小説『魔法少女リリカルなのは〜ちょっと変わった魔導師達の物語〜』
作者:早乙女雄哉(小説家になろう版マイページ)

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第19話:残されたもの、喪ったもの、新たなるもの

―――聖王病院

Side シャマル

『こんにちは、ニュースステーションMです。本日は、先日起きた管理局襲撃事件についてのリポートです。こちらでは、現場のアマミキャスターと中継が繋がっております。アマミキャスター?』

『はい、アマミです。現場から、生中継でお伝えいたします。先日起きた、管理局地上本部襲撃事件。犯人は、管理局が極秘で雇っていたと思われる科学者、と言うセンが高く、事件後には、犯人と思われる人物からの犯行声明が……』

 そんなニュースが、部屋に備え付けられていたテレビから聞こえてきていました。私はベッドから上半身を起こしたまま、隣のベッドで眠るザフィーラを撫でながら、そのニュースを見ていました。
 昨日起きてしまった、管理局襲撃事件が起きた翌日。六課の防衛に専念していた私たちは、襲撃があった後、すぐに病院に運ばれました。幸い、極端に大きな怪我をした隊員は少なく、私とザフィーラを含めた殆どの隊員が、遅くても一週間後には仕事に復帰できるそうです。現場で指揮をしていたエイラさんや、応援に来てくれたエリーゼちゃんが掛けてくれた高位治癒魔法が効いてくれたようで、私は明日にでも退院できそうな勢い、らしいです。

「―――はぁ」

 でも、ため息は尽きません。昨日の事件で喪ったものは、あまりにも大きすぎました。
 一つは、私たちの隊舎。本部の方は、私たちの力で何とかなりましたが、居住区画はほぼ全滅。どうやっても、これからのことを考えるとどうにもならないような感じになってしまいました。はやてちゃんが、これからの本部としてなりえる場所を探して、今までの自分の力をフル活用しつつ、クロノ提督やヴェロッサ査察官をアテにしているようです。
 そして、ギンガの誘拐。事件の少し前に六課に合流してきた、スバルのお姉さんは、戦闘機人との戦いで負傷、拉致されてしまいました。そして、その現場を見たスバルが『覚醒』して、負傷してしまったようです。現場には、ティアナとなのはちゃんがいたみたいなのですが、焦りのあまり先行しすぎたスバルを、私たちが止められなかったと、ティアナは嘆いていました。
 そして、私にとって、一番大きな『喪った人』。それは、アヤネさんでした。はやてちゃんが、108のゲンヤさんから預かってきた非常勤の教導官。教導官のくせに地球とミッドの両方で使える医師免許を取得している変わり種で、仕事のない時はいつも医務室に来てお茶を入れてくれた優しい人。医務室にいるときはのんびりしているのに、教導中やお仕事中はとっても冷静に物事を捕らえて的確に指示を出せるしっかりした人。そして―――私が唯一、『本当の恋心かも知れない感情』を抱いた人。
 何時私が、彼にその感情を抱いていたのかは、私にだって分かりません。でも、あの人と一緒に医務室でおしゃべりしているとき、医療関係のまじめな話をしているとき、自分の訓練で無茶しているなのはちゃんを、二人がかりでお説教しているとき、訓練中の様子を、一つずつ丁寧に解説しているとき、お仕事中でも、プライベートでも、彼との時間は、私にとってとてもかけがえのない時間でした。
 だから、私は彼に『恋』したのかも知れません。『闇の書の人格プログラム』だった私は、いつの間にか『人としての感情の関わり合い』を、心の深いところで求めていたのかもしれません。だから、私は、何年ぶりかに再会できた青年に、恋したのかも知れません。

「だったら、私はこんな所で挫けていられないわね………あら?」

 小さく握り拳を作った私は、ベッドのテーブルからひらりと落ちた一枚の手紙に気がつきました。薄紅色に染まった袋を拾って封を開けると、中から四つ折りにされた赤と緑のラインが組み合わさった綺麗な便せんが出てきました。

