――次の日。
朝食を終え、針子部屋へ行くと鍵がかかっていた。
冷たく閉ざされた扉にフッと目を伏せた。
本当は、幻だったのかもしれない。
そんな風にすら感じる。
乙は屋敷をあてもなく徘徊した。
書室や庭、中庭やメイドの休憩室など、メイドが居そうな所は全てのぞいた。
だが自分の捜すものは見当たらなかった。
──瀾は、昨日の余韻に浸りながら楽しそうに仕事を楽しんでいた。
乙がティータイムに呼んでくれた事が、まだ信じられなくて。
洗濯物を運んでいる時にふと、乙を見かけた。
しかし何処か寂しげな表情をしていた。
『…乙様?』
その後も何度か乙を見かけたが、その度にフッと一瞬、物悲しい表情を見せた。
休憩室で休んでいる時も乙が顔を覗かせた。
辺りを見渡すとフッと目を伏せ出ていく。
『…また…あの表情…』
トクン…胸の秒針が微かに鳴る。
カタッと席を立ちあがった。
「瀾、どうされましたの?」
「ちょっとおトイレに」
瀾が休憩室を出ると意外と近くに乙がいた。
何となく虚ろに物悲しそうに窓を見ている。
そっと声をかけた。
「乙様、どうかされましたか?」
「…瀾」
「お加減でも…」
瀾が心配そうに何となく手を伸ばした時…
「…!!」
何かの気配に気付き、パッと瀾の手を払い、身を反らした。
その瞬間、瀾はまるで刻が停まったのように感じた。
『…きの…と…さま…?』
何かを拒絶するような…
それでいて哀しく…
寂しく…
冷たい温もりの手…
「…ぁ」
瀾が悲しそうにスッと手をひくと、乙はハッと我に返った。
「申し訳ありません…。
…差し出がましい事を…」
「…あ…いや…」
乙は、少し罰が悪そうに目を伏せると、瀾も少し俯いた。
「何でもないんだ…」
物悲しそうに乙がスッと瀾を横切るようにすれ違う瞬間、時が停まるように瀾の胸にはドクンと大きく確かに何が鳴った。
乙が瀾をすぎると同時に胸を捕まれるような痛みにハッと顔を上げると涙が一粒流れた…。
完全に乙がその場を後にすると自分を抱き締めるように覆い、胸の痛みにふるえた。
『───乙様…ッ…』
瀾の瞳には哀しく…
胸の痛みに顔を歪め、涙が溜まっていく。