小説『俺は平沢唯に憑依してしまう。【完結済】』
作者:かがみいん()

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第60話

「実はね、軽音楽部の同期の娘がね、結婚するらしいから私達のバンドの演奏を頼まれてね」


河口さんは自分が頼んだ『こんにゃく』をじっと見ながら話す。食べたいのなら食べろよ。


「でも、さわ子は全然乗り気じゃないみたいで・・・」


山中先生は『ヘビメタをやっていた』という事実を隠して教師をやっていたのだ。が、見事に俺達にばれたのだが、他の周りの人には話さない。


「という訳であなた達にやって欲しい事があるんだけど・・・」


「山中先生の説得は難しいと思われますよ?河口さん」


話を遮って何を言いたいのか大体分かっているので先回りに答える。


「あなた本当に聡明ね・・・でも、何故か話してくれないかしら?」


「だって、河口さんの方が山中先生と付き合いが長いでしょ?私達は短いですから、説得とか成功出来ないと思います」


全員は『なるほど』と納得。少し考えれば導きだせるじゃないか。

「でも、他のメンバー二人がさわ子を説得しても頷かないわ。だから『今のさわ子』と接しているあなた達なら、と思ったんだけどなー・・・」


河口さんは落ち込んでいる。俺は人を不安させたな。少し自己嫌悪になったな。


「でも、やれるだけの事はやりますよ。私達、山中先生を説得します」


「うん!よく言ったね。いいかな?部長さん」


「え!?あ、はい・・・少し不安ですけど・・・」


律は自信が無いようだな。俺が後押ししようかと思っていたら河口さんは弾ける笑顔で


「もし、成功出来なかったら猛特訓だからね!」


という脅迫を受け、俺達は山中先生の説得を試みるという決心をつけられた。


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おでん屋を出、河口さんに『さわ子の説得よろしくねー』と投げやりな発言を受け取り、とぼとぼと歩く。


「どうしよっか?お姉ちゃん」


「うーん。引き受けたから明日あたりに山中先生に相談しようよ」

澪達は『賛成』と挙手し、とりあえず山中先生の件は明日へと後回しにする。まぁ、何とかなるだろうな。


ーーーーーーーーーー

次の日の朝。期末テストの答案を教室にて律、澪、紬と一喜一憂していく。俺はというと平均点が89点とまずまずの評価だ。それに対して和は、『珍しいわね。やっぱり、練習で響いたのね』と同情している。
和は『そんなことよりも』と本題に移る。そんなことよりも、てお前な。


「明日の部長会議に来ないと部室にクーラーが設置されないかもしれないわよ」


と言ってくるので、俺達は『ええ!?』と驚く。
全く律は忘れっぽいのも程がある。部活申請用紙に、学園祭の講堂使用届けに・・・


「りーつー!」
「りーちゃ〜ん」
「・・・律ちゃん・・・はぁ、」

俺達は盛大に呆れる。いや紬は笑顔で律をいじっているみたいだ。

「わ、悪かったって!澪、その手は何だ!」

「律。頭を出せ」

「む、ムギ!助けて!」

「ごめんね・・・りっちゃん・・・」

「ゆ、唯ー!」

「・・・返事は無い。ただの屍のようだ・・・それはしかばねーな(仕方ねーな)・・・ぷっ!」

「何、だじゃれ言ってんだよー!ていうか、自分で言って笑うなよ!」


ごんっ!と澪は律に拳骨を一発。それにより律は悶絶。『ぐぉぉ』と涙目になりながら頭をさすっている。それにしても痛そうだな・・・


ーーーーーーーー

放課後。律は澪と共に音楽室へと向かい、憂と梓とで会議のリハーサルをするという事で俺、紬は山中先生に話をするので職員室へと入る。


『失礼します』


山中先生を見つける為、キョロキョロと見渡す俺達。すると、紬は見つけたのか俺の肩をトントンと叩き、『唯ちゃん。あそこ』と指を指す。


「先生!もう一枚お願いします!」

「他の先生方に迷惑になるから、コレで最後ね」


「「「はーい」」」


目の前には数人の女子がカメラで山中先生と記念撮影していた。紬は『先生。人気があるんだね〜』と呟く。
山中先生は『教師』として、イキイキとしているのだ。ここでは『昔の経験』は関係無いので、のびのびと生徒達と仲良く出来る、という訳だな。もしかしたらその『昔の経験』の所為で教師の仕事に支障が起きるかもしれない。そんな事をする事は些か心苦しいな。