「これって……!?」

 私はその手紙を一目見て、一行読んだときには既に瞳から大粒の涙を流して、ベッドに伏せて泣いてしまっていました。

『シャマル先生へ

 本来なら、今から伝える言葉は面と向かって言わなければならない言葉です。しかし、この手紙を読んでいると言うことは、この場に、この世界から既に姿を消してしまった後だと思います。なので、この手紙を残すことにしました。

 私は、六年前にあなたに助けて貰ったこと、あなたに助けて貰い、あの時消えるはずだった命が、この日まで繋がったことを、深く感謝しています。あの時あなたに助けられなければ、きっとあなたと会うことすら叶わなかったのでしょう。しかし、あなたに助けられたことにより、私は前線魔導師として、一人の医者として、世界を相手に戦おうと決意したのです。

 そして、108のナカジマ三佐から異動の通達を受けたとき、本当に嬉しかったです。例え忘れられていても、もう一度あなたにあって、ありがとうと一言言えさえすれば、よかったのです。しかし、あの時あなたに助けられたとき、私はあなたのことを好きになってしまったのです。必死にどこの魔導師か調べて、夜天の書の騎士だと言うことを知ったときには、私は絶対に魔導師になってあなたと肩を並べて戦いたい、そう思ったのです。

 さて、そろそろ勿体ぶるのは止めて、本題に入ります。

 シャマル先生、あなたのことが好きです。世界で一番に、愛しています。

 もう会えないでしょう。私はもうその世界にはいません。しかし、あなたに残した逆刃刀は、自分の魂を、魔力を、自己の限界まで注ぎ込んだ業物です。あなたを傷つけるものは、容赦なく斬り伏せ、あなたが守りたいと思う人を、助けてくれることでしょう。

 だから、シャマル先生。いや、シャマルさん。どうか、私がいなくなっても、悲しまないでください。私は、今この時私がいる場所から、あなたのことを見守っています。

 最後にもう一度。シャマルさん。あなたのことを、世界で一番愛しています

 さようなら、は言わないことにしています。なので、またいつか会いましょう

 煉条(れんじょう)彪音(あやね)

Side シャマル END


―――管理局本局

「本当に大丈夫なんですか?明らかに大丈夫じゃないように見えるんですけど?」
「お前もそれを言うのか。本当に大丈夫だと言っているだろう?」

 本局の廊下を、トーリはダンプの座った車いすを押しながら歩いていた。ちなみにトーリは、殆ど怪我をしていない。それもそのはずだろう。トーリはなのはに言いつけられ、襲撃事件の時はひたすら地上部隊との連携を滞りなくするために、地下には潜っておらず、地上本部の正面でガジェットとやり合っていたのだ。訓練の時とは比にならないくらいの疲労や、魔力の激減による衰弱はあったものの、日常活動には支障ない程度だ。しかし、今トーリが押している車いすに座っているダンプは、明らかに『大丈夫』というレベルの負傷ではないのだ。
 胸部への大きな斬傷を主にした多くの怪我。切り傷などは縫ってしまったため、もう傷は殆どふさがっているものの、『安静が必要』という医師からの通達で、このように車いす生活をしているのだ。
 しかし、その中でも致命的なのは、彼の整った端正な顔の左側に付いた大きな傷跡。このせいで眼球が傷ついてしまい、左目は失明。彼の両眼の半分には、もう光が届かない状態になってしまったのだ。今現在のミッドの医療技術ならば、再び光を取り戻すことは可能なのだが、ダンプはそれをかたくなに拒否した。その理由は、「痛みを一生忘れたくないから」という理由だった。

「というか、トーリ。お前もよく無事だったな」
「えぇ。あの時は、移動前の部隊の皆さんが救援に来てくれて、何とか事なきを得ました。六課の隊舎も、ロングアーチの機能は殆どダウンして使い物にならないそうですが、アヤネ教導官の尽力があって、破壊は免れましたし……」

