【 第1話 共同生活の始まり? 】
「お兄ちゃん? まだ影の中におるの?」
自室に戻った木乃香は自分の影へ話しかけた。
木乃香が話しかけると影が動いた。
「ほんまにウチの影の中におるん?」
『ああ、いるぞ』
木乃香が尋ねにクラウスが応えると、木乃香は興味津々と影を指でつつく。
影に突き刺した自分の指は床に敷いてある畳を超えて影の中へとずぶずぶと入っていく。
「ほんまに不思議やなぁ」
木乃香は楽しそうに指を出し入れする。
……。
…………。
………………。
『……まあ、怖がらずに気に入ってくれたのは嬉しいけど……』
何度も何度もつつかれてすでに10分以上……。そろそろやめて欲しい……。
クラウスが影の中でそんな事を思い始めていた頃。廊下側の障子扉の外から女性の声が聞こえてきた。
「このかお嬢様。夕食のお時間です」
「あっ、は〜い! 少し待ってぇな!」
外からの声で正気に戻った木乃香は慌てて返事を返す。
「そう言えば、クラウスさんのご飯は……」
『俺は食べなくても平気だから気にしないでいいよ』
「そうなん?」
『ああ。人間じゃないし……、っていうか早く行った方がいいんじゃない?』
「そうやった!」
◆
夕飯が終わり、そのまま風呂へと向かった木乃香は、脱衣所で服を脱ぎながら再び影に小声で話しかけた。
「お兄ちゃん」
『どうした?』
「えっと、影の中にいるんやろ? 湯船に入っても大丈夫なん?」
『それは……、っていうか今影に入れるのはこのかと俺だけだから気にしないでいいよ。あと、誰もいないのに喋ってるのは他の人からは変に見えるし、俺みたいに頭の中で話さないか?』
「頭の中で?」
『ああ。【念話】っていうんだが、俺に言葉を伝えたいって思いながら、頭の中で話すんだよ』
「頭の中で話す……」
木乃香はゆっくりと話しかけた。
『お兄ちゃん。聞こえる?』
『ああ、聞こえるぞ』
『話し声はお兄ちゃんとウチだけにしか聞こえんの?』
『うん。影を経由して【念話】しているから、話し声は二人の間だけでしか聞こえないよ』
『影を経由?』
難しい言葉に木乃香は首を傾げる。
クラウスは影の中で苦笑して呟く。
『ごめんごめん、まだ難しかったな。まあ、二人だけの電話って事だよ』
『ふふふっ、二人だけの秘密やね』
木乃香は服を脱いで風呂場のドアを開けた。
『綺麗だな』
艶のある黒髪と白い肌と整った顔立ち、幼いながらも女の丸みを帯だ少女にクラウスから声が漏れた。
「いやん。……見えてるん?」
念話で話すことも忘れて恥ずかしそうに体を両手で体を隠す木乃香。
『ああ。見えてるよ』
クラウスがいる影の中の空間はかなり広く、影のある場所ならマジックミラーのように、外からは見えないが、影の中にいるクラウスの方からは見ることが出来るので、木乃香の裸体を様々な角度から見ることが出来ていた。
『お兄ちゃんはエッチやね〜』
『いだっ!?』
木乃香は呟きながらどこからともなく|トンカチを取り出して自分の影に振り下ろした。
影の中に潜んでいたのに、突然トンカチの衝撃を頭に受けたクラウスは混乱した。
なっ!? 影の外から攻撃は通らないはず……、ツッコミだから攻撃とみなされなかったのか!? いやっ!? それよりも完全な裸だったよな!? どこからトンカチ出したんだ!!?
