小説『カゲロウデイズ 書いてみた』
作者:ロサ()

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 八月十五日。夏休み中盤であるこの日に、僕は友人と公園で会う約束をしていた。
 窓から差し込む陽の光は夏の熱さを物語り、イヤホンから聞こえるラジオからも熱中症に注意という天気予報の人の声が聞こえる。
 その言葉を聞きながら、玄関のドアを開けた。
 真夏の空気、特に太陽が南中するであろう午後十二時過ぎに出会う約束をしていたのが失敗だった。ドアの隙間から皮膚に直撃し、思わず気が滅入る。夏の暑さというのはどうにも慣れることがないとぼやきながらも外に出て玄関の鍵を閉めて公園を目指す。
「……しまった。帽子をかぶればよかった」
 思わずこの病気になりそうなほどの陽射しを放つ太陽への対抗策として考え付いたものの、僕は過ぎたことだと少し後悔しながら公園までの道をゆっくりとした歩みで進んでいく。
 一歩進むたびに汗が頬を伝い、それを拭うという動作が少しうっとおしい。
 これで帽子をかぶったものならば、帽子のほうが汗を吸い込んで染みのように見えるかもしれない。帽子の中も蒸れて熱いことだろう。
「……結果オーライかも」
 呟くことによって少しずつやる気を出していく。こんな中を無口で歩こうものならば体力よりも精神の方が持たない。
「やぁ」
 公園の入り口で、会う約束をしていた彼女が手を振りながら僕に歩み寄ってきた。
「うん。時間に正確なのはいいことだね」
「約束の時間に遅れないことが、信条なのさ」
「それはいい心がけだね」
「だろ?」
 公園にある少し木陰に近いところのベンチで座りながら二人で話をし始める。
「夏といえば、何を連想する?」
「海」
「一般的だね」
「カキ氷」
「ああ、確かに美味しいね」
「夏祭り」
「花火大会は大好き」
「夏休みの宿題」
「気が滅入っちゃうよ……」
「確かに」
 そんな風にすることもないので駄弁っていると、彼女の足元に現れた黒い猫が彼女の膝へと飛び乗り、丸くなる。
「猫、だね」
「そうだね」
「ごろごろ喉ならして、そうとう気持ちいいみたい」
「かわいいねぇ」
「そうだね」
 彼女は猫を優しく撫でながら僕を見て、少し悲しそうな顔そした。
「でもまぁ、夏は嫌いかな」
「……そうなんだ」
 猫の喉辺りを指でコロコロコロとすると、気持ちよさそうに鳴き声を漏らす。
 二人でその様子を見ながら話に花を咲かせていた。
「猫はこんなに毛があるのに暑くないのかな?」
「きっと人間では思いつかない冷却法があるんだよ」
「ほうほう、たとえば?」
「犬みたいに舌を出しながら呼吸するとか」
「でも、出してないよね」
「たとえばでいいんだろ?」
 そうでした、と笑いながら彼女は僕と猫を交互に見ながら猫を優しく撫で回す。
 僕は、この青空を見上げて一息つく。
 静寂が僕達を包み込む。夏の暑さを少しでも和らげるように吹く風を浴びながら、二人で猫の鳴き声を堪能する。
 公園の外は大勢の人が行き交っていた。社会人や小さな男の子と女の子、さきほどたとえた犬も散歩していて、賑やかな空間と僕達の空間が隔絶されているように感じる。
「あっ」
「どうした?」
「ね、猫が逃げ出しちゃった。待ってよー」
「あ、走ると危ないぞー!」
 走り去る猫の後を追いかける彼女の後を追いかける。
 猫はどんどんスピードを増して行き、彼女はそれに合わせて自身のスピードを上げる。僕もそれに合わせて走る速度を上げて、ついには公園の外に出た。
 猫はゆっくりとスピードを落として行き、ゆっくりとその場に座る。
「あ、やっととまった……」
「危ない!!」
「え……?」
 彼女が公園から飛び出したと同時に、信号の色が変わった。
 僕が叫んだ瞬間に、彼女がいた空間を大きなトラックが通り過ぎる。大きな大きなクラクションが泣き叫びながら彼女を引きずる。
 今の信号と同じ真っ赤な真っ赤な色が、彼女の体から飛び跳ねて僕の顔に付着する。
「あ、あああああああああああああああああ!!」
 トラックの方を見る。
 タイヤにこびりつく赤い液体がトラックの足跡を残し、その足跡が途絶える場所には彼女の身体が踏まれていた。
「う、おえぇぇ……」
 顔に付着した彼女の赤い血の匂いと、彼女の無残な姿に思わずむせ返る。
 その場にうずくまり、ゆっくりとゆっくりともう一度彼女の姿を視界に納めると、僕は嘘であることを信じ自分の頬をつねり、額を殴り、固く固く目を閉じて、網膜に焼きついた光景が嘘であると自分を殴り続ける。


「嘘じゃないぞ」


 僕に囁くように、目の前に陽炎らしき揺らぎが立っている。
「これは、嘘じゃないぞ」
「嘘だ、嘘だ……!!」
「嘘じゃない」
 その陽炎はまるで人のように僕を嗤っていた。
 思わず見上げると、青空が歪んでいる。
「嘘じゃないぞ」
 ゆっくりと、ゆっくりと陽炎に映る空は歪んで行き、僕の脳内をかき回していく。
 僕は、思わずその場に倒れた。
 陽炎は僕を嗤いながら、ゆっくりとその姿を消していく。
 僕の視界は同じ地面で眠っている彼女を見ながら、どんどん暗さを増していった。
 蝉の鳴き声だけが僕の耳に届き、ゆっくりと僕の意識は眩み、闇へと落ちていった。


 
 
 

-2-
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