『あれから何年も経っている。
きっと中は埃に満ているかもしれない』
少し目を伏せ、そんな風に思いながら扉を開いた。
ゆっくり視界を部屋に向ける。
『これは…』
乙の目に吸い込まれてきたものは、想像していたものとは違う景色だった。
あったはずのベッドは撤去れており、その代わりに木材で出来ているテーブルと椅子たちが所狭しと遠慮がちに並び、花瓶にはささやかに庭に咲いていた花がささっている。
この部屋で変わっていないもの・・・、それは小窓と間取りだけだった。
すっかり変わっているはずなのに、何故か乙はこの部屋に温かさを感じた。
一歩一歩静かに侵入すると花の香りと人の体温にも似た部屋の温もり。
一つ椅子を取ると窓際に置き、腰を下ろすと脚を組みボーッと外を眺めている。
完全に締め切れていなかったドアが静かに開いた。
華奢な人影が姿をのぞかせた事に乙は気付かなかった。
「きゃ…」
小さく鳴いたその声にやっと人影に気が付いて目を向けた。
「あ…ごめん」
「い、ぃぇ…。あ・あの…」
「少しここにいていいかな…?
仕事の邪魔はしないから…」
いつもと違い静かに言うと、また窓の外に目を向けた。
「は・はい…」
華奢なメイドはテーブルに裁縫道具を置き、持ってきた繕い物をその脇に置くと針に糸を通し、静かに作業を始めた。
何を話すわけでもなく個々の時間が過ぎる。
不意に乙が外を眺めたまま口を開いた。
「…君、名前は…?」
「…ぁ…、…み・水風 舞緋流[ミズカゼ マヒル]…です…」
「…そぅ」
リストにあった名前だというのに、特に気にも止めず気のない返答をする。
室内の時計がメトロノームのように部屋に響く。
一秒…また一秒…
重くレトロな音を奏で時を刻んでいる。
「そっち…行っていいか?」
「は・はぃ…」
静かに椅子を持ち上げ、舞緋流の直角に当たる横に座り直す。
テーブルに片肘を付き大人しく舞緋流の作業を見ている。
しかし、舞緋流がこちらを見ることはなかった。
「…この部屋だけ雰囲気が違うと思わないのか?」
「…はぃ。何でも久しく使われていなかったとか…」
「ああ…何で今頃、この部屋が使われているか解るか?」
「…本来なら壊されるはずの部屋だったそうです。
…ですが、この家にとっては、いずれ帰る人を待つ、かけがえのない大切なお部屋だとメイド長から伺っております…」
「…そうか…」