小説『魔法少女リリカルなのは〜ちょっと変わった魔導師達の物語〜』
作者:早乙女雄哉(小説家になろう版マイページ)

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第19話:最悪の展開


「おおぉぉぉぉぉっっ!」

 ダンプが叫びながら、左手の平に魔力弾を生成する。正面にいる少年の持つハルバードの穂先が、今まさに少年の下に倒れている若い魔導師に振り下ろされそうになっているのを、ダンプは見過ごせない。今年で36になる、もう若いとは言えない体に鞭打って更に加速する。
 もっと、もっと、もっと、もっと!!そう体に言い聞かせて、ブリッツアクションの加速力に拍車をかける。そのたびに、100メートルほど間合いのあった距離は一瞬で詰め終わり、ダンプの正面に少年の姿と巨大なハルバード、そして、絶望の表情に染まった青年の顔が瞳に映った。
 今、助けてやる。口の動きだけで倒れ伏せている青年に伝えると、左手に集中させた魔力弾をハルバードの柄の部分に押し当てる!

「バーストッ!」

 ダンプの叫びと共に魔力弾が爆発。周囲が砂煙に覆われる中、ダンプは倒れていた青年をドリアードに引っかけ回収。すぐさまブリッツアクションでまだ生きている魔導師達の場所へ戻る。

「ここは私が死守する。君たちは転移魔法で警備本部へ向かい、このことを報告してくれ」
「りょ、了解しました」

 隊長と思われる青年がそう言うと、彼の張った転移魔法がすぐさま発動し、傷ついた魔導師達は転移する。それを見届けたダンプは、ドリアードを構え直して砂煙に覆われた場所に集中する。
 あの一撃で倒せたとは思わない。そういうことを理解している彼は、ドリアードを振るい自分の正面に魔力スフィアを展開、弾幕精製の準備をする。その数、約30。なのはには到底及ばない数だが、それでもエースクラスの魔導師とでも言うべき圧縮率である。

「………全く。マントに砂が付いてしまったではないですか。どうしてくれるんですか?」

 何となくあどけなさを感じさせる声を周囲に響かせながら、砂煙が左右真っ二つに分断され、少年の姿があらわになる。身に纏ったマントには、巻き起こした砂煙による砂が多少付いているものの、騎士甲冑に傷はない。衝撃ダメージは通したと見ても、殆どダメージは負わせることは出来なかっただろう。

「キミか。この惨状を作り出した張本人は」
「そうですよ?一応、スカリエッティの頼み事ですからね。地上本部の防御を薄くしてくれって。ここまでやるつもりはなかったんですけど、このクズたちが必死に守るモンですから、つい調子に乗ってしまいましたよ」

 いやぁ、楽しかったですよ。弱い奴らが必死こいて守る様。それを見下しながら惨殺するのも、とっても楽しかったですよ。そう声高らかに言いながら大笑いする少年の姿に、ダンプは黙っていられなかった。
 こいつは、生かして帰してはいけない。絶対に捕まえなくては。そう心の中で呟いたダンプは、「大規模騒乱罪及び、殺人罪、傷害罪、その他諸々の現行犯で拘束させてもらう!」と叫ぶと、そのままドリアードを大きく振るい、生成した弾幕を解き放つ!
 ドババババッ、と言う轟音を立てながら、魔力弾30発は勢いよく少年に向けて放たれる。全て非殺傷設定にしてあるものの、その威力は折り紙付きだ。当たればただでは済まない。そんな強烈な弾丸が、超速で少年に向かっていく。
 しかし、少年はその弾幕を見て『ため息をついた』。そして、右手に持ったハルバードを生きよいよく横に薙いだ。
 そう、横に薙いだだけである。それだけで、彼を取り囲んでいた魔力弾30発、その全てが一瞬にして消え去った。

(なんだとっ!?いくら初歩の魔力弾であるフォトンシューターと言っても、威力はかなり高めのはず。それをいとも簡単に)

 嫌な予感がする。そう思って、その場で少しだけ、他人には感じ取れないであろう程小さく後退(あとずさ)る。ジリッと言う砂利の滑る音だけが、小さく周囲に響いた。
 その瞬間、少年がニヤリと笑ったと思うと、自分の足下の地面を爆発させ、突撃を開始した。爆発したように見えたのは、魔力を活用したブリッツアクションのせい。零から最高速(マックス)まで上げるなら、確かに効率的な加速方法だ。しかし、それにしても………

(速すぎるっ!)

