【Dollオークション】
ある朝…静かな朝の光が差し込む中。
シュル…シュル…という音だけが響いていた。
焦げ茶色の髪がブラシの森を静かに流れていく。
透き通る様な肌に、ビー玉のように鈍く霞み光る瞳。
その柔らかな唇には桜のルージュがひかれた。
「…瀾…」
「………」
乙の声に反応する事もなく瀾の瞳は、その向こうの壁を見つめるだけ。
乙は、瀾の唇に最後のキスをした。
瀾にメイクアップを誰にも手伝わせる事無く施した。
もう二度と自分の意志で動く事のない瀾をしばらく見つめると、光の鈍い瞳にポツリと呟いた。
「ごめんな…」
「……」
それだけ言うと、乙は部屋を後にする。
開かれた別館の部屋のドアの外には今井が待っていた。
「もう…よろしいんですか?」
「…ああ。後は、よろしく頼む…」
「…かしこまりました」
今井は深々と一礼をすると乙を見送った。
乙が出ていった後、光を失い既に自由に動く事のない部屋の中の人形の瞳から雫が一滴ポタリとスカートの上に落ちた。
「…き…のと…さ…ま…」
ゼンマイの切れかかった人形のような表情に途切れ途切れに無意識に出た瀾の言葉に気が付くものは、誰もいなかった。
壊されてしまった瀾の表情は、乙の瞳に焼き付いて離れようとはしなかった。
別館からの長い道程を屋敷に向かい歩く。
部屋に戻ると、深いため息を吐いてソファーに座り込み天井を仰いだ。
『輝李はいつから日本に帰ってきていたんだ。
しかも屋敷に戻って来たのは数日前の一度きりのはず…
一体どうやって俺付きのメイドになった瀾の存在を知る事が出来たんだ…?』
そんな時、乙はフッと、ある事を思い出した。
「…8−(エイトアンダー)か…」
もしもリアレインがこちらに来た時に8−(エイトアンダー)だけではなく輝李も来ていたとしたら…?
そして編入先の妨害…。
あれがもし、輝李の仕業だったとしたら…?
「それなら調べても何の痕跡が出て来ないのも頷ける」
乙の中で、今までの不可思議な事が繋がり始めた。
── 一方、夜も更けた頃、とある屋敷のホールには明かりも少なく、仮面をつけた来客達がこれから行われるショーを待ちきれないかのように騒めいていた。
そんな来客を一瞬で静めたのは、ステージの一筋のライトだった。
「大変長らくお待たせいたしました。
ただ今よりDollオークションを始めます。
先ずはこちらになります!!」
仮面を着けた司会者が次々と紹介していく。
「さぁ、お待たせいたしました。
本日のメインDOLLをご紹介いたしましょう」
スポットライトが付きステージの左側が明るくなると、ソファーに横たわり薔薇のつたが身体を伝っている妖艶な少女が照らされた。
そう…、それは別館にいた、もう一人の少女だった。
「容姿は勿論の事、あらゆる快楽を調教され、どんな要望も受け入れられる完成品でごさいます。
…そして、もう一品」
司会の声に右側が照らされると、そこには大きな鳥籠の中で座った瀾が披露された。
2人の少女に思わず、観客からため息にも似た歓声があがる。
「こちらも容姿はさる事ながら純真無垢で経験も浅い、主の思いのままに色を染められる新作でございます。
要望を全て受け入れるDOLLか、
自分色に調教自在なDOLLか、
どちらも今回の目玉商品です!!
さぁ、Price!!」
司会者の声が止まると観客達は、一斉に落札のサインを送る。
2人のDOLLの好感度と値段は、ほぼ互角だった。
長きにわたる時を経て、やがて2人の落札が決まりDOLLオークションは閉会した。
「……」
会場の片隅にいた、まだ若々しいある貴婦人はDOLLオークションが閉会するのを見届けると観客が会場を後にする前に、席を立ち静かにブロンドの髪を揺らし会場を後にした。
瀾を落札したのは、名のある富豪の主人だった。
しかし、この主人はあまり良い噂をきいたことがない人物だった。
己の欲の為には金と手段に糸目を付けず、ずる賢く。
ちまたでは【ハイエナ男爵】と呼ばれていたのだった。
数日後…
瀾は、内々には内密にハイエナ男爵の屋敷に届けられた…。