小説『アールグレイの昼下がり』
作者:silence(Ameba)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

母親が最後に乙に渡した鍵。

「乙様に渡すよう言われました」
「…」

そういうと舞緋流は、また仕事を再開する。
光が射しているせいか、舞緋流の顔が母親と重なって見える。

「舞緋流」
「はい?」
「…この鍵は、もうしばらく持っていてくれないか?」
「かしこまりました。
私…この部屋が意外と気に入っていましたから」
「そうか」

舞緋流は少し不思議そうに答えた。
鈍い光が乙をまたセピア色の世界へと誘う。
また2人の間に沈黙が流れる。
メトロノームの秒針は部屋に響いていた。

どのくらい時間が経ったのだろうか。
舞緋流が仕事を終え、乙に目をやると乙は目を閉じ眠りに着いていた。
鍵に手を伸ばした時だった。
ポツリと木のテーブルに水の欠けらが落ちる。

「……!」

花瓶からの水滴かと思いきや、それは乙自身から零れた分身だった。

「…乙様?」

恐る恐る…ためらいながら乙の髪に触れてみた。
サラサラの髪…。
少しだけ撫でるように手を滑らせる。
人の温もりに気が付き、乙は微かに眼を開いた。
ハッとしてパッと手を離す。

「申し訳ありません!!」
「…かまわなぃ…」

ボーッとする中、舞緋流の手を力なく取り懐かしむように舞緋流の指に軽く唇を当てると、また眠りに着いた。

乙が目を覚ますと、日の光は沈みかけ夕刻を告げていた。
部屋には既に誰もおらず、部屋も綺麗に片付けられており入って来たときと何も変わらない。
乙の肩には、舞緋流が掛けていたであろう膝掛が掛けられていた。

「…夢でも見ていたのか…?」

椅子から立ち上がるとパサッと膝掛けが落ちる。
落ちた膝掛を手に取った。
あの舞緋流の眼差しがよぎった。

「舞緋流…?
夢じゃなかった…のか…」

不思議な感覚だった。
確かにそこに居たのかもしれない舞緋流の存在は、おぼろ気で本当に居たのかすら解らなくなる。



部屋に戻っても、その感覚は抜けなかった。
ナイトキャップティーを片手にティーカップの紅茶を眺めてボーッとしている。

「乙様?」

瀾の声にハッとする。
仕事後にナイトキャップティーに誘っていたのだった。

「あ、ああ」
「どうかされました?」
「いや、何でもないよ♪」
「あの…どうして私をお茶に誘ってくれたんですか?」
「ただ、瀾と一緒にお茶を飲みたかっただけだ。
それとも理由が欲しいのか?」

カップを置くと瀾を抱き寄せキスを交わした。

「これが理由じゃ不満?」
「…ぃぇ…///」

-31-
Copyright ©silence All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える