小説『聖女ドラゴンヴァルキリー』
作者:BALU−R(スクエニVS俺)

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第二話
警察の狗

志穂は自分のアパートの玄関の前で立ちすくんでいた。
(お父さんにどこから説明しよう…)
コンビニの新聞を読んだら自分がさらわれてから1週間がたっていたようだ。
恐らく捜索願いでも出されている事だろう。
お父さんは警察だからなおさらだ。
玄関のドアを開けた。
「ただいま〜。」
返事はなかった。
いないのだろうか。
いや、それよりも…
(何もない!?)
そこは見慣れた自分の家の中ではなかった。
家具も寝具も…
何もない空き家であった。
慌てて外に出て表札を見たが…
白紙だった。
(家を間違えた!?いや、10年も住んでいる家を間違えるなんて…)
その時、隣の玄関が開きおばちゃんが出てきた。
知らない人だった。
よく、煮物をおすそ分けしてくれるおばちゃんが住んでいたはずなのに…
「お譲ちゃん、そこで何やっているの?」
「あの、この家って・・・」
「そこはずっと空き家よ。まさか秘密基地にしようとか考えてないわよね。大家さんに怒られるわよ。」
おばちゃんは怪訝な顔で答えた。
(大家さん…)
「あの大家さんは…」
「海外旅行に出かけたとか…あっ、だからって駄目よ?」
そんな事はしません、お邪魔しましたと挨拶して志穂は走り去った。
その後ろ姿を見ながら、
「ふん、白々しい。それとも捕まらなかったのか?」
とおばちゃんは呟いた。

志穂は自分のアパートを離れながら考えていた。
(大家さんが海外旅行に行くなんて、そんなはずはない。だって約束してたもん、本当なら一昨日に一緒に山にハイキングに行くはずだったもん…)
つまり、自分が捕まっている間に大家さんも…
ということは
(お父さん、無事でいて!!)
志穂は父の職場…警察署に向かって行った。
ここからでは車で30分はかかる場所だが、今の志穂はいくら全力で走っても息が切れないのでそんなに遠くには感じなかった。

