──所変わってここは乙の部屋。
「何!?編入手続きを止められた!?」
「…はい、正確には暫く待ってくれと」
室内には、執事の今井と乙が難しい顔をしていた。
「どういう事だ?約束では明日からのはずだ。
何でギリギリの今頃になって…。
まさか親父か?」
「いえ、それは解りかねますが」
「すぐに調べろ!!」
「かしこまりました」
瀾が挨拶をするために乙の部屋へ向かいノックをしようとすると、ガチャリとドアが開き、スマートなりにも急ぎ気味に出てきた執事の今井と危うくぶつかりそうになる。
瀾は一歩横にズレると一礼をし、今井を送った。
中をそっと覗くと乙は、顎にそっと手を添え難しい顔で考え込んでいる。
ドアは開いているが、何となく遠慮がちにノックをすると少し顔を覗かせる。
「…乙・・様…?」
すると乙は瀾に気が付いた。
「お、瀾。…どうした?」
「あ…あの、ご挨拶に…」
「そうか。
…クス、そんな所で覗いてないで入ってくれば良いだろ?」
「は…はい」
瀾は、静かにドアを閉めると乙が座っている立派な机の前まで歩いてくると、少し恥ずかしそうに挨拶をした。
乙は頬笑ましそうに聞いている。
「本日付で、乙様のお世話役として仕えさせて頂きます。
野中 瀾です。
乙様の…あの…」
「…?」
「…えっ…と…」
瀾はパッと後ろを向くとコソコソと小さなメモを開く。
「…なんだ?カンペか?」
いつの間にか乙は席を立ち、瀾の後ろから覗きこんでいた。
「わぁあ!!
み、見ちゃダメです!!」
乙の方を向くと慌ててメモを後ろに隠した。
「クスクスクスクス…。
相変わらず、おっちょこちょいな所は変わらないんだな。
まぁ、会って1週間しか経っていないし、そこが瀾の面白い所だけどな♪」
「いや、これは…たまたま…!!」
乙は、慌てている瀾を抱き寄せると優しく口を開いた。
「堅苦しい挨拶なんかいらないだろう。
これで充分だ…♪」
「ん…///」
そう言うと軽くキスをした。
瀾は頬を赤く染め、俯いた。
「…こうすると瀾は急に大人しくなるんだよな?」
「…乙様の…意地悪…////」
急に瀾の頭には垂れた猫耳でも生えたように上目遣いに恥じらった。
瀾は、先程の執事・今井と乙の話が気になり、乙の腕の中で少し心配そうに口を開いた。
「乙様…聞いても良いですか?」
「どうした?」
「さっきの…あの…話…」
「ああ、本当は明日から編入するはずだったんだが、どうやらもう暫らく留まる事になりそうだ」
「…それって…」
「つまり、もう少し瀾と居れるって事になるな」
顔を曇らせた瀾に笑顔を向ける。
「乙様、困らないんですか?」
「別に?学校の編入の一つや二つ、どうという問題でもない」
「そうですか。良かった」
「心配してたのか?」
「少し…///」
「大丈夫だ」
乙は瀾の頭を撫でた。
「メイド服、まだ変わってないんだな」
「へ?」
「基本は変わらないんだが、主人付は少し違うはずだ。
赤梨 留奈なんかは確かそうだろ?
配布されなかったのか?」
「留奈は私達と同じメイド服ですけど・・・留奈はそうなんですか?」
「確か、聖慈の…アイツ、申請してないのか。
≪僕が守る≫と言ったわりには手緩い事をしているな…」
「え?」
「いや、こっちの話だ」
瀾が不思議そうな眼差しを向けているのをサラリと答えた。
瀾は暫らく乙の温もりに浸っていたが、ハッと思い出したように口を開いた。
「あ、乙様!
何かご用はありますか?」
「いや、今は特にないが」
「そうですか、それでは私は業務に戻りますので何かご用がありましたら遠慮なく、いつでもお呼び付け下さい」
「ああ。解った♪」
瀾は一礼をし、乙の部屋を後にする。
…っと言っても、ちょくちょく乙の部屋に来る事になるが。