小説『アールグレイの昼下がり』
作者:silence(Ameba)

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【水風 舞緋流 [ミズカゼ マヒル] 】



赤梨 留奈は手に入れられなかったものの、聖慈の成長を目にして少し満足だった。

『小さな子供にあれは酷だっただろうか…』

少し罪悪感に苛まれながらも聖慈の言葉を思い出す。

(「留奈は僕のメイドだ!!
どんな事があったって僕が守ってあげるんだ!!!
姉様なんかに渡さない!!!!」
)

『追い詰められていたとはいえ、まだあんなに小さいのに、あの威圧感の中で俺に啖呵を切った…。
あれなら、あいつの…
月影の主の冷酷な手段にも…』

月影家は男児に恵まれなかった。
そのおかげで乙は、幼い頃より父親のエゴにより月影の一男として育てられた。
今の聖慈と同じようなハードな英才教育のスケジュールをこなし、ダンスもエスコートも全て男役としての厳しい教育だった。

女のエスコートの仕方…
女の口説き方…
挙げ句の果ては女の抱き方までも教育された。

それでも…
あの日までは幸せだった。



母親が生きていた…
──あの日までは…

『…ここは…』

気が付けば、ある部屋の前まで来ていた。



───懲罰房。

ドアにそっと触れる。
小さな時の記憶がよみがえる。

幼少の頃、父親の英才教育はこの上なく厳しく常に完璧を求められ、学業やレッスンが遅れたり上手くこなせない時、乙はよくこの部屋に閉じ込められた。

そんな時でも、いつも母親は優しく懲罰房へ覗きに来ては乙が眠りに着くまでそばにいて頭を撫でてくれていた。
元々、体が弱く聖慈を産んで、すぐに身体を壊し、この世を去ってしまった。

「母さん…」

そんな時でも父親は、涙を流すどころか顔色一つ変えず仕事に明け暮れていた。

「…くっ!!」

母の葬儀後、悲しみに暮れた乙はすでに使われなくなったこの懲罰房に母親との温もりの詰まった思い出を求め、1人でよく足を運ぶようになっていた。
殺風景でベッドしかない部屋。

躊躇いながらもドアノブに手を伸ばし、ゆっくり回す。

「…開いて…る」


カチャリ…


ゆっくりドアが開いていく…。

昔の幻影が頭をよぎっては消えて行き、よぎっては消えた。

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