小説『ハルケギニアの青い星』
作者:もぐたろう()

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 雨が降る5月の早朝の山道を、僕はバスに揺られながら登っていた。昨日から降り続く雨は未だに止む気配がない。

 僕の通う大学は地方都市に存在し、大きな駅の正面の小高い山の中腹部にあった。そのため、大学の付近の寮に入寮できた学生以外は毎日この山道を登ることを強いられた。僕自身も駅からそれほど離れていない安アパートに居を構え、毎日飽きもせずにこの山道をバスで通うという選択をしていた。

 僕こと、『高橋 雄介』はこの地方にある国立大学の医学部に所属する4年生だ。実家は手広く商売をおこなっている貿易商の家で、僕はそこの長男であった。跡継ぎとして期待を受け、幼少の頃から跡継ぎとなるべく厳しい教育を受けていた。
 しかし、僕自身に思うところもあって、高校に入学して間もなく医学部への進学へ転身した。そのため、もともとお世辞にも良いとは言えなかった親子仲は決裂した。その結果、家は資産家であるにもかかわらず現在では勘当同然で地方都市の安アパートで生活を送るはめになっている。

(後悔はまったくしてないんだけどね…)

 朝型の生活が好きで、毎日朝早く、大学の図書館が開館する時間にあわせて図書館に乗り込んでは講義や実習の予習を済ませていた。毎朝、朝一で図書館に乗り込む僕はわりと有名人で、いつしか司書の人に挨拶されるようになっていた。
 駅とは反対の山へと向かうこのバスは、学生以外はほとんど利用しない。今日も市街地を抜けて山道に入ると、乗客は運転手と僕の二人だけとなっていた。普段ならもう少し乗客がいるが、朝のガランとしたこんなバスの雰囲気がなんとなく僕は好きだった。

(今日は貸切りになっちゃったな)

 この雨のせいかなとバスの窓から外の雨を眺めていると、カーブに入ったバスが突然急ブレーキをかけた。その直後、ドンという大きな衝撃が僕を襲い、視界はくるりと回転した。体をイスや床に叩きつけられて、声なきうめき声をあげる。
 しばらくして、なんとか現状を把握するために辺りを見渡すと、バス正面の窓は土砂に頭から突っ込んでいた。昨日からの雨でぬかるんだ山の斜面が崩れ、道路を塞いでいた。そんな道路にはみ出した土砂にバスは突っ込んでしまっていたのだ。

 運転手の様子を伺うと、気絶している。しかし、特に外傷は見られなかったので運転席から担ぎ出し、バスの床に寝かせる。その後、携帯で救急車の手配を行い、土砂崩れの事実を警察に連絡すると、周囲の様子を伺うために傘を差して外に出る。

 バスはカーブの真ん中あたりで土砂に刺さっている。どうやら、運転手は突然現れた土砂にブレーキが間に合わずそのまま突っ込んでしまったようだ。

(救急車を待つにしても、こんなカーブの真ん中じゃ後続車が突っ込んでくるかもしれない。バスのどこかに三角表示盤があるかもしれないけど場所が分からないなぁ。仕方がない、道路にでも立っているとしよう)

 そう思い立つと、傘を差しながら雄介は来た道を引き返した。カーブの入り口まで来ると、なんとなく道路のセンターラインの上に立った。

(後続車は来ていないみたいだな)

 そんなことを考えた刹那、世界が眩(まぶし)く明滅した。その直後、僕の視界は暗転し、意識は闇へと沈んでいく。僕は突然の雷に打たれ、絶命したのだ。






 僕の意識が不意に浮かび上がる。ふわふわとした浮遊感に包まれている。温水の中でプカプカと浮かんでいるような感じだが、どうやっても身体と外界との境界を感じることができない。身体が溶けてしまったみたいだ。

(ここはどこだろう?)

 まどろみの中で一体どれだけの時間を過ごしただろうか。もしかしたら一瞬かもしれないし、永遠かもしれない。そんな時、世界は突如として開けた。ぼんやりする視界が目の前に開かれた。

「あら、起きてしまいましたよ」

「ふむ。これは悪いことをしたな」

 目の前には、こちらを覗き込む金髪の男性と薄いブラウン色の髪をした女性がいた。男性は威厳あふれる御仁で、どこぞの国王のような風体である。口元に蓄えた髭をだらしなく下げて、こちらを笑いながら見ている。もう一人の女性はこれまたとびっきりの美人で、中世ヨーロッパの女性が着るような薄い水色のドレスに身を包みながら、僕に笑顔を向けている。

(僕は死んだんじゃないのか?)

 状況がわからず、混乱している僕をよそに二人は笑顔で僕の顔を覗き込んでいる。

(一体、何が起きているんだ?)

 目の前の美人が混乱している僕をあやす様に抱き上げると睡魔が込み上げてくる。いつしか僕の意識は再びまどろみの中へと落ちていった。






 現状を顧(かえり)みるに、僕はどうやらこの中世ヨーロッパ風の世界に転生したらしい。なぜ、過去の記憶があるのかわからないが、あるのだから仕方ない。

 先ほどの金髪の男性は父親のアルフォンス・ド・ヴィルトール伯爵。ここヴィルトール伯爵領の領主様というから驚きである。そう、この世界には貴族様がいらっしゃるのだ。未だに、ヨーロッパの国には飾りだけの爵位があるようだが、現代日本に住んでいた僕には理解できない感覚だ。
 ブラウン色の髪の女性は母のミネルバ。父であるヴィルトール伯爵の第二夫人らしく、若くて美人であることから父アルフォンスの寵愛を受けている。どうやらこの世界は一夫多妻制らしい。

 そんな、両親から生まれた僕はシリウス・ド・ヴィルトール。髪の毛は父親と同じく金色であるが、顔立ちは美人な母親に似てどちらかというと女の子のようだ。第二夫人の子どもなのでヴィルトール領の跡継ぎには原則としてなれない。しかし、僕はあまり気にしていない。

 僕が意識を取り戻したのは1歳を少し超えた頃だった。これは、赤ん坊の頃は脳が未発達なため自意識を認識できなったからだろうと予想している。この年になり、脳が成長したため自意識を認識できるようになったのだろう。

 しかし、子どもの頃の言語習得能力はすさまじい。周囲の人間は明らかに日本語とは異なる言語を喋っているのだが、目を覚ましたばかりなのに両親たちの会話の内容がなんとなく分かってしまうから驚きだ。無意識でも僕の脳は言語の習得に努めていてくれたらしい。睡眠学習とはまさにこのことだろう。まだ、口が上手く回らないから喋れないけど、これは時間の問題かな。

 両親や侍女の話を総合すると、ここはハルケギニアという大陸のトリステインという国らしい。また、この世界にはなんと魔法が存在する。地図を見たところその地理は生前のヨーロッパに近いので、ここは現代よりもはるか未来の世界かパラレルワールドと呼ばれる世界だろうと考えている。

 母親は治癒魔法に長けた水のメイジとして有名らしい。魔法で大勢の怪我や病気の治療をおこなってきたそうだ。また、魔法薬の調合も得意らしい。同じ医学を志す者として非常に興味がある。

(魔法を早く使ってみたい)

 そんな思いを抱きながら、僕は赤ん坊としての日々を穏やかに過ごしていた。

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