「・・・ムギちゃん。ここは引くしか無いよね・・・」


「うん。そうみたいね。みんなに報告しなきゃ」


紬も俺の考えを察したのか、職員室を出る。結局、ダメだったな。

ーーーーーーーー


「へぇ、そうだったのか。それなら仕方ないよな」

音楽室にて今の報告を言い伝える。

「確かに。先生の立場上、難しいと思いますよね。ぁ、唯先輩。ムギ先輩。お水です」


梓からありがたい差し入れに口へと放り込む。だが、ちょっと温い。サウナだからかな。


「なぁ、紀実さんに何て言おうか?まさか、そのまま言うのか?」


澪は危惧していた。このままだと猛特訓になるのでは?と気にしているようだ。


「実際、私達には何も出来なかったしね。ありのままを伝えようよ」


河口さんには申し訳無いな。仕方ないよな。自分の過去を掘り下げてまで演奏するとは到底出来ないと思うんだよな。


「あの。特訓って何をするんですか?律さん。澪さん」


憂は特訓が気になり、経験が豊富であろう律、澪に尋ねる。


「うーん。それなりにキツい練習だと思うんだよな・・・」


「例えば?」


「文化部だけど、運動部程キツいメニューをこなすとか・・・」


それを聞くだけで『うっ!』と嫌がる。こんなクソ暑い中、そんな事をしたら倒れてしまうだろうと誰でも容易に想像出来てしまう。

「と、とりあえず。紀実さんに連絡するからな!」


おでん屋で交換したというメアドを頼りに河口さんにメールを渡し、今から近くのファーストフード店にて集合という催促を受け、俺達はそのファーストフード店へと向かう。


ーーーーーー


「そうだったんだ・・・さわ子はみんなに好かれているんだね・・・」


ファーストフード店に入り、適当に席に座り、山中先生を説得出来なかったという話をする。


「で、あの・・・特訓という話は・・・」


律はおずおずと罰ゲームであろう特訓の話を聞くことにしたのだが、河口さんは『あれ、冗談♪』と言ってくれたので、安心した俺達。


「じゃ、協力がいるわね・・・さわ子が出れないっていうんなら・・・ギターが足りないから・・・じゃ、君に決めたっ!やれるよね?」

河口さんは俺をオファー。なんでまた・・・俺でなければならない理由を聞くことに。


「私は君の事が気に入ったんだし、ギターの腕もあるからだよ」


ギターの腕があるだと?河口さんにはギターを弾いた事を見せたことないのに何故、分かるのだ?それを聞くと、どうやら去年の大晦日のライブハウスにて俺達が演奏をする際、マネージャーに聞かれて、そのマネージャーの知り合いである河口さんの耳に届いたというのだ。

「すっごい!お姉ちゃん♪」
「唯ちゃん、すごいわ〜♪」





紬と憂は俺を見て目を輝かせる。律、澪、梓は『おぉ・・・』みたいな感心するかのようなリアクションをとる。
河口さんは懐を漁り、楽譜を出し

「これが二次会で私達『デスデビル』が演奏する曲よ」


サイドギターのパートが書かれた楽譜が手渡しされた。よく見ると、とんでもない程難易度が高い。それはそのはず『ヘビメタ』というものは、ギターの重厚な音を求められる種別の演奏というものであるらしい。


「披露宴は今週の土曜日。詳細はメールで送るわ。それまでに、練習頑張ってね♪」


河口さんは、ぱちん、とウインクをする。む、やる気が出てきたぞっ!


ーーーーーー

「唯先輩。これ結構難しそうですけど、大丈夫ですか?」


河口さんと別れ帰り道へと、いそいそと歩く俺達。梓は楽譜を見て、本音を語る。経験豊富な梓でも、難しそうと言うのだ。少し手間が掛かりそうだな。


「ま、何とかするよ〜」

俺は呑気に言うのだが、内心は本気で参っていた。だが、練習するのみだな。

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