 そう言いながら、トーリの表情は一気に暗くなる。シャマルからアヤネの訃報を聞いていたトーリは、彼が死を以てして守り抜いた事に、何かしら思うところがあるのだろう。もしも、もっと自分たちがあの場所を切り抜けていたら、アヤネさんが亡くなることはなかった。しかし、そんな『たられば』を言っていても仕方ないことくらい、今の彼らは知っている。だからこそ、今彼らは『彼』が収容されているこの管理局本局に来ているのだ。
 本局の廊下を、ダンプの座った車いすを押しながら歩いていると、見知った顔が二つ、自分たちの方へと歩いてきていた。飄々としていても爽やかな顔立ちの青年と、我らが部隊長、八神はやての二人だった。青年の方は、トーリ達二人はやはり覚えがあった。聖王教会所属の騎士、カリム=グラシアの義弟であり、管理局内でも有名な『サボり癖のある敏腕査察官』ヴェロッサ=アコースである。
 二人の顔が認識できたとき、トーリ達は足を止めて敬礼する。本局、と言う緊張感溢れる場所においては、いくらいつでも軽い性格で周りを明るくしていたダンプですらある程度は緊張するようで、いつもより敬礼の感じが堅くなっていた。

「ふふっ、そんな堅くならんでえ〜よ二人とも」
「そうだよ、トーリ、ダンプ」
「そうですか……それでは」
「いつも通りにさせていただきますね、八神部隊長、アコース査察官」

 四人がそれぞれ挨拶すると、ダンプがいち早くはやてとヴェロッサに聞いた。何でここに来ているのかと。たしかに、はやてはここに査問や何やらで来なくてはいけない、という理由がある。しかし、もう一人の飄々としている査察官、ヴェロッサがここに来ている理由が分からなかったのだ。もしもいつものサボり癖で、たまたま本局ではやてと会って雑談していた、と言うのであれば、即刻騎士カリムに連絡する、とダンプが少々脅し気味にそう伝えると、サボり査察官は「そんなんじゃないよ」と両手を出してアピールし始めた。

「ちょっと、この部隊長さんに頼まれごとを受けていてね。その頼まれごとについてだよ。ほら、そこを見てごらん?」

 そう言って指差された方向をダンプ達は見る。するとそこには、驚きの光景が広がっていた。
 彼らの目の前に広がったのは、改修されている次元航行艦だった。しかし、トーリ達が見ても明らかに型の古い艦船だと言うことが分かった。しかし、その形を見れば、その艦船が何という名前か、二人にはっきり分かっていた。

「伝説の次元航行艦、アースラ……!?」
「まさか……っ!?あの艦は、今年廃艦が決定していたはずだ。でも、ここにあると言うことは……まさか?」

 あなたの差し金ですか、と言うかのような目線で、ダンプははやてとヴェロッサの方を見る。その目線に気がついたのか、二人は少し戸惑ったような表情をしながら苦笑いをしていた。
 その後、はやての説明を聞いて二人は納得した。移動できる本部がこの先必要になってくるかも知れないと言うことから、クロノ提督やヴェロッサに頼み込んで少し前から廃艦寸前だったアースラを保管、改修、修理して貰っていたこと、今回の事件でロングアーチの殆どの機能がダウンしてしまったが、アースラのデータボックスに殆どコピーしてあったので何とか事なきを得たと言うこと、これからの本部としてアースラを使うことの許可が、先程ようやく下りたと言うこと。つまり、こういう事を考えて、彼女はアースラを保管して貰っていたのだ。

(まさに、部隊長の鏡だな)

 半ばダンプは感心しながら、四人は別れた。はやて達はこの後も会議があるらしく、少し急ぎ足で廊下を去っていった。それを見送ったトーリ達は、ゆっくりとした足取りで『彼』がいる病室へと向かう。
 その病室は、はやて達と話していた場所から離れていないところにあった。ナンバープレートの付けられていないその部屋のタグには、『緊急病室』の表示がされていた。
 トーリがその扉をノックする。しかし、二回、三回と繰り返しても中からの反応はなかった。

