小説『カゲロウデイズ 書いてみた』
作者:ロサ()

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 彼はピンピンとした様子で、私の気持ちも知らない様子で夏の暑さに負けない爽やかな笑顔を浮かべていた。
「あの、どうしたの?」
「う、ううん! なんでもないよ!」
 私は顔を逸らし、涙をぬぐう。
 言葉とは裏腹に、心の中で嬉しさがこみ上げる。
「あれ、その猫は?」
 指をさした先に、白色のかわいらしい猫が彼の頭の上に乗っていた。
「ああ、さっき堀の上を歩いているのを見かけて、ちょっかいかけたら懐かれた」
「……ちょっかいかけたらって、何したのよ」
「前足をこう、ギュッ」
 うにゃあとかわいらしい声を出して猫は彼の頭にぐてっとなる。
 なにをしたらそこまで懐かれるのかわからないが、まぁ、いいか。
 私たちは公園の中に入り、ベンチではなくブランコに座っておしゃべりをし始める。
「夏だねぇ」
「夏といえば何を連想する?」
 彼は猫を頭に乗せながら言った。暑くないのだろうか?
 私は海、カキ氷、夏祭り、花火など、いろいろなことを言ってみた。
 彼はそれらの単語を聞くと、嬉しそうに相槌を打つ。それの繰り返しだ。
「……あ、れ?」
「どうしたの?」
「い、や、なんでも、ない、かな?」
 何かが引っかかる。否、何かが頭をよぎる。
 私は何かを間違えたというか、忘れているという思考にいたった。
 彼と話をして、彼と笑ったりして、そして……。
「あ、猫が」
「えっ?」
「待ってってばー」
 彼は猫を追いかけて走る。私もそれにつられて一緒になって走った。
 猫はどんどんスピードを増して行き、彼はそれに合わせて自身のスピードを上げる。私もそれに合わせて走る速度を上げて、ついには公園の外に出た。
 猫はゆっくりとスピードを落として行き、ゆっくりとその場に座る。自分の前足をなめて、ゆったりと。
「あ、やっととまった……」
「危ない!!」
「えっ?」
 彼が公園から飛び出したと同時に、信号の色が変わった。
 私が叫んだ瞬間に、彼がいた空間を大きなトラックが通り過ぎる。大きな大きなクラクションが泣き叫びながら彼を引きずる。
 今の信号と同じ真っ赤な真っ赤な色が、彼の体から飛び跳ねて私の顔に付着した。
「あ、あああああああああああああああああ!!」
 トラックの方を見る。
 タイヤにこびりつく赤い液体がトラックの足跡を残し、その足跡が途絶える場所には彼の身体が踏まれていた。
 
「ど、うし、て……?」

 終わったんじゃないの? あの繰り返しが、終わったんじゃないの!?
 彼は私の代わりにトラックに轢かれて、そして、何もかもが終わったんじゃ……!

「……夢じゃないよ。嘘でもないよ」

 反対車線で、カゲロウが言う。
 私は、ただ、彼に歩み寄る。
「あ、あ、あ、ああ、あ……」
「これは、夢じゃない。嘘じゃない」
「どう、して」
 カゲロウが私の前に立つ。
 その後ろに、もうひとつ、カゲロウがあった。
 彼によく似たカゲロウは文句がありそうな顔でこちらを、いや、血まみれの彼を見ていた。
「……あ」
 世界が眩む。蝉の鳴き声だけが私の耳に届き、ゆっくりと意識は闇へ落ちていった。

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