小説『聖女ドラゴンヴァルキリー』
作者:BALU−R(スクエニVS俺)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

第八話
憎しみの紫の聖女

「ァー、カラダがイうコトを…」
鮭(シャケ)の姿をした魔女は呟いた。
彼女は追われていた。
同じ魔女から。
魔女同士でも考えが違えば対立する事もある。
動物の縄張り争いのようなものだ。
彼女は魔女の中で強い方ではなかった。
そのため争いに敗れ命からがら逃げてきたところだ。
「!ダレだ!!」
ふと気配を感じその方向に向かって叫んだ。
彼女は死を覚悟したが
「…」
出てきたのは小さな女の子だった。
鮭魔女はほっと安心をし言った。
「ニンゲンのコドモか…ニンゲンはスベてシュ」
「…怪我してるの?」
子供は問いかけてきた。
「待ってて!今家から包帯取ってくるから!」
と走りだそうとした。
「おい…」
「えっ?」
鮭魔女は思わず呼び止めたが、その後の言葉が続かなかった。
少女は聞いた。
「なぁに?」
「…ホウタイはいい。ミズをノませてくれ。」
水を飲み終わって鮭魔女は少し落ち着いた。
そして少女をマジマジと見つめた。
(こいつはワタシがコワくないのか?ゲンキになったらコロされるとかオモわないのか?ジッサイ、そうするつもりなのに…)
少女はニコニコしている。
「…おマエ、ナマエは?」
その質問には鮭魔女自身が驚いた。
(ワタシはナニをキいているのだ?コロすアイテのナマエなぞ…)
「アタシは乙芽(いつめ)。あなたの名前は?」
鮭魔女はふぅと息をついて言った。
「このスガタにウまれカわったトキにナマエはスてた。スきにヨべ。」
乙芽は少し考えて言った。
「じゃあ、パンちゃんなんてどう?」
「ナンだそれは…」
「アタシ、パンが好きなの!!」
元気よく答える乙芽を見て鮭魔女…いや、パンは思い出していた。
人間だった時の心を。

今日も鳥羽兎のお手伝いをする志穂。
お客もちょうどいなくなり、同僚のルリと休憩をとっていた。
「おぁよーっス…」
けだるそう挨拶をし香矢が店に入ってきた。
「あぁ、もう交代の時間?」
ルリがそそくさと立つ。
香矢が頭を掻いて言った。
「いやー、すみませんっスね。甘〜い時間を邪魔したりして…」
「そっ、もう少しで志穂ちゃんを落とせたのにね。」
どうやら付き合いの長さの違いか志穂よりもルリの方が香矢の扱いはうまいようだ。
(…というか二人で私をからかっているんじゃ。)
ルリが帰った後、制服に着替えた香矢が近づいてきて言った。
「そうそ、聖女ポストに遂にお便りが届いたんっスよ!」
「いや、聖女ポストなんて単語を初めて聞いたのに、さも当然のように話し始められても…」
「あり?話してなかったっスっけ?」
香矢は店のパソコンをいじりだし言った。
「ほら、これっスよ!!」
開いたホームページには、
「聖女ドラゴンヴァルキリーの部屋」
というタイトルのサイトが表示されていた。
志穂は言った。
「まさか…香矢さん?」
「そ!ドラゴンヴァルキリー・ファンクラブ会委員第一号として責任持って作らせてもらいました!」
「ねぇ、責任持って作るなつーの!」
いつのまにか後ろにいたコーチにお盆で香矢ははたかれた。
志穂はため息をつき言った。
「もう、香矢さんには何を言っても通用しませんよね…それで、聖…女…ポストってのは?」
「くわぁー!照れながら聖…女…とか言わないでくださいよ!あちきを萌え殺す気っスか!!」
「だ、だから、聖女ポストっていうのは何って聞いているんですよ!!」
「まあ、簡単に言うと魔女の情報をみなさんよろしくってメールフォームっスね。」
「ねぇ、怪しすぎるぞそれ…」
コーチに突っ込まれても構わず香矢は話し続ける。
「んで、記念すべき魔女情報第一号はっスね…「私の街に魔女が潜んでいるみたいです。」要約するとこんな内容でっスね。」
志穂は呆れて言った。
「要約しすぎじゃ…」
「ででで、次の休みにでも早速…」
コーチは言った。
「ねぇ、いたずらとかは疑わないのかよ…」
「行きます。」
志穂が即答したのでコーチと香矢も驚いた。
コーチは言った。
「ねぇ、田合剣。こんな幼稚なのに付き合わなくても…」
「魔女の事件の可能性が少しでもあるなら私は行きます。私にしかできない事ですから。」
そして香矢の肩を叩き言った。
「そういうわけで道案内をよろしくお願いしますね。」