「寝ているんでしょうか?」
「だと思うぞ、多分な」

 そう言いながら、ダンプは再び扉をノックする。今回は、少し強めである。すると、ややあってから「どうぞ」という、少し気の沈んだ声が響いた。二人はその声を確認すると、引き戸にゆっくりと手を掛け、そのまま横にスライドさせる。音もなく開いた扉の向こうには、やはり彼がいた。

「よう、元気そうじゃないか。一時期は死にそうな表情していたからな」
「うっせーぞ、おっさん」
「なぁ!?確かに、年齢的には既におっさんだがなぁ、そう言うことは面と向かって言ってはならないと、親御さんから言いつけられなかったのか!?」
「へ〜へ〜」

 口調はとげとげしいものがあるが、本当に怒っているようには見えないその優しげな表情。見覚えのある色の髪のロングヘアーに手入れは怠っていないのか、女性ばりの艶やかさを保っている。その髪の色は、ティアナと同じ『オレンジ』。
 ティーノ=ランスター。今のところ『自称』であるが、ティアナの兄と言っている人物が、今彼らの目の前にいた。



―――クラナガン・パラディメント本社・試験使用スペース

 ガツン、と言う鈍い撃鉄音と共に、なのはの目の前に用意された『60体』ものターゲットが一瞬にして消滅した。そう、消滅である。破壊や粉砕、ではなく、『消えて滅した』のである。
 その砲撃が放たれた砲門―――パラディメントの開発院により設計され、トーリによって完成され、彼の母であるレイカによって調整された、なのは専用の支援武装XS−002『launcher』、なのはによって名付けられた固有名『アサルトランチャー』からは、桃色の余剰魔力が硝煙のようにゆらゆらと揺らめいていた。

(流石です、マスター。これほどピーキーな支援武装にこの短時間で慣れてしまわれたのですね?)
「にゃはは、慣れた、と言うよりも、レイジングハートが調整してくれているからだよ」

 そして、このランチャーの形状は、トーリが予定していた形からはだいぶかけ離れたものとなっていた。腰の付近に装備されるに砲門、と言うトーリの予定形状からだいぶ変更され、最終的に決定した形状は、いつぞや戦った戦闘機人が装備していたような砲門。カラーリングは白地に青というなのはのパーソナルカラーというべき二色のツートンカラーで、両サイドには彼女の魔力光である桃色のワンポイントがなされている。その砲門が、なのはの相棒であるレイジングハートエクシードモードに変形、後に起動したランチャーの下腹部に装着。こうすることで、なのはが持っている『最後の切り札(ジョーカー)』を切る際、自身やデバイスへかかる負担をランチャーの方にも回せるのではないか、と言う目論見を行ったところ、実験上では見事に成功。結果、このような二機を合体させるような形になったのだ。
 しかし、合体させる、と言うことになったため、負荷は半分ほどになったものの、取り回しが非常に難しくなってしまったのだ。何せ、大きさが1,5倍になってしまったのだ。なのはがいくら歴戦の魔導師で、慣性制御も完璧にこなせるからといっても、さすがに1,5倍の大きさと重量になってしまったものを操るのはそれなりに苦労が見えるようで、彼女の額には珠のような汗が浮かんでいる。

「ふぅ、さすがに重いなぁ……よいしょっ……と」

 ガチャ、という音を立てながら、なのははもう一度レイジングハート+アサルトランチャーを構える。そして、正面にある目標に向かって、トリガーを引く。
 一瞬の魔力収束の後、ダイナマイトがはじけるような爆音とともに砲撃が発射される。桃色と赤色蛍光灯が混ざったような色の砲撃がまっすぐ飛んでいき、目標であるターゲットをもれなく消滅させた。
 さすがに疲れたのか、なのははレイジングハートとアサルトランチャーの両方を待機状態に戻すと、そのまま試験使用スペースを抜ける。そこを抜けた痕に、最初に「お疲れ様」と言ってくれたのは、一緒に試験運用に来ていたフェイトだった。