 瞬間、ダンプの正面でがぎんッ、という鈍く響く金属音。それは、咄嗟に構えたドリアードと少年の持つ斧がぶつかり合った音。驚愕の表情で正面を見据えるダンプとは裏腹に、彼と対峙している少年は年相応の嬉々とした表情、そして、年齢に合わない『強烈な殺気』を瞳に宿していた。こいつは危険だ。ダンプの生き物としての本能が、脳内で警鐘を上げる中、鍔迫り合いの膠着状態にあった二人の間合いが突如はじけ飛び、爆風の勢いでダンプは一気に後退、地上本部の地下に駆け込む。対する吹き飛ばされた少年は、飛ばされた先でぐっとブレーキをかけてターン、すぐさま追撃に出る。
 今の爆発は、ダンプがドリアードに事前に仕掛けておいたバリアバーストだ。ただのバーストではなく、トーリに教えて貰った局所防御魔法をダンプ仕様にアレンジしたもので、バリアバーストとバインディングシールドを重ね掛けしている特注バージョンだ。防御性能もさることながら、バインディグからのバースト、と言う少々質の悪い連携が出来るようになっている。さきほどでも、局所防御魔法ダンプバージョンで少年を固定してから一歩先に離脱、後にバーストさせた。ダメージは確実に負っているはずなのに、騎士甲冑には傷一つ付いていなかった。

「くっ、防御性能と攻撃性能を特化させたら、普通移動性能はそこまで高くない、っていうのが、RPGの常識じゃなかったか?」

 そんな冗談を呟きながら、ダンプは時折後ろ目で少年の位置を確認しつつ、近くの地下道の入り口に向けて逃走。時折右手に魔力をため、浮遊式の魔力機雷をばらまくのだが、少年はそんなのお構いなしに機雷を蹴散らして追いかけてくる。装備もジャケットの重量も、確実にダンプのほうが軽く速いはずなのに、それと同じくらいの速度で追いかけてくる甲冑装備ハルバード使いの少年の脚力を信じられずにいた。
 しかし、ダンプは無鉄砲に地下を走り回っているわけではない。この地下は、クラナガンの真下にある、別名『迷宮区画』とも言われる広大な地下水路。その地下水路は、もちろん先日フォワードがレリック二つを回収した場所へと繋がっている。しかし、そこはその時の戦いで崩落してしまい、今は立ち入り禁止区画となっている。もちろん、ダンプが目指しているのはそこではない。
 右へ左へと曲がりながら、ダンプの目の前に一瞬白い光が走った。その光を目印に、ダンプは更に加速する。後ろにはもちろん少年が食いつくように追いかけてきている。しかし、ここならば絶対に地上に被害は出ない!

「ここなら、思い切り暴れられるだろ?」

 ぱちん、と言うダンプの指を鳴らす音と共に、二人がいる広く開けた場所が黄土色の結界空間に包まれる。それを見た少年は、フンと鼻を鳴らすと背中に背負っていた巨大なハルバードを抜き去ると、ぐるぐると空を切らせながら構える。その様は、年齢に相応しく無いはずなのにどことなく似合っていた。

「最初に名乗ってあげましょう。僕の名前はブライ=ドラーグ。今から、アンタを殺す騎士です」
「人殺しの騎士、ね。確かに、聞こえはちょっと良いがな。でも、お前のことは今ここで捕まえなくてはならない」

