小説『「悔いなき人生を」』
作者:ドリーム(ドリーム王国)

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 男と女ってどうしてもこうも人生観が違うのだろうか? 俺の名は浅井洋輔、60才になって今回ほど
思い知らされた事はなかった。
 俺はやっぱり古い人間なのだろうか、それとも世の中が変わり過ぎたのだろうか?
 俗に云う団塊世代の人間、それが今の俺に当て嵌まる。
 もう俺は社会に貢献出来ない企業戦士。老兵は黙って消え去るのみ……か。

 それにして今の世の中はなんだ。政治家は我が身を可愛がり、民衆は何を求めているか考えもせず
ただ党を守ろうと必死で、点数稼ぎなのか民衆へ小銭をばら撒き、党を死守するあまり政府の経済力は
破綻寸前までに追い込まれている。
 一流大学を出ても半分は就職が出来ないありさまで、若者の半分はフリーター、熟年層は浮浪者と。
 一体この国はどうなるのだろう……いや今はそんな大層な事を言ってる場合じゃない。
 つい昔の癖が出てしまう。部下の手前、偉そうに政治に首を挟む癖が残っていたようだ。

 俺の若い頃は就職難って言葉はなかった。世の中はバブルの待った中、大卒はともあれ中卒でさえ
金の卵ともてはやされ中小企業の社長自ら働き手を捜しに山村にまで出向き、働き手を捜したものだ。
 勿論バイトでもなければ季節労働者でもない。立派な社員として優遇された。
 その社員は永久就職と位置づけ、一生その会社で働くと決めたものだ。
 そんな時代で俺は育って来た。一流企業とまでは行かなかったが、そこそこ名の知れた企業だった。

 俺は半年前に定年を向かえ、多く社員から惜しまれて退職した……筈だった。
 自分でもやり遂げた自負があった。退職時の職名は常務取締役まで上り詰めたが本来なら嘱託で
残れる筈だった。しかし世の中は不況の波に晒され、状況から見ても自ら身を引くしかなかった。
 大学を卒業して直ぐに今の会社に就職、そしてキッチリ定年の60才まで勤め上げ38年の歳月が過ぎた。
 その間に恋愛もしたし結婚もし、子供も二人生まれ家を買ってローンも終わっている。

 その子供達も独立し、今では妻と二人きっりの生活となった。
 これからは自分の為、妻の為、旅行をし趣味に没頭出来ると思い込んでいた。
 悠々自適とまでは行かなくても、俺の人生はそう悪くないと思い込んでいた矢先の事だった。
 あの温厚な妻がいつでもなく、厳しい表情を浮かべ俺に話しがあると切り出した。
 住み慣れた8畳の和室にテーブルが置いてある。そのテーブルの中央に一枚の紙が置かれてある。
 それは離婚届の用紙であった、既に妻が署名する欄には住所指名と捺印が押されてあった。

 俺は眼が飛び出るほど驚き、その用紙と妻の顔を交互に眺める。
 これはテレビドラマか? それとも冗談なのか?
 だがどちらでもなかった。今まで見た事もない表情を浮かべ妻の顔は青ざめ覚悟を決めた顔をしている。
 俺は妻と結婚してから30年間を数秒の間に思い浮かべていた。
 やっぱり俺も、巷で囁かれる家庭を省みなかった企業戦士の一人だったのだろうか。

 今更、妻になんて言い訳すれ良いのだろう。恐らく今の妻にどんな弁解がましい事を言っても無駄
だろう。妻の顔はそう物語っている。
 なんと云う事だ。これが企業戦士として38年働いて来た結果なのだろろうか。
 「今の君に何を言っても無駄だろうね。結局30年一緒に暮らしても、君の事が何も分かっていなかった
俺だ。もう夫としての資格はないだろうね。最後に30年間ありがとう」

 妻は涙を流しながら俺が署名捺印した離婚届を受け取り部屋から出て行き、その日の夕方には家を
出て行った。
 数ヵ月後、俺は財産を整理して、子供達にも事情を話し、家を売り払い東京スカイツリーが見える
小さなアパートへ引っ越した。それから一人旅に出ようと思っている。
 幸福とは何かそんなものがあったら、また出会えるなら人生も捨てたものじゃないだろう。
 今は良く捉えるなら肩の荷が降りた感じもする。でも人生はこれからだ。何も弱気になる事はない。
 俺は第二の人生を歩く、そしてまた新しい生活を築くさ、出来ない事はない俺は古い企業戦士だもの。

つづく

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