ…るの…戦うための姿に!アンタの今の思いをぶつけなさい、その胸の十字架に!その十字架はアンタの良心よ!!」
志穂は右手で胸の十字架を握りしめた。
(ぶつける…私の思い…私の思い。私の思い!私の!!)
ブチン!と音を立て十字架はネックレスから千切れた。
その途端、十字架を中心に志穂の体が金色に輝きだした。
「キュブ!?」
その輝きの強さに蜘蛛魔女は思わず目をおおった。
そして十字架は柄の中心が赤い宝石の剣に変化し
黒かった髪は金色に変わり、
服は全身赤いロングスカートのドレスになり、
胸は膨らみ、
背中には黒い小さなコウモリの羽が生え
お尻には恐竜のような緑色の短めの尻尾が生え
そんな姿に
なった。
その姿を見て黒猫はほほ笑んだ。
(美しい…もう少し一緒にいたかった…一緒に戦いたかった…ゴメンネ…)
そう思って、息絶えた。
「キュブ!」
蜘蛛魔女は棒立ちしている志穂に蜘蛛の足で殴りかかった。
しかし、左手一本で受け止められた。
「ナンだこのチカラは!?ワタシよりもツヨいのか!?」
志穂は答えなかった。
その代わりに右手の剣で蜘蛛の足を半分切り落とした。
「キュキュブ!?」
切られた足から血が噴水のように噴き出す。
志穂は俯きながら呟いた。
「分かるよ…生まれてきて手足の動かし方を誰に教えてもらうわけでもなく分かるように、戦い方が分かるよ!」
その表情は悲しげだった。
志穂は剣を両手で握り剣先を蜘蛛魔女に向けた。
途端に室内の温度が上がる。
「思いを…ぶつける!!」
剣先から炎がゴーっと噴き出した。
蜘蛛魔女は炎に包まれる。
「キュブキュブキュブ!よぉくミておけ!いずれおマエもワタシのようになるのだ!!ジゴクでマっているぞ!!!」
そう言い残し、蜘蛛魔女は消し炭になった。
志穂が力を抜くと炎は消えた。
まるで最初からそこには何もなかったように。
志穂が剣の柄を胸に持っていくと元の姿に戻った。
服もネックレスも。
そして黒猫の方に駆け寄った。
「猫さん、しっかりして!」
しかし、黒猫は答えなかった。
「そんな…私を一人にするの!?」
志穂は泣きたかった。
しかし、改造により涙を流せない体になっていた。

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