 そう言ってから、ダンプは小型化していたドリアードを展開し、構える。

「私の名前はダンプ=ストリーム。機動六課所属の、前線魔導師だ。行くぞ、少年!」

 ダンプが地面を蹴る。それを見たブライもほぼ同時に地面を蹴った。最初の一歩はダンプが早かったものの、加速までの時間はブライのほうが上だ。そのため、武装を振りかぶるのもブライが早い。でも、それを考慮して戦闘に戦略を組み込むのがダンプ=ストリームだ。
 何度も打ち合うダンプとブライ。攻撃を打ち合う度に火花が散り、暗いはずのその場所が昼間のように明るく照らされる。ただ一度あるか無いかという小さなチャンスを待つため、ダンプはひたすら耐えた。そして、そのチャンスが訪れた!
 ブライのハルバードが上段から振り下ろされる。それをダンプはドリアードで一度受け止めると、ハルバードの勢いを全く殺さずに攻撃を受け流して、逆にドリアードの勢いを全く止めずに振り下ろされたハルバードの刃とは全く反対側の思い切り叩く。もちろん、重力やら重量の関係で、ハルバードの凶刃はコンクリートの下に完全にめり込む。それとほぼ同時にハルバードを殴り飛ばし、ブライの手の届かない場所に吹っ飛ばす。
 その状況を見て、ブライは完全に行動停止(スタン)した。一瞬の膠着時間。その一瞬を逃すほど、ダンプは甘い性格をしていない。

「おぉぉぉぉ!!」

 振り下ろしたドリアードを小脇に挟み、遠心力を利用したスイングを見舞う。もちろん狙うは、ブライの腹部!
 苦い表情をしてから、ブライは体全体に防御魔法を展開する。瞬間ぶつかる双方の力が魔力スパークを巻き起こし、最低限の光源しかないはずの地下空間を真っ昼間のように明るく照らしていく。押し切れる、そうダンプが思い、よりいっそう力を加える、その時だった。

「甘いぞぉ、管理局ぅぅ!!」

 ブライの叫び声と共に、何かが弾けるようなバシュッという音が響き、その少し後にダンプの後頭部に鈍痛が走る。超重量の何かで思い切り殴られたような痛みと衝撃に眩みながら、ダンプは前にのめり込みそうになるのを抑えてたたらを踏み、一度後退する。
 一瞬だけダンプの上を通過した黒い影。次の瞬間には、じゃりぃんと言う金属音が響き、ブライの右手には、殴り飛ばしたはずのハルバードが握られていた。そして、そのハルバードの柄の部分には、魔力でコーティングされたピアノ線が巻き付けられていた。
 それを見て、ダンプは今何が起きたのかを察した。彼は元々ハルバードにピアノ線を繋げていたのだ。そして、近距離戦の他にもハルバードを振り回す中距離攻撃も………
 そう思った頃には、ダンプは弾き飛ばされたように後退していた。自分のいた場所にハルバードの刃が突き刺さる。そして、間髪せずにそのハルバードがぐいと持ち上がり、ブライの頭上で高速回転を始める。

「死ねぇぇ!!!」

 そして、次の瞬間には大きく回されたハルバードが飛んでくる。しかし、ダンプはその攻撃を最低限のステップで回避する。よく見れば発射の遅い砲撃魔法と同じだ。ならば、投げられたと同時にその斜線上からステップ移動すれば、回避するには造作ない。
 そう、次の攻撃が来ると思う前までは。