「うん、フェイトちゃんの方も、今終わったの?」
「うん、滞りなくね。はやての方は先に終わってて、本局の方に出かけていったみたいだけどね」

 そんな会話をしながら、彼女たちはパラディメント本社の中を歩いていく。確かに、最近台頭し始めた魔導武装開発会社であって、本社自体はまだまだ小さい。しかし、小さいながらも設備などは一流会社に引けをとらないくらいの設備が揃っており、人材も豊富で、その殆どが将来を期待されるような開発者が揃っている、と言う情報を、先程試験運用中にスタッフの女性から聞いていた。何となく、その部分は六課に似ているなぁ、と言う感想を持ちながら、二人はスタッフに指示された場所へ向かっていた。
 その指示された場所に到着すると、彼女たちは少しだけ固まってしまった。当たり前であろう、彼女たちの目の前にある木製の大きな扉。他の部屋に比べて華美な装飾が施されたその扉。扉の少し上の方に付けられた日本風の表札には、『社長室』という、彼女たちにとっては少々まがまがしいにも程がある文字が躍っていた。
 その文字を見て、なのはの表情は硬く凍り付き、あまり見ない緊張の表情をしていた。彼女の隣にいるフェイトは、表情には出していないものの、足が僅かに震えていた。敏腕執務官といえど、流石に緊張するのだろう。

「じゃ、じゃぁ、入ろっか……?」
「そ、そうだね」

 声が震えるなのはをフォローするように、フェイトが先陣を切って扉をノックした。すると、ノックをしてからワンテンポ置いて「どうぞ〜」という滑らかで透き通るような女性の声が響いた。少し不思議な感じを覚えてから、フェイトとなのははゆっくりと扉を開ける。

「「失礼します」」
「うむ、わざわざ来てもらって済まなかったね。高町一等空尉、フェイト=テスタロッサ=ハラオウン執務官」

 なのはたちにあくまでも腰を低く構えているのは、黒髪の所々に銀色の髪が混ざり合ったいい年の男性。灰色のスーツに身を包んだ彼の正面にあるテーブルの上には、前にトーリが使っているのを見たノートパソコンと同じ形状の固有端末、そして、机の端に控えめに置かれた『社長兼開発部長』の文字。つまり彼が、この会社『パラディメント』のボスである―――

「おっと、私が君たちのことを知っていて、君たちが私のことを知らないのは話が進まないような気がするな……初めまして、私がパラディメントの社長兼開発部長、氷雨センリだ。息子がお世話になっているね」
「初めまして、秘書の氷雨レイカよ。社長の妻で、トーリの母です。息子がお世話になっています♪」
「は、はい。初めまして。高町なのは一等空尉です」
「初めまして、フェイト=テスタロッサ=ハラオウン執務官です」

 類を見ないほど緊張しているなのは達二人を見て、センリは「そこまで緊張しないでいいんだよ、はっはっはっ!」を呵々大笑し、パチンと指を鳴らす。するとどこから戸もなく四人掛けのテーブルと対面するようにソファがセッティングされ、そこに移動する。それを見たレイカが「あなたたちも座ってね。今お茶を入れるから」と言いながら一度部屋から出て行く。
 何がどうなっているのか把握し切れていない二人だが、センリに促されてソファに座る。すると間もなくしてほのかに香るよい香りと共にレイカが部屋に戻ってきた。彼女が持ってきたお盆の上には、四つのティーカップと小さなお皿にのったシュークリームが乗せられていた。

