小説『アールグレイの昼下がり』
作者:silence(Ameba)

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メモを片手にサクサクと買い物を済ませる。
時計を見るとバスの時間まで、まだ時間があった。
バス停の近くには雑貨屋と喫茶店が見える。

「皆、ここで時間をつぶしているんだぁ。
ちょっとだけ見ていこうかなぁ」

新人ゆえ覚えることも多く、休日もあまり外に出ることがなかった瀾にとっては、小さな安らぎのひとときだった。

雑貨屋に入ると、そこは少し落ち着いた店内でオルゴールのBGMが流れている。

「わぁ…、素敵な場所♪」

お洒落な手帳やクッション。
手頃な植物の栽培キッドにアクセサリーに食器。
ピアスホルダー、ちょっとしたインテリアまで、様々な物が並んでいる。
見ているだけでも、楽しくて時間を忘れてしまいそうだ。

「素敵…」

ふと、外を見るとバスがもう来ていた。

「あ!いつの間に!急がなきゃ!!」

あわてて店を出るとバスにギリギリで駆け込んだ。

「ふぅ…。危なかった…」

ホッと胸を撫で下ろすとヘナヘナと席についた。
外をボーッと眺めながらポツリとつぶやく。

「買い出し係かぁ…、
何だか病み付きになりそう♪」

降りるバス停に着きバスを降りて、少しばかり歩けば屋敷の正門だ。
こんな風に町を歩いたのは、いつ頃だっただろうか。
あの屋敷に奉公してから、まだ数ヶ月程度。
新しい就職先、沢山の新しく覚えなければいけないこと。
そして…。

めまぐるしく廻る毎日に、たったの短い間だというのに自分の中では何年も経っている気がする。
まるで散歩でもするように、ゆっくりと屋敷へ向かい歩いていく。

「それでさぁ…」
「ウッソー?信じらんない〜♪」

ふとすれ違う女の子達を横目で追っていく。
少し前まで自分もあの女の子達と同じ位置に居た。

今はメイドとして、あの屋敷にいる…。
少し見上げると小高い広い土地に大きな屋敷が見える。
あの頃、遠くからだだ見つめるだけの憧れていた、あのお屋敷が今の自分の家だ…。
フッとため息にも似た呼吸を付くと立ち止まる。

あそこには沢山のものがある。
楽しい事も嬉しい事も、そして…辛い事も…。

そんな風に浸っていると一台の黒塗りの車が真横に停まった。
車の中から怪しげな黒服の男達、2・3人が降りてくる。
一人が静かに口を開いた。

「野中 瀾さんですね?」
「!!!」

ただならぬ雰囲気に身の危険を感じ、後退る。
一人が合図をすると、黒服の男達は一斉に瀾を押さえ付ける。


ガサ…ドスン!!


手に持っていた荷物が地面に落ち、買い物の中身が散乱している。

「いや!!離して!!だ、誰か!!」
「叫んでも無駄ですよ」
「!!」

ニヤリと薄気味悪く笑うと車に引きずり込もうとする。
抵抗しながらも周りを見渡すと、誰も通りがかる様子もない。
先程すれ違った女の子達は、いつのまにか遠くの方で楽しそうに話ながら、こちらには気が付く気配すらなかった。

「いやぁ!!きゃあぁ!!!」
「少し静かにして頂きましょうか」

黒服の男は胸ポケットから小さなシルバーのケースを開け、瀾は不意に口元にハンカチが押しあてられる。

「んんっ!!」

ツンと頭痛を誘う激臭に意識が段々と薄れる中、小さく助けを求めるように精一杯言葉を口にする。

「…乙…さ・・ま…」

完全に意識がなくなると黒服の男は瀾を車に押し込め、携帯を発信した。

「完了致しました」
「……」
「かしこまりました。
直ちにそちらに運びます」

車は静かに発進し屋敷から遠ざかっていく。


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