「………グハッ!」

 瞬間、自分の正面に舞い飛ぶ赤い液体。それが、ダンプ自身の血液だと理解するまで数秒を要してしまう。そんな短い秒数も、生死を争うこの戦いにとっては大きな隙となってしまう。
 そして、今ダンプが相対しているブライというハルバード使いの少年騎士も、その小さくて大きい隙を逃すような甘い性格ではなかった。
 投げたハルバードの勢いに乗っかって瞬間加速したブライは、ハルバードという特殊な武器の性質―――槍と斧の複合という特殊な面を使い、『槍』の部分でダンプの胸に斬撃を加えると、そのままハルバードを一瞬で反転させ、切り上げる。狙うのは、ダンプの首、動脈の部分!
 しかし、その狙いを悟ったかのようにダンプはその攻撃を、体を反らすだけで回避する。しかし、完全回避にはならなかったようで、その凶刃はダンプの三十代とは思えないほど端正な顔の、左側を浅く切り裂く。その斬撃は彼の左目を直撃し、彼の顔から赤い鮮血が吹き上がる。

「こ、のぉっ!」

 しかしダンプは怯まない。赤く染まった視界の中、手放さないドリアードで大上段からの打ち下ろしを見舞う。まさか反撃が来るとは思っていなかったブライは、完全に動きを停止した状態で、打撃は右肩への直撃。思わずたたらを踏み、二、三歩後退した後に一気に下がる。しかし、致命打とはならなかったようで、その表情には完全に余裕が混ざっていた。
 しかし、ダンプはそうもいかない。今までの撃ち合いで受けたダメージ総量は明らかに彼のほうが多く、致命打となりかねない一撃も受けている。このままではじり貧である事は目に見えている。
 しかし、ここで諦めるわけにはいかない。そう自分に喝を入れ直すと、定まらない視界で正面の少年をキッと睨み、右手に持った相棒(ドリアード)を握り直す。すると、非人格ストレージデバイスであるはずの相棒から、「よし、そのいきだ」と声をかけられたような気がして、フッと口元が緩んだ。何だ、緊張していただけじゃないか。そう自分のビビっていた心に言い聞かせる。すると、定まっていなかったはずの視界が急にクリアになったようか感覚を覚える。今まで何度かあって、しかし最近は全く感じえなかった、心地の良い加速感が彼の体を包み込み、感覚の一点まできゅっと絞られるような集束感を覚える。
 まだ、やれる。そう心で呟いたダンプは、やるタイミングはここしかないと思うや否や、正面の少年がギリギリ聞こえるかどうか、と言う声量で呟く。

「オーバードライブ、リミットリリース。アドバンスドモード」

 瞬間、ダンプを包み込む魔力の暴風。ゴウッ、っと言う音と共に周囲にばらまかれたコンクリートの破片が舞い散り、それら一つ一つが弾丸となってブライへ二次災害的攻撃として襲いかかる。しかし、ブライはそれを気にもせずにハルバードで蹴散らしていく。その時、ブライは見た。

「―――――――――さぁ、ここからが本番だ」

 姿や防具、ましてや彼の握っている武器一つとっても、何一つとして変化はない。しかし、彼の纏う覇気が、先程とは比べものにならないほど高まっていた。
 ブライは思わず後退った。しかし、すぐに表情を変えるとすぐさま召喚魔法陣を展開、設定されたようにガジェットの群が展開された魔法陣から湧出(ポップ)する。

「これほどのガジェットと、僕の実力。双方を合わせて、今のあなたの状態で僕たちを捕らえられると?」
「………何を言っている?今の私は―――」

 ダンプがドリアードの先端を先頭にいるガジェットに向ける。すると、一瞬で魔力が集束され、解放する。
 ドウッ、と言う砲撃が放たれた爆発音。ジェット噴射か、もしくは迫撃砲のような音が聞こえたと思ったら、既にガジェットは粉微塵に消え去っていた。その光景を見て、ブライは更に表情を歪める。

「鬼神を超えるぞ、茶坊主が。この程度の鉄屑、ましてや貴様など、歯牙にもかけずに蹴散らせる」
「は、ははっ。言いましたね管理局。僕を侮辱した罪は、重いですよぉぉ!!」

 怒りのたがが外れてしまったのか、ブライは鬼のような形相をしてダンプに突撃する。それをダンプは、今までよりいっそう冷静な―――冷徹な表情をして、彼の一撃を迎え撃った。

