小説『いうてん』
作者:喰原望()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

 とある偉い人は言いました。
「世界は破滅へ向かっている」
 それを聞いた、これまた偉い博士は激怒しました。そして、そんなことを言った偉い人に詰め寄りました。
「貴様は我々がしている努力を無駄だというのか? 人類が幸福になる為の、過去の偉人達の努力と功績や、今の私たちの滅私の努力を無意味だというのか?」
「いや」
 と、偉い人が否定するのを聞いて、偉い博士はつり上がった目を幾分和らげました。しかし、それでも彼の怒りはまだまだ収まっていません。なにせ、今までの自分だけでなく、彼が尊敬する有名な発明家をも同時に否定されたように思えたのです。そんなに簡単に収まるものではありません。
「今までの過去の偉人たちの発明は諸手を挙げて称賛すべきものだ、と私も思う。その点に置いてはなんの異論もない」
「では」
 偉い博士は困惑しました。この人はなにが言いたいのだろう。そう思っても、偉い人は曖昧にぼかすような言い方をするのでした。
「素晴らしい発明とは、我々の生活を豊かにし、また幸福にするものだ。間違っても、兵器を素晴らしい発明であると評することは私には出来ないが、しかしそれ以外にしても素晴らしい発明というのは枚挙に暇がない」
 偉い人の言うことは、段々偉い博士に迎合するようなものになってきました。訝しげな表情の偉い博士を気にもとめずに、偉い人は自分の研究結果を一つ一つ再確認するように口にしていきます。
「ただ、人類の幸福とは一体なんなのだろうか。そして、それはどこまで行けば手に入るのだろうか。ここ数年、私はそればかりを考え続けていた。思考実験やアンケートの統計など、ありとあらゆる手段を使って、人類の総意見としての『人類の幸せ』を求めてきた。そしてつい先日、限りなくそれに近いものが判明し、私はそれをどのようにすれば手に入れられるのかをシミュレートした」
 そこで偉い人は一旦息を置きました。偉い人をひたと見つめる偉い博士は、息を飲むようにして続きの言葉を待っています。偉い人がなにやら変なものを調べているという噂は耳にしていましたが、これのことだったのか、と偉い博士は思いました。
「その結果、人類が幸福になる為には世界が破滅しなけらばならないようだ」
 偉い人はなんでもないことのように言いましたが、偉い博士は驚き、そして涙を流しながら笑いだしました。

-1-
Copyright ©喰原望 All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える