香矢のバイクで二人は件の町へきた。
志穂はバイクを降りて聞いた。
「それでどの辺で魔女は目撃されたのですか?」
「ええ、何でも商店街に買い物しに現れるとか…」
「…ずいぶん庶民的な魔女ですね。」
「ちょ!魔女の可能性が少しでもあるなら行くって言ったのは志穂さんじゃないっスか!」
志穂は少し先ほど言った事を後悔し言った。
「それでは行きましょうか。その商店街に。」

商店街は活気づいていた。
香矢は感心して言った。
「いいなぁ〜下町って感じっスね!」
「うん、仲間同士の集まりみたいな空気が流れています。」
そこに子供の声が響く。
「魔女だ〜魔女がきたよ!!」
はっ、と二人は声の方を向く。
志穂は十字架を握りしめる。
そこにいたのは…
小さな女の子だった。
どこからともなく石が飛んでくる。
「危ないっ!!」
香矢が叫ぶとほぼ同時に石が女の子の頭にぶつかる。
「大丈夫っスか!?」
志穂と香矢が駆け寄る。
商店街はシーンと静けまり、ガラガラガラとどの店もシャッターを閉めた。
香矢が不機嫌な顔で言った。
「何っスかこれ…」
「ありがとう、でもいいんです。」
女の子は立ち上がり周りを悲しそうに見渡して言った。
「あー今日も駄目だったか…」
「どういう事っスか?」
香矢の問いに女の子はふっと笑い言った。
「…私、魔女なんです。」
香矢はぎょっとする。
「みんながそう言うんです。」
「何でそんな事を…!」
志穂の声が少し震えてる。
怒っているのかもしれない。
「仕方ないんです。私のお父さんは犯罪者らしいですから…それに。」
「それに?」
香矢の問いかけに少し焦った女の子は言った
「いえ、何でもないです!どうもありがとうございました!!」
ペコっと頭を下げて走って行った。

「どう思うっスか?」
宿に泊まるその夜、香矢が聞いてきた。
「何かわけありと見たっスけど…お父さんが犯罪者って?」
「何の犯罪かは分かりませんけど…結構重い罪みたいですね。」
香矢が驚き言った。
「あり、いつのまに調べたっスか?」
「調べたというよりあの時、店の中から聞こえてくる話の内容を聞いただけで…私の耳は普通の人よりもよく聞こえるのですよ。」
香矢は感心をし聞いた。
「で、どんな内容だったんっスか?」
「胸が悪くなるから聞かない方がいいと思いますよ?」
犯罪者の子は犯罪者だ。
母子共に早く出ていってほしい。
下手に優しくしたお店があるからいまだに商店街にくる。
最もその店は町民が団結して潰したが。
あいつはいるだけで周りに悪影響を与える魔女だ。
香矢は顔をしかめて言った。
「…大した仲団結力っスね。で、どうします?正直こんな町から早く出て行きたい気分なんっスけど。」
「もう一度あの子に会ってみましょう。魔女とは関係なさそうですけど私たちに出来る事があるかもしれません。」
「名前聞いておけばよかったっスね。」
「乙芽ちゃんと言うそうです。聞きたくもない話でしたが、彼女の名前だけが知れたのがせめてもの救いでした。」
「乙芽ちゃん…可愛い名前っスね。」