「ダンプ=ストリームと、愛杖ドリアード。目標を、消滅させる!」


―――機動六課前

 その場所は、地獄と化していた。
 数刻前に戦列を作り、大量のガジェットと善戦していた魔導師部隊は既に全滅。誰一人として死んでいる者は居ない者の、戦闘に再び参加できるような状態、体力の持ち主は、誰一人としていなかった。
 今戦闘に参加できているのは、最初から全力で飛ばしてガジェットを屠っているのにもかかわらず、今も人型ガジェット―――通称四型を鬼神のごとき勢いで斬り掛かっているアヤネ。彼の叩き漏らした一型、三型、四型を絶対領域で防御しつつ足止めしているエイラ。彼女が足止めしているガジェットを、ウルティマラティオ・へカート?改で撃ち抜いているエリーゼ。防御に徹しているシャマルとザフィーラ。この五人、もしくは四人と一体だけである。そんな彼らも、既に体力的に限界に近付いており、特に前線に出っぱなしのアヤネはそろそろ危険域に達していた。彼の回復役となっているシャマルは、そのことをしっかり理解していた。
 魔力の枯渇、体力の限界とそれに比例する集中力の低下。そのため、彼の体には最初よりも多くの傷が至る所に付いていた。左腕は既に潰され殆ど動かない。つまり、右腕だけで戦っているようなものである。

「このままじゃ………」

 シャマルが心配する中、彼女の視界に一瞬だけ緑色の閃光が走った。それにいち早く気がついたシャマルは、右手に付いたクラールヴィントに向けて叫ぶ。

「クラールヴィント、防いで!」

 ヤー、という機械的な音声の次には、緑色の閃光五条と対立するように、同じ色の防壁が空中に展開し、その閃光を防ぐ。その閃光の射手―――戦闘機人No.8『オットー』は、右手をかざしたままその防壁を見て感嘆の表情を浮かべる。

「流石は湖の騎士ですね。その状態で、僕のIS『レイストーム』をほぼ完璧に防ぎきるとは」
「こっちだって、だてにベルカの騎士じゃないのよ?」

 そう言いながらも、シャマルの表情は硬く険しい。この状況をいつまでも続けられるとは限らないし、第一こっちのほうが物量的に不利すぎる。個々ママだと、本当に全滅もあり得るのだ。
 どうする、どうすればいい。シャマルが必死になって頭を回転させる。防御しながらだと、意識が飛びそうなほどの重労働に体が崩れそうになる。しかし、ここでくじけてはいけない。自分たちがくじけてしまったら、主であり家族であるはやてたちの帰ってくる場所が失われてしまう。それだけは、阻止せねば。
 その時だった。前線にいたはずのアヤネがオットーとともに来ていた戦闘機人No,12『ディード』の二刀流に吹き飛ばされ、シャマルの近くに落下してくる。それに気を取られてしまい、一瞬だけ彼女が張った防壁が崩れそうになる。しかし、それを察してかエイラが絶対領域を上空へ展開。ディードのレイストームを防御する。

「アヤネの治療、お願いします!」
「解ったわ!」

 エイラの言葉にうなずくと、シャマルはすぐさま回復魔法をアヤネに掛ける。しかし、すでに彼の体はボロボロの状態。すぐに回復して、即時戦闘再開、というわけにはいかない状態だった。
 しかし、当の本人はそういうわけにもいかないようだった。右手に持った愛刀を杖代わりにして立ち上がると、サイドポケットに入れてある兵糧玉を口の中に放り込む。そのまま思いきり噛み砕くと、全身に魔力がいきわたる感覚が脳内を駆け巡る。それを止めようと、シャマルは彼の肩に手をおく。

「ちょっと、アヤネ君。今の状態じゃ………!?」
「大丈夫っすよ。あと一つだけ、切り札があります」

 そう言いながら、アヤネは動かない左の手のひらから一本の刀を取り出す。一度だけシャマルに見せたことのある、逆刃刀だ。それをシャマルに手渡すと、ゆっくりと前に進んでいく。それを止めようとしたシャマルに向かって、アヤネは背を向けたまま告げる。

