小説『【完結】Cherry Blossom』
作者:bard(Minstrelsy)

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桜並木が、春の風に揺れている。まだ冷たい風に、蕾は固く閉じている。
その桜達の中で一際大きな桜の木。俺は、それを見上げながら彼女を待っている。
吐く息はまだ白い。それを風が掻き消していく。
腕時計を見る。もう来ても良い時間だ。いや、むしろ遅刻だ。
(先に行くか……)
自転車のペダルに足を掛けたとき、誰かがバタバタと走って来た。
「自転車パンクしたぁぁ〜」
情けない声で彼女が走ってくる。俺の所に辿り着く頃にはぜーぜーと肩で息をしていた。
何か言おうとしているのは解るが、息が切れて言葉になっていない。
「じゃあ先に行くから、お前後から走って来いよ」
そう言って、俺は彼女を置いて走り出した。
が、彼女が荷台を掴んだせいで危うく転びそうになる。
「……ンの野郎……」
彼女は何も言わず、俺に鞄を放り投げてきた。それだけで言いたい事が解る。
「生徒指導に見付かる前に降りろよ」
呆れ半分、諦め半分で俺はカゴに彼女の鞄も突っ込んだ。
彼女は嬉しそうに微笑むと荷台に座った。自転車が微かに軋む。
「お前、重くなったな」
「うるさい! 早く行かないと遅刻じゃないの!」
元はと言えば誰のせいだと言いたいのを堪え、俺は自転車を漕ぎ出す。
「しっかり掴まってろ。飛ばすからな」
緩い下り坂を、自転車は駆け抜けていく。
ぎゅっと彼女が俺のブレザーを掴んでいる。自転車のスピードと寒さのせいか、きつく掴んでいるのが解った。
春とは名ばかりの風の中、そこだけが少し暖かかった。


学校手前の曲がり角で彼女を降ろし、急いで校門を通り抜ける。遅刻だけは免れそうだ。
彼女も何とか間に合おうと必死で走っている。まぁ頑張れよ、と心の中で言い置いて俺は先に教室に入った。
「今日も仲良く登校かーい?」
べし、と後頭部を叩きながら友人がからかってくる。
「やかましい。そんなんじゃねぇって言ってんだろ」
「いやいやいや、別にどういう仲とも何とも言ってないのにねぇ」
「図星? ひょっとして直球ど真ん中ストレート?」
「はっはっは、照れるでない照れるでない。良いではないか良いではないか」
「うるせぇよ」
ぐりぐりとヘッドロックをかけられた俺を見て、他の友人達も笑う。
俺にとって彼女は「彼女」、つまり恋人ではない。単なる幼馴染みだ。
そういうと決まって連中は口を揃えて言う。
「普通、幼馴染みの女の子って彼氏彼女の関係になるもんだろ」
そして羨ましい奴だと言う。
明らかにその手のモノの読み過ぎだ。次いで言うと「幼馴染み」という存在に幻想を抱きすぎだ。
幼馴染みの仲が、いつのまにやら男女の仲に。よくあるシチュエーションだし、フィクションならばロマンチックに描かれがちだ。
彼女は「ただの」幼馴染みだ。しかも十年来くらいの長い付き合いになる。
お互いに居て当たり前。いつも一緒。だからこそ殴り合いの喧嘩もした。みっともなく泣き喚いていた事も知っている。
強いて言えば、兄妹に近いと思う。そんな存在だ。
彼女も多分、同じ風に俺を見ているだろう。
「おらー、ホームルーム始めるぞー」
いつの間にか教室に居た担任にどやされた。お陰でようやく俺は友人達から解放され、席に戻る。
そして大きく溜息を吐いた。

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