「田合剣 一志という名前はありませんね。」
受け付けの婦警さんは事務的に答えた。
「そんなバカな!確かにここに勤めているのです!!」
内心、志穂は(やっぱり)と思いつつも食い下がらなかった。
「そう、言われましても…名簿には名前はありませんし、私も署内の人間全てと面識があるわけではありませんし…せめて部署とかが分かれば…」
志穂は心の中で舌打ちをした。
父親がどんな職業についているかは知っていても細かい部署までは聞いてはいないのだ。
(こういう時のために、お父さんの同僚の名前でも聞いておけばよかった…)
「あのー、よろしいでしょうか?」
ふいに、婦警が聞いてきた。
「あっ、はいありがとうございました…」
無駄足だったと、受付を離れようとした時…
「田合剣君?」
後ろを通りかかった初老の警察官が近づいてきた。
志穂は振り向いて言った。
「知っているのですか?あっ、私は田合剣 一志の娘で田合剣 志穂です。」
警察官は表情をやわらげ言った。
「娘さんがいるとは聞いていたが君がそうなのか!まぁ、座れるところに行こう。僕も聞きたい事があるしね。」
志穂は署内の休憩室のようなところに連れてこられた。
警察官は志穂にお茶を出しながら話し始めた。
「お父さんはね、1週間程前から無断欠勤していてね。僕も上司だからすぐ連絡したんだけど電話にもでなくてね。」
(一週間…私がさらわれたのと同じ時期だわ。もしや私のせいで…)
警察官は続けて言った。
「仕事に嫌気がさして逃げ出したのかなーとか思ったけど…僕は去る者追わず主義だから。でも、彼は真面目な警官だったから理由が気になってはいたんだよね。」
そう言ってから用意したお茶を飲んだ。
志穂にも勧めたが、断った。
「でも、チラっと聞こえたけど名簿からも名前が消えているのはおかしいなぁ〜。名簿には辞めた人間の名前も残すはずなのに…」
「お父さんは、最後に出勤してきた時はどんな感じでした?」
「何か事件を調べていたな。ほら、世間で今騒いでいる魔女事件?」
志穂はギクリとした。
「おっとっと、いくら警察官の身内だからってこんな事話すべきじゃなかったね。それよりも名簿が気になるよ。ちょっと資料室に行ってくるから待っていてもらえる?」
「あの、私もついて行っていいでしょうか?」
「ん?ん〜、まぁ、こんなところにいるより歩いている方が退屈しないか。社会見学だと思って来るかい?」
恐らく警察官は父親が行方不明な娘の不安を少しでもやわらげればと思い優しくしたのだろう。
志穂はこの人に今回の事件の事を話そうかと思ったが…
それは後で落ち着いたらにしようと思った。
それに…
(やっぱり、自分の体の事は言えないよね…)
資料室は地下にあった。
階段を降りると真っ暗だった。
いや、青かった。
予備電源は付いているのだろう。
「ごめんごめん、普段は24時間電気ついているのに変だな〜。えっと電気は。」
とてとてと廊下の角を警察官は曲がって行った。
そして「ひっ」と声を上げた。
志穂は慌てて近づいたが遅かった。
犬の顔をした婦警に喉笛を食いちぎられていた。
ぷっと肉片を吐き出し犬の化け物は言った。
「グルグル!ヒミツをサグるやつはシュクセイ、シュクセイ!」
と新たな獲物、志穂の方を向いた。
「魔女…」
「グルグル!おマエ、魔女のコトシってるのナゼ?チチオヤにキいたのか!チチオヤどこ?」
「!お父さんは無事なの!?」
「グルグル!あいつワタシからニげノびた。だから、あいつのマワりにカンシつけた。カグもショブンした。ジャマなオオヤとリンジンもコロした。アトはカエってきたトキにツカまえるだけ!」
「ひどい…関係ない人まで…」
「グルグル!ニンゲンはどうせゼンブシュクセイ!おマエもシュクセイ!!」
「もう、あなたは人間じゃないのね!」
志穂は胸の十字架を握りしめた。
「グルグル!?」
光り輝き、志穂は再び戦うための姿になった。
「グルグル!?おマエ!?まさか魔女!!」
「私の事を知らないの?…どうやら魔女はお互いに独立して動いているみたいね。」
犬魔女は四つん這いになって構えた。
「グルグル!ワレらのジャマをするのは魔女でもイッショ!シュクセイ、シュクセイ!!」
犬魔女は地面を蹴って志穂の喉元を噛みつく…はずだった。
牙を立てる直前に口の中に左手を突っ込まれ舌を掴まれたのだ。
「グルグル!?」
「確か、犬は舌を掴まれると動けなくなるのよね!」
そして、犬魔女の腹を蹴りあげた。
「グルグル!?」
舌が千切れ、志穂の左手に残った。
うろたえているところに舌を投げ捨て剣を両手で握る。
途端に室内の温度が上がる。
志穂が叫んだ。
「あなたが粛清されなさい!!」
剣先から放出された炎が犬魔女を包み込む。
「グルグル!ワタシをコロしてもシュクセイはトまらんぞ!ワタシはケイサツジョウソウブのメイレイでシュクセイしていたんだからな!オボえておけ、魔女はどこにでもいるぞ!!」
そう言い残して犬魔女は消し炭になった。
(魔女はどこにでもいる…)
元の姿に戻って志穂は犬魔女の最期の言葉を思い返した。
(警察にまで魔女がいるなんて…いいえ、)
チラリと犬魔女に殺された警察官に目を向ける。
(この人やお父さんのように魔女側じゃない警察官もいるはず…でも、知れば口封じにまた…どちらにせよ、警察を頼るのは無理ね。)
自分に優しくしてくれた警察官に駆け寄った。
驚きのせいか眼をカッと見開いてひどい死に顔だ。
「ごめんなさい。私は魔女と戦う事しかできないのです。ここにあなたを置いていく私を許してください。」
そう、言うとカッと見開いた眼を閉じた。
少しは安らかな死に顔になった…気がした。

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