『細かい事気にしたらあかんよー』
木乃香はトンカチをどこかへとしまい湯船に浸かる。
『……そ、そうだな』
気持ちよさそうに湯船で息をはく木乃香に、クラウスはもう深く考えないようにした。
◆
再び木乃香の部屋に戻り、布団の中に入った木乃香にクラウスは自分の正体を打ち明けていた。
『お兄ちゃんって、ヴァンパイアっていう種族なん?』
『そうだよ。しかも、実は宇宙のはずれ、別の銀河からやって来た宇宙人でもあるな』
『宇宙人なん?』
『ああ、この星には200年ぐらい前にやってきたんだ』
『200年も前に!? お兄ちゃんって、すごいお爺ちゃんやったんやなぁ』
『お爺ちゃんじゃねえよ!? 一万年は生きるヴァンパイアから見たら俺は2500歳ぐらいで、人間の年に当てはめて考えると25歳ぐらいなんだからお兄ちゃんであってるんだよ!』
『そうなん?』
『そうなんだよ!』
『それで、お兄ちゃんはなんでこの星にやってきたん?』
『それは、まあ、簡単に説明すると、もともと住んでいた地球から離れて、ふらふら〜って銀河を飛び回っていて、久々に家に帰ったら自分の家も居場所がなくなっててね〜。仕方ないから新しい住処を探してこの地球にやって来たんだよ』
『じゃあ、なんで家の庭で寝てたん?』
『もともとヴァンパイアって種族は、日の光を浴びるだけで死んでしまうほど日光にとても弱くてね。まあ、俺自身や俺の息子やヴァンパイヤの姫さんとかは、ヴァンパイアだけど日の下でもほとんど力が落ちないだけど、やっぱり夜よりも体がだるいから桜の木の陰で休んでいたんだよ』
『お日様に弱いんか〜』
『まあね、話を続けると、ヴァンパイアって種族は体の中にとんでもない量の魔力を持っていて、地球を一撃で破壊するほど強く、大怪我して腕とか首とか取れても高速で治るし、さらに言うと体を|霞とか色々変身できるんだ!』
『すごいなぁ〜』
『…………。そしてさっきも言った通り、ヴァンパイアは人間では考えられないほど永い年月を生きて1万年は生きるって言われてるんだ。さらに言うと、俺ってそのヴァンパイアの中でも最強でね。しかも、もともと住んでいた地球の科学技術、魔術、格闘技術、武器の扱いから様々な知識を蓄え、何百年と練磨を重ね、この地球の魔法理論も取り込んだ最強の生物なんだ!』
『……それはすごいなぁ〜……』
木乃香の返事は小さな声で反応が薄くなってきた。
『…………このか? ……寝たか……。まあ、まだ小さいから仕方がないよな』
声をかけてクラウスが木乃香を見ると、木乃香はスゥスゥと規則正しい寝息をたてて眠っていた。
◆
翌日……。
木乃香は部屋に差し込む朝日と小鳥の鳴き声で眼を覚ました。
「ふぁ〜……」
布団から起き上がりパジャマを脱いで着替える木乃香。
木乃香が周囲を見ながら昨日の事を思い出し始めた。
昨日の事は不思議な出会いは夢だったのかと思った木乃香は先日教わった【念話】で話しかけた。
『お兄ちゃん影の中におるん?』
木乃香が話しかけた途端に足元の影は揺らめき声が脳内に響く。
『ああ、いるよ。おはようこのか』
木乃香はクラウスとの出会いが夢じゃなかった事を確認して嬉しそうに影をつついた。
『おはようお兄ちゃん。ふふっ、友達が影ん中にいるのは不思議やね〜』
『まあ、不思議だよな〜』
なんとも緩い会話を交わした後、クラウスは真剣な声で呟いた。
『このか……』
『なにお兄ちゃん?』
『俺は人間じゃなくてヴァンパイアって化け物なんだけど怖くないのか?』
怖くないのかと聞かれて木乃香は首を傾げる。
『ふふっ、化け物とかそういうのは関係あらへんよ。ウチとお兄ちゃんは友達なんやから』
『そうだったな』
笑顔で答える木乃香にクラウスは影の中で笑った。
純真無垢で優しげな雰囲気と魔力を持つ木乃香を影の中から微笑ましく眺めた。
◆
クラウスが木乃香の影に住み着いて10日ばかり経った頃。
最近の日課となった夜の会話を楽しんでいた時に真剣な面持ちで木乃香が話を切り出した。
『お兄ちゃん……』
『どうした?』
口ごもりながら、言いにくそうに木乃香は念話で呟いた。
『ウチ、来月からこの家から出て遠くの|麻帆良学園っていう学校に通うことになってるんは知っとるよね?』
『ああ、影の中から父親との話を聞いていたからな』
『よかったら……、よかったらでええから、お兄ちゃんも着いて来てくれへん?』
『ん? 俺がか?』
『うん……、通う学校にはせっちゃんもおらへんし、それにウチそもそも友達少ないし、……ダメ……かな?』
布団で顔を半分を隠して恐る恐る尋ねる木乃香。
『う〜ん……』
影の中で悩むクラウス。
どうしよう……、まあ暇だしなぁ。500年ぐらい前に|黒い白鳥って呪いになった息子の妻と孫の魂を呪いから解放して肉体を再生させたり、姫様の変わりに術を使って月を地球化したりして大量に消費した魔力も完全に戻っていないし……。
木乃香は普通の人間よりも魔力を大量に持っているみたいだし、木乃香から魔力を貰えば普通よりも早く回復できそうだな〜、木乃香みたいな美少女とか美女には俺ってすっごく弱いんだよなぁ。
『なら、一つ契約してくれないか?』
クラウスが呟くと木乃香は布団をさらに被り、恐る恐る呟いた。
『契約って、白くて目の赤い生き物が「魔法少女になってよ」とか言ったりするアノ契約なん?』
『……いや、なんの事だかまったく知らないけど、たぶん違う。俺の契約は単なるお願いなんだけど、別に今はいいや』
『……ついてきてくれるん?』
『ああ、いいよ。その代わり影の中に住まわせてもらうけどね』
クラウスが呟くと木乃香は安心したように、そして嬉しそうに笑顔を浮かべた。
『じゃあ、これからもよろしくお願いします。お兄ちゃん』
『ああ、これからもよろしく。このか』
こうして関西協会の|長の一人娘、近衛木乃香と、外宇宙からやって来たヴァンパイア、クラウスとの奇妙な共同生活が始まった。