【これがプロローグでいいのか? 】
京都の山奥、関西呪術協会の総本山の森、桜の木を背もたれに長く青みがかった髪を後で一本で束ね、中肉中背で黒いズボンと真っ白な白衣を羽織った整った顔立ちの青年が眠っていた。
青年は人間とは思えないほど整った容姿で、ただ木を背に眠っているだけなのに、その光景はまるで幻想的な絵画のようだった。
その青年に近づく者がいた。
上品な和服に身を包み、艶のある黒髪を肩よりも少し長めに伸ばした可愛らしい5歳ぐらいの女の子だった。
「なあ、お兄ちゃん。ここでなにしとるん?」
「ん〜?」
女の子に声をかけられた青年は閉じていた瞼を持上げ、固まっていた筋肉を解すように息を漏らしながら両手を真上に伸ばした。
青年は声をかけてきた女の子に視線を向けて呟いた。
「なんだいお嬢ちゃん?」
「お嬢ちゃんはやめてぇな。ウチの名前は|近衛 木乃香って言うんやから。それよりもお兄ちゃんはなんでここにおるん?」
「ん? このかちゃんだっけ、俺の名前はローズ・レッド……、じゃなかった……。クラウス、ただのクラウスだよ。で、なんでここにいるかって言うと、お昼寝するためだよ」
「お昼寝?」
木乃香は首を傾げた。
「桜が綺麗に咲いていたしね。このかちゃんの家はここの近所なのかい?」
「近所というか……、この辺全部ウチの家の庭なんよ。あと、このかって呼んでぇな」
「わかったよ、このか。それにしても大きい家なんだね〜」
「それだけ?」
「それだけだけど?」
青年の薄いリアクションに木乃香の方が驚いた。普通の一般家庭とは比べ物にならないほど大きい家に驚かれ、距離をとられたり、名前を聞いただけで頭を下げてくる人間ばかりだった木乃香は青年の、クラウスの反応が新鮮に思えた。
「ふふっ」
木乃香の口から笑みが自然と漏れた。
「どうしたんだ?」
いきなり笑い出した木乃香に今度はクラウスが驚く。
「なんでもない。ふふっ、ねえお兄ちゃん。お友達になってくれへん?」
「友達? 別にいいけど?」
「ほんまに!?」
簡単に了承したクラウスに木乃香は嬉しそうに飛び跳ねた。
「じゃあ、ウチと遊んでくれへん?」
「いいけ……」
いいけど、っと言いかけて木乃香の後から声がかがった。
『お嬢様〜〜!! どこにおられるんですか〜〜!!? お嬢様〜〜!!』
「うう……、お兄ちゃんと遊びたかったんに……」
木乃香は残念そうに呟き後を見る。
後からは道着を羽織った女達が焦ったように自分の事を探している様子が見えた。
「ごめんなお兄ちゃん。ウチもどらなあかん……って? あれ? お兄ちゃん?」
視線を前に戻してクラウスの方を見ると、先ほどまでクラウスが居た桜の木には最初から誰もいなかったかのように、ただ桜の花びらが舞っているだけだった。
姿が見えなくなったクラウスを探して周囲を探す木乃香。
「お兄ちゃん。どこに……」
友達になるって約束したんに……。
『このか……、このかっ……』
「お兄ちゃん!?」
クラウスの声に再び木乃香が周囲を観察するが、周囲にクラウスの姿はない。
「お兄ちゃんどこに……?」
『ここだよ。ここ、足元だよ』
「足元?」
木乃香が足元を確認するがクラウスの姿はなく、あるのは自分の影だけだった。
「もしかして、影の中におるん?」
『ああ、そうだよ』
「すごいなぁ〜。お兄ちゃんって影の中に潜れるんか」
『…………』
「どうしたん?」
『いや、もう少し驚かれるかと思ったんだけど……』
今度はクラウスが驚いた。
まさか驚くどころか受け入れるなんてな……。
クラウスと木乃香の背後から再び叫び声が響いた。
『お嬢様〜〜〜!!! どこにおられるんですか〜〜〜〜!!!!』
「は〜い! ここにおるよ〜〜〜!!」
先ほどよりも切羽詰った声音に木乃香は急いで返事を返す。
「お兄ちゃん、とりあえず戻るから部屋に戻ってからお話してぇな」
『ああ、わかった』
木乃香は急いで自分を呼ぶ声の方へ向かって走り始めた。
その影に|異物を孕んだまま……。