同じ頃、乙芽は再び鮭魔女のところにいた。
「ごめんなさいパンちゃん。包帯とか買いにいったんだけど手に入らなくて…」
「キにするな。もうダイブゲンキになってきた。」
鮭魔女の体は実際完治しかかっていた。
「それよりもおマエはワタシが魔女とシってもナゼヤサしくしてくれる。」
「それはだって…」
アタシも魔女だから。
そう言おうとして言葉を飲み込んだ。
「パンちゃんが友達だから。」
鮭魔女は少し嬉しそうに言った。
「乙芽、ずっと一緒にいてくれるか?」
「うん、ずっと一緒だね。」
鮭怪人と別れて乙芽は自宅に向かっていった。
(遅くなっちゃった。ママが心配する。)
家のドアを開けるとそこには見慣れない男が立っていた。
ママの首を持って。
「犯罪者なら殺しても問題ない。」
男はくくくと笑った。

次の日の朝、志穂と香矢は乙芽の家に来ていた。
人が騒いでいる家をのぞいてみたら物言わなくなった乙芽がそこにいたのだ。
「一体、何が…」
香矢は力が抜けヘタリと座り込んで言った。
一方、志穂はそうもいかなかった。
周りの冷ややかな話声が聞こえてきていたからだ。
「死んで当然だよ。犯罪者の家族なんて。」
「あ〜せいせいした。」
(一体、この子があんたたちに何をしたっていうの!むしろしたのはあんたたちじゃないの!!)
志穂が今までにないドス黒い感情に包まれていたその時、後ろが騒がしくなった。
見ると鮭魔女がすぐ後ろに立っていた。
香矢が叫んだ。
「魔女!?お前の仕業っスか!!」
「ずっと…」
鮭魔女は香矢を無視して乙芽のところに駆け寄った。
「ずっと一緒だって言ったじゃないか!!乙芽!乙芽―!!」
鮭魔女は泣いていた。
志穂と香矢はその姿を見て全てを理解した。
乙芽はこの魔女の良心の代わりだったのだろう。
「…コロしてやる。」
鮭魔女は立ちあがった
「コロしてやる!コロしてやる!コロしてやる!ニンゲンをみんなコロしてやる!」
鮭怪人は外に向かって走り出した。
「ァー!ニンゲンはスベてシュクセイする!!」
逃げまどう人々。
「助けてくれー!」
「殺されるー!」
「いやだー!」
志穂の耳には全てその声が届いていた。
「…勝手な事を言うな。乙芽ちゃんはお前らの…犯罪者扱いにした考えが殺したんだぞ!あの鮭魔女は彼女がいれば私や黒猫と同じ…人間の良心を取り戻せたというのに…」
志穂の言葉を聞いた香矢も状況を理解した。
しかし、その言葉とは逆に志穂は胸の十字架を握りしめた。
香矢は静かに言った。
「…それでも戦うんスね。」
「乙芽ちゃんのためにも止めなきゃ…」
志穂は十字架を千切った。
いつもより乱暴に。
その途端、志穂の体は光だし
剣の柄は紫色になり
服は全身紫色の短パン姿に
そして胸はペタンコに
そんな姿に
なった。
「ァー!シねぃ!!」
一人捕まえた鮭魔女は首を右手でねじ切ろうとしていた。
しかし、志穂の剣で右手を切られ、捕まっていた人間は逃げ出した。
鮭魔女は志穂を睨みつけて叫んだ。
「ァー!ジャマするのか!!」
「ごめんなさい、あなたの憎しみは分かります。でも…」
志穂は剣を構えた。
「その憎しみは私にぶつけて!これからあなたを倒す私に!!」
剣先から紫色のガスが放出される。
包まれた鮭魔女の体が溶けていく。
腐っていっているのだ。
見た目と違い機械の体を持つ魔女の体だが腐っていった。
「ァー乙芽、乙芽!!」
鮭魔女は狂ったようにその名前を呼んだ。
そして最後に小さな声だったが
「…止めてくれてありがとう。ドラゴンヴァルキリー。」
そう聞こえた。
第?部 完

-8-
Copyright ©BALU−R All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える