「シャマル先生、その逆刃刀、お守り代わりに持っていてくれませんかね?」
「それって、どういう………?」

 シャマルが問い詰めようとした次の瞬間、アヤネの体を真っ赤な炎が包み込む。その炎を明るさにシャマルは思わず手をかざしてしまう。そのとき、彼女は思い出していた。数年前、とはいっても、はやてと自分たちが管理局に入局して間もない頃、彼女たちが請け負った事故現場での風景がフラッシュバックする。あの時助けた少年と、今目の前にいる青年が重なる。まさか、という思いを抱きながら、彼女は小さくつぶやいた。

「まさか、あの時の子なの………?」
「―――えぇ。あの時は、ありがとうございました。シャマル先生」

 そう言いながら、アヤネは生き残っている右手を真横に伸ばす。すると、彼を包み込んでいた炎が一点に収束し、ゆっくりと右手の中で形作っていく。
 形成されるのは一本の刀。柄は闇をそのままくりぬいてきたかのような、黒。そして、その刀身は炎のように、赤く染め上げられていた。

「………解放。目覚めよ、燃え盛る劫火(ヒノカグツチ)

 次の瞬間、アヤネの瞳と刀身に真っ赤な炎が灯る。まるで彼の闘志をそのまま宿したかのように赤く煌めき、そして彼の意志をそのまま転換させたかのように、悲しく揺れていた。
 燃え盛る刀を手に、彼はシャマルから遠ざかっていく。彼女は彼を止めようと声をかけるが、彼には届いていないようだった。彼女の制止の声は聞こえているはずなのに、意識的に無視してしまっているのは、彼の本心から来る思い、と言うものなのだろうか。
 右手に持った炎刀を中段に構え、左手は腰に下げた愛刀『凶月』の柄にそっと振れる。瞬間来る、一瞬の痛覚。それと共に、彼の肩からは大量の鮮血が噴き出した。
 一瞬何が起きたのか、それすらも分からなくなった周囲に者達を無視し、アヤネはゆっくりと呟いた。「絶技、鮮血回廊」と。

「今までありがとうな、凶月。さんざん無茶させて、悪かった」
(全くですよ。でも、本当に良いんですか?本当にし………)
「それ以上言うな。俺は、あの時死んでいたはずなんだ。救われたのは、本当にたまたまさ」

 そう言いながら、アヤネはガジェットと戦闘機人のほうへと進んでいく。ディードが四型と三型、一型に攻撃指令を飛ばし、エネルギー弾で攻撃させる。しかし、その攻撃はアヤネの纏った炎によってかき消され、直接攻撃を敢行してきた四型に対してはアヤネの持つ刀が直接制裁を下す。まさに一騎当千の攻撃である。

「くっ、このっ!」

 見かねたディードがツインブレイズで攻撃を開始、後方からオットーのレイストームの砲撃も飛んでくる。流石と言うべきコンビネーションで、その同時攻撃がアヤネを襲う。
 しかし、その攻撃をアヤネは左手に纏った『血色の鞭』で防ぎきってしまった。
 これが、アヤネの必殺であり最終奥義『絶技・鮮血回廊(ブラッディペイン)』。自己の血液を媒体に、その血を攻撃もしくは防御手段に用いる変幻自在の自己強化魔法。そして、『確実に術者を死に至らしめる最凶の魔法』である。
 その理由は、自己強化のために自分の血液を使う、と言うことである。弾丸程度ならほんの少量で済むのだが、このような『鞭』として使うのならば、そうも行かない。致死量を使わなければ使用できない量であるため、この後どうなるかは分かり切ったことだろう。
 この時、エイラとシャマルは理解したのだ。アヤネは、死ぬ気だと言うことを。
 シャマルの制止の声も、エイラの悲痛な叫びも、今のアヤネには通じていない。ただ彼を動かしているのは、ただ一つ。彼が助けられたときに誓った、たった一つの言葉だけ。