「お茶請けはこれでよかったかしら? 他にも色々あったんだけど……」
「いえ、お構いなく」
「何から何まで済みません」

 まだ緊張が解けないのか、硬い表情のままのなのは達二人。しかし、あまりにも柔らかいセンリとレイカの対応に、二人の緊張はゆっくりとほどけていっていた。
 話の準備が出来たのか、センリとレイカの二人がなのは達の正面に座る。すると、「君たちも食べてくれ。一応、君たちとの話のために買ってきたものだからね」と言いながら用意されたシュークリームを頬張る。その、何となく子供っぽいイメージを持たせるセンリの行動に少々驚いてから、小さく「いただきます」といってシュークリームを一口かじる。
 すると、なのは達二人は何となく懐かしい雰囲気、と言うか、懐かしい味を感じた。シュークリームの皮の焼き具合や、中のクリームの甘み、まさかと思いながらも「このシュークリームって」と思わずセンリに聞くと、彼は再び呵々大笑した。

「はっはっはっ。やはり、キミの家のシュークリームを買ってきて正解だったようだな、レイカ?」
「そうですね、センリさん。わざわざ遠出して買ってきた甲斐がありましたね」

 そんなことを話ながら、センリ達は微笑んだ。あっけにとられているなのは達は、その後に聞いたのだが、センリ達二人は転送ポートを経由してまでなのはの実家―――喫茶翠屋に通うほどの常連客らしく、今回もなのは達が武装の試験運用に来ると聞きつけて、わざわざ買いに行ったというのだ。
 ひとしきり世間話などを織り交ぜながら話を進め、唐突にセンリの表情が険しくなった。ここからが本番、と言うかのような彼の圧力に少し押されながら、なのは達はぐっと話を聞く体勢を整える。

「それでは、今後の話と行こうか。レイカ?」
「はい、センリさん」

 そう言いながら、レイカは右手を一振りし、自分の正面に大量のデータモニターを出現させる。そのデータをセンリは受け取りながら、話を始める。

「一応、我が社のXSシリーズ、高町一尉の『アサルトランチャー』、テスタロッサ執務官の『ブレードストライク』、八神二佐の『リバイバルリアライズ』の三機の試験運用と再調整は滞りなく終了した。よってこれより、三機を君たちに預けよう」
「はい」
「分かりました」

 そう言いながら、もう一度テーブルの上の紅茶をすするセンリ。一息ついてから、彼は再び険しい表情を浮かべてからモニターを移動させる。そのモニターは、今のミッドの現状をかなり事細かに記したモニターだった。

「そちらの被害状況などはこちらも把握しています。事前に八神二佐に状況報告を受けていたので、再調査するのはそこまで大変ではなかったしね」
「とはいえ、あの乱戦の中、六課を守れたことは大きい。それ故、喪ったものも大きいがな」

 そう言いながら、センリは少し俯きながら悲しげな表情を浮かべた。きっとそれは、アヤネのことを言っているのだろう。しかし、それをずるずると引き摺っていられないのは、なのは達が一番理解している。だからこそ、この事件を、レリックに関わるこの事件を解決しなくてはならないのだ。
 彼女たちの決意の表情を見て、センリの表情も変わった。何か、「腹をくくった」とも言うべき表情を見せてから彼は立ち上がると、部屋の片隅にある神棚に供えられていた赤い槍をもしたペンダントをとると、それをなのはに手渡す。

「あの、これは……?」
「これは、氷雨家に伝わる神霊デバイス『裂紅槍エリス』。元々は、トーリの兄、セイジが使っていたデバイスなのだがね。それを、トーリに渡してくれないか?お守りとして、彼を守ってくれるはずだ」
「トーリのことを、よろしくお願いします。あの子、何かを大変なことでも我慢して無茶する癖があるので……」

 ほぼ同時に頭を下げるセンリとレイカ。それに驚いて、なのは達二人は焦って「頑張ります」としか言えなかった。
 しかし、この後センリは、最後の任務となりそうなときには、必ず加勢してくれると言うことを約束してくれた。その言葉を聞いて、なのは達の表情がいくらか和らいでいたのを見て、センリ達の表情も軟らかいものとなっていた。

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