小説『アールグレイの昼下がり』
作者:silence(Ameba)

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【距離感】


屋敷に着き、各自が部屋や持ち場に戻る。
乙も戻ろうとすると留奈に呼び止められた。

「乙様、今日は本当にありがとうございました」
「ああ、また機会があったら行こうな」
「はい♪」

と、深々と礼を言うと、持ち場に戻るためその場をあとにした。
乙も部屋へ戻るため向きを変えると目の前に野中 瀾がカートを押し立っていた。

しばらく目が合う。
フッと少し辛そうな顔をすると、俯き早足に乙の脇を通り過ぎようとする。
不意に、腕をつかみ瀾の動きを止める。

「!!」
「…お茶を持ってきてくれないか」
「ぁ…あの私、仕事が、残ってますから…」
「…ほぅ?主人の頼み事より大切な仕事なのか?」
「……失礼します…」

乙の手を振り払うと一礼をし、サクサクと歩いていった。
フッと鼻でため息をつくと乙も部屋へ向かって歩いていった。

仕方なく、内線でお茶を頼のもうと電話をかけると、これまた偶然にも相手は瀾だった。

「お茶を頼」

ガチャ…プー…プー…プー。

「………」

切られてしまった。
もう一度かける。
今度は、違うメイドが出た。

「おい、さっきお茶を頼もうとしたら切られてしまったんだが?」
「え!?本当ですか!!
た、大変申し訳ありません!!」
「そいつの顔を見てみたい。
ついでにお茶を持って来させろ」
「あ、あの…!!」
「頼んだぞ」

そういうと有無を言わさず電話を切った。

『そういえば、聖慈が手紙が来ていたと言っていたな』

机を見ると、一通の手紙が乗っていた。
蝋で封がしてある。
まさしく雛羽の伯父からだった。
手紙に目を通していると、ノックが鳴る。

「入れ」
「…失礼します…」

カチャリとドアが開き、瀾がティーセットが乗っているカートを押してくる。

「フゥ…やっぱりお前か」
「……」

パサッと手紙を机に投げると、ソファーに脚を組んで座る。
乙は、静かに少し冷たく口を開いた。

「…聞かせてもらおうか?」
「……」
「何故、電話を切ったんだ?」
「……」

瀾は俯きひたすら黙っている。

「黙っていたら解らない」
「……」

はぁっとため息をつくと、席を立ち俯いている瀾の顎に手を添え、顔をあげさせる。

「仮にもお前は、この家に使えているメイドだ。
仕事はきっちりしてもらわなければ困る」
「…申し訳ありません…」

目を逸らし、詫び入れたが乙を視界に入れる事を拒んだ。

「俺が見れないのか?」
「……」
「そんなに俺といるのが嫌か?」
「!!」

クイッと瀾を抱き寄せる。

トクン・トクン・トクン…


目を逸らしながらも瀾の鼓動は、乙にハッキリ伝わるほど、高鳴っているのが解る。

「いや…!!」


ドン…!!


不意に瀾が、乙を両手で突き飛ばすように突っぱねた。

『…ほほぅ…』

さすがに乙もイラッとすると、静かに冷たく口を開いた。

「もう下がっていい」
「…失礼します」

一礼をすると、瀾は部屋をあとにした。

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