「俺は、―――だけは、絶対に、守ってみせるんだぁぁぁ!!!」

 アヤネの叫びと共に、爆炎と魔力の爆発がオットーとディードを襲う。勢いに呑まれた二人は一瞬で後方へ吹き飛ばされるが、重量のあるガジェットはその場に留まり、咆吼しているアヤネへと攻撃を敢行する。防御する気のないアヤネは、それらの攻撃をただひたすらに受け、そして………

「邪魔、ぁ、す、る、なあぁぁぁぁぁ!!!」

 右手に持った刀を、地面に向けて振り下ろす!ぎゃいぃぃん、という甲高い金属音と共に刀身に纏われた炎が地面を走る。炎に直撃されたガジェットは電気回路が一瞬でショート、一瞬で爆発し、鉄屑になっていく。
 そして、炎が一度凝縮し、終わったかと思われた、次の瞬間だった!

「弾けろぉぉぉぉ!!」

 凝縮した炎が、アヤネの構えた剣先から爆発。特大の火炎砲撃となって正面に奔った。直径半径五メートルはくだらない大きさの炎が地面を奔り、アスファルトを焦がして突き進み、飲み込まれていったガジェットは跡形もなく消滅してく。
 しかし、戦闘機人は難を逃れたようで、いつか見かけた召喚士の子供と共に空高く舞い上がっていた。完全に、逃げる気である。

「あ、待てっ………!」

 言うが早くシャマルが飛び上がり、捕縛魔法を発動させようとした………がそれよりも早く彼女の隣を赤い影が飛び出した。ものすごい疾風が彼女の横顔を吹き抜け、数メートル彼女は吹き飛ばされる。その先に見たのは、鬼の形相をして戦闘機人へと突撃していくアヤネの姿だった。右手には、もはや炎としか思えない刀を持ち、殆ど動かないはずのッ左手には血色の鞭がたなびいている。

「刺し違えても、お前らだけはッ!」

 炎刀を大上段に構え、自身の最高速を以てして戦闘機人二人に突撃していく。今までにない速度で突撃してきたせいか、二人は完璧に面食らって停止してしまっている。非殺傷設定とはいえ、当たればただでは済まない攻撃だ。それを、アヤネは奴らに叩き込んだ………はずだった。

「う………ゴハッ」

 直撃の手応えの前に感じた、腹部に感じる痛みと衝撃。何が起きたか分からないアヤネは、衝撃のあった場所を見てみると、そこには細い剣が自分の腹部を貫通していた。真っ赤に濡れた細剣が自分の腹部を貫き、剣先からは血液がぽたぽたと空中に垂れて行っていた。

「は〜い、ザンネ〜ンでした。アハハハッ」

 彼の後ろから響く妖艶な声。それと共に、腹部に突き刺さった細剣は勢いよく抜かれる。瞬間、まるで噴水のように吹き出る大量の血液。どす黒い血で濡れた視界の中、まだ死ねないと知っているアヤネは、未だ煌々と煌めいている炎の瞳と刀の切っ先を、自分の正面にいる奴らに向けて構える。
 次の瞬間には、アヤネの体は緑色の閃光に包まれていた。オットーの放ったレイストームが彼の体を包み込む。

「言っただろう、刺し違えても、一太刀入れると」

 しかし、包み込む寸前で彼は砲撃を放っていた。万感の思いを込めた、本当に最後の砲撃。全ての魔力と、全ての想いと、全ての祈りを込めて放った、最初で最後の『禁断の切り札』を!

「完全解放、『神ノ焔』!!」

 瞬間、彼の体を包み込む赤い炎。そして………

「全て、消し飛べぇぇぇっっ!!!!」

 響いた声は『天破爆滅』。一瞬だけ煌めいた美しい『赤』は、次の瞬間には空間が焼け焦がす程の『紅』となり、全てを